咲夜……。
『ねえ、君の名前は何と言うんだい?』
『おかんもおとんも、物心ついたころから居なかったから……』
『そっか……。なら、サクヤって言うのは、どうだい?』
『サクヤ?』
黒曜ザルは、不思議そうに首を傾ける。
そんな黒曜ザルの、頭を優しく撫でてやり、優しい声で、話しかける。
「そう、サクヤ。咲く夜と書いて、サクヤ。君のその毛並みは、闇夜の様に美しい……。だから、サクヤだ」
黒曜ザルは、目を細め、手をいっぱいに広げ、抱き着いてきた。
『アタイ、サクヤ……!今日からサクヤ!』
サクヤの頬を伝う涙が、抱き着いた俺の頬を伝う。
優しく抱き返す。
『アタイに、名前が出来た!サクヤ、サクヤ!』
ピロリン
不意に、軽快な電子音が鳴る。
『ジャショウちゃん。何かレベルが上がったみたいね♪』
念話LV3
放気LV2
鑑定LV3
テイムLV1
確認すると、念話と放気、そして、鑑定のレベルが上がっていた。
それとは別に、テイムと言うスキルを新たに、覚えたようだ。
テイム
レベルに応じた、獣・モンスターを仲間にする事が出来る。
仲間にした獣・モンスターは、使役者と生命を共有する事が出来る。
『テイマー?』
『うん。黒曜ザルの寿命は、30年だけど、これで、ジャショウちゃんと同じ、ほぼ無限の、命に変わったよ♪』
俺の寿命が、ほぼ無限だということは、初めて知った事実だ……。
よぼよぼな姿で、長い年月を過ごすようなのかと、少しうんざりし、顔をしかめる。
『大丈夫。ジャショウちゃんは、18歳から年取らないから。サクヤちゃんも一緒。全盛期の、5歳から歳取らないわ』
『本当か?』
少しホッとするが、気持ちは晴れない。
永遠の年月をただ一人、彷徨う事になると思うと、気が重い。
『頃合いを見て、私の居る天界に来れば良いよ♪』
『そうだな……。永遠の時の中で、他の者達の死をみとり続けるのは、キツイもんな……』
自由に生きるのも、難儀なもんだ……。
サクヤと出会えたことは、幸いな事のように思える。永遠を、一人で過ごすと思うと、ぞっとする。
まあ、ナビ子が居るが……。触れ合い、感じあう事は出来ない……。
「これからよろしくな。サクヤ……」
枝の上で、小躍りをするサクヤに、声をかける。
『うん♪アタイ頑張る!』
サクヤと触れていない状態で、念話が届き、驚く。
『念話、レベルが上がって、機能が向上したみたいね。今なら、10m以内に居る者対象で、発動するみたいよ』
「サクヤ、触れていなくても、話が出来るって。まだ10m以内だけど、自由にしていて大丈夫だよ」
俺はうれしくなり、サクヤに声をかける。
サクヤは、慌てた素振りで、俺の肩へと飛び乗ってくる。
『いやや。ここがアタイの特等席』
実に、憂い奴だ。
俺は苦笑し、サクヤをそっと撫でる。
『む~。私も居るんだけど、ジャショウちゃん……』
『ナビ子は、実体が無いだろう?』
俺は苦笑し、ナビ子に問い掛ける。
『実体が有ったら、撫でてくれる?』
『実体があればな』
俺は、高らかに笑う。
『それなら、えい!』
ナビ子が、力強い掛け声を上げる。
世界樹の葉から、金色の光が立ち込め、俺の前に集まってくる。
俺は、何事かと警戒を強め、目を見張った。
光の粒子は、どんどん集まり、人の形を、模してくる。
しばらくの間、幽鬼の様に揺らめく光の塊は、一人の少女を浮かび上がらせていく。
「ぷは。超絶美少女、見参♪」
そこには、金髪ツインテール、黒と白のゴスロリ姿の少女が現れていた。
俺は、ひどいデジャビュに襲われ、その場で硬直する。
「なっ!?」
「じゃんじゃじゃ~ん。エステカ見参♪」
そう言うと少女は、俺にすり寄ってきた。
「さあ。撫でて♪」
少女は、上目使いで、こちらを見詰める。
撫でますか?撫でませんか?
いや、そんな事より、
「ナビ子?」
「うん♪そう」
「どうやって……?」
「世界樹の子の力を借りて。ここなら少しの間、実体化できるの♪」
ナビ子の頭に、手をのせる。優しく撫でてやると、気持ち良さそうに目を細め、頭を摺り寄せてくる。
「ふわ~」
甘い吐息が、ナビ子の口から洩れる。
「これ、癖になるわぁ……」
右手で、サクヤを撫で、左手で、ナビ子を撫でる。
まあ一応、両手に華なのかな……。
一人と一匹は、目を細め、体をゆだねてくる。
「ジャショウちゃん、これからどうするの?」
「ん~?人里に行く?」
そろそろ、人恋しくもある。それに、こんなぼろきれだけだと、夜になると実際寒い。
季節は初夏。けれど、日が沈むと、どうしても肌寒くていかん。
俺は、着ている服を掴むと、ため息を吐いた。
「こめんねぇ。大した装備あげられなくって」
ナビ子は上目遣いでそう言うと、俺の胸に顔を埋めた。
「別に良いさ……。その方が、冒険やってるていう感じで、楽しいだろ?」
俺は笑い、空を見上げる。
空には、満天の星々と、真ん丸な月が顔を見せている。
月光と、世界樹の子から放たれる淡い光に辺りが照らされる。
気が付けば、世界樹の子の周りには、多くの動物たちが集まっていた。
ここで、狩る気にはなれないか……。
いや、狩ってはいけない気がする。
現に、集まってきた動物は、草食のものから、肉食のものも混じっている。
みんな一様に体を寄せ合い、世界樹の子の周りに、寝そべっていた。
「あれは……?」
俺は、動物達を指さし、ナビ子に聞く。
「ああ、あの子達ね。みんな、世界樹の子の霊脈に、あやかろうとしているのよ」
そう言うと、ナビ子は、また頭を撫でる様に、俺に催促してきた。
何時しか、サクヤは俺の膝の上で眠っている。
小さな寝息を立て、時折、何か夢を見ているのか、手足をばたつかせる。
長い様で、あっという間の一日だった。明日は何しよう……。
人里に行きたいと思ったが、人のいる場所に行くにも、無一文だ。
ナビ子の方を見る。ナビ子も、うつらうつらとし、浅い眠りに着こうとしている。
「眠いの?」
「ん~。久々に具現化して、疲れたみたい」
そう言うと、俺の肩に寄り掛かる。
「具現化するのは、今日だけ……。このまま眠らせて?」
「ここに来れば、何時でも出来るものじゃないの?具現化……」
俺はそっと、ナビ子の肩を抱く。
「世界樹の子に、負担が掛かるから……」
「そっか……」
ゆっくりと、目を閉じる。一人と一匹の可愛い寝息が、子守歌の様に心地よく、気が付けば、俺も深い眠りについていた……。




