宴を前に……!
何とも言えないシチュエーションに、サクヤと酔いしれる。
これだよ、これ!
戦いに赴く戦士……。
そして、それを見送る少女……。
俺は酔いしれ、サクヤを優しく抱きかかえる。
『まあ、ジャショウちゃんの力なら問題ないか』
いきなり身も蓋も無い事を言いだすナビ子に、抱き合った俺とサクヤは、頬を膨らませた。
『なんだよ……。せっかくいい感じに、シリアスな雰囲気出してたのに』
『だってねぇ……。ゴブリンよ。ゴ・ブ・リ・ン!さっき戦って、どうだった?』
俺は、沈黙して考える。
正直、ゴブリンが数十匹出ようと、相手にならない……。
と言うか、百匹いても問題ない。
恐らく、放気を放てば一瞬だ。
戦闘と言うより、事務作業の様なものだ。
『ゴブリン。ほんまは、あんま怖くのうかった』
サクヤも、どうやら先ほどの戦いで、ゴブリンの動きを見て、力量の差を感じたのだろう。震えていた体も収まり、余裕すら感じられる。
『でしょう?実際の処、ジャショウちゃんの考えに賛同すらするわ。あまり、弱者を蹂躙しても、気分の良いものじゃないしね』
だったら、今までの前振りは何だったんだろうか?
結局のところ、弱者から金を巻き上げるだけの事だ……。良心が痛み、さっきとは別の覚悟がいる。
『あんまり気にしなくていいと思うわ。さっきも言った様に、妖魔って、歪んだ魂の生き物だから、ほっとけば、人間や他の生き物を蹂躙して楽しんでいる奴らだもん』
『アタイの仲間も、いっぱい狩られた。あいつら、傷ついた仲間を、嬲って遊ぶんよ……』
サクヤはナビ子に賛同し、ゴブリンの非道を訴えかける。
そんなサクヤの頭を撫で、落ち着かせる。
『まあ、行くだけ行ってみようか』
立ち上る白煙に目標を定め、悠然と歩きだす。
最早、身を隠して、進む必要は無い。来る者は拒まず、悪・即・斬……。
風は追い風、ゴブリンが匂いに敏感であれば、そろそろ気づいてしまうだろう。
しかし、索敵では、ゴブリンの行動には、変化がない。
歩くスピードが、自然と上がる。
されど、足音一つ立たず、気配がまるでしない。
『ジャショウちゃん。堂々と正面から戦うんでしょ?そんなに気配消して、暗殺者みたいだよ?』
ナビ子に言われ、苦笑する。
記憶は無いが、骨の髄まで染みついている癖の様なものなのだろう……。
獣相手なら、向かい風で。人を相手にするなら、矢や毒を気にして、追い風を……。
例え、枯葉の上でも音は立てず。その気配は、幽鬼の如く。対峙すれば、鬼神の如し。
鳥は変わらずさえずり、虫の音は、高く鳴り響いている。
まるで俺など存在しないかの様に、森は息吹をまき散らしている。
まあ、かっこよく言ったものの、戦いに措いては、定石の様なものだけどね。
『今は、剛気使っていないの?』
『いんや。四肢、100kの重りをつけているぞ』
腕一本一本、足一本一本に、100k。計400kの重りは、肉体を酷使し続けている。しかし、それも今では、苦では無くなっている。
最初の頃から、苦でも無かったが……。
俺は、両手を大げさに動かし、重量を感じる。
『もう少し、重さ上げてみるかな……?』
ピロリン
不意に、脳内に、軽快なメロディーが流れる。
『おっ!能力が上がったみたいね』
錬気→303200
筋力→2460
体力→2800
敏捷→2420
剛気→3
また、何だか一気に能力が上がった。
ヤバいな……。
戦場の風を感じるだけで、内なるところから、力が沸き上がって来る様だ。
上がるスピードが、異常に思える。
『ナビ子。体がどんどん、軽くなるんだが』
『思ったより早く、覚醒が進んでるみたいね』
霞がかった記憶が、不意に呼び覚まされる。
―邪聖よ……。人であれ―
俺に背を向ける老人が、発した一言。
一瞬、米神に痛みが走り、立ち止まる。
俺の名前は、邪聖か……。
『ジャショウちゃん?』
ナビ子の心配そうな声に、はたと、我に返る。
今は、眼前の敵に集中しなくては……。
意識を、集中する。既に、ゴブリンの集落まで、100mと無い。
『あ!そうだジャショウちゃん。能力アップの表記、変えといたから』
『なんだよ……。このタイミングで』
俺は立ち止まり、ナビ子に苦言する。
『まあまあ。ジャショウちゃん、ちゃんと見ないから。あと、あの軽快な音、うるさいって言うから、ミュートにしたから』
それは、ありがたい。あの音、戦闘中にうるさいったらありゃしない。
『それでなんと!上がった能力が、視界の左上に表示されます♪』
『おい!』
俺は米神を抑え、ナビ子に突っ込みを入れる。
視界遮ったら、意味が無いだろう……。
『大丈夫♪見やすいように、赤字だから』
どこから突っ込んだら良い?戦闘直前に、言ってくれるのは嬉しいが、迷惑な機能だ。
『勘弁してくれ……。集中出来なくなる』
『どして?文字は、ゴシック体だよ?』
ナビ子は、意味が解らないと言うふうに、聞き返す。
これが、現場と会議室の、温度差か……?
『文字は、せめて、明朝体で……。って、違う。そうじゃなくってだな……』
俺は呆れ、頭を掻きむしる。
『戦闘中に、視界を遮られたら、危ないだろ?』
『そっか~。じゃあ、どうしよう?』
『脳内に、軽いアナウンスをする様にしてくれないか?詳細は、戦闘後に確認するから』
『ん♪』
言ってみるものだ。どうやら、可能らしい。
しかし、脳内アナウンスって、あの軽快なアラームより、五月蠅い様な気がする。
俺は一末の不安を覚えるも、これから始まる戦闘に、意識を集中する。
木々が開け、光が広がっていく。
さあ、楽しい、楽しい、宴の始まりだ……。




