闇夜に変えて……。
『覚悟は、出来たみたいね』
『ああ。ナビ子、教えてくれ』
俺は頷き、ナビ子の声に、耳を傾ける。
そんな俺の姿を、ユキザルは、不思議そうに見ながら、頬を摺り寄せてくる。
『方法は簡単。ジャショウちゃんの、陽の気で、新芽を包み込むの』
『それだけ?』
『うん。ただ、新芽の放つ魔力と、うまく同調させないと、うまくいかないわ。強すぎれば、新芽は押しつぶされるし、弱ければ、そのシロザルが傷ついてしまう』
新芽とユキザルを、交互に見やる。
さっきまで怯えていたユキザルは、強い意志を宿った瞳で、見詰め返してくる。
この子の覚悟、確かに受け取った!
なれば……!
『いいかい?俺が、あの芽の力をどうにかする……。そしたら、君が採ってくるんだ』
ユキザルは大きく頷き、ゆっくりと、枝の先に向かう。
俺は、枝に手を当て、魔力の流れを感じ取る。
魔力は、枝の先に向かい、新芽に流れ込んでいる。
力の加減を探り、ゆっくりと、陽の気を流し込んでいく。
銀色の錬気は、世界樹の魔力に絡みつくように、流れ込んでゆき、錬気は魔力を覆い始める。
新芽の周りに、青白い膜が覆う。
『ジャショウちゃん!そのまま!』
ナビ子に言われ、流し込む気の量を維持し、ユキザルに合図する。
気のコントロールが思いのほか難しく、額に汗がにじむ。
たった少しの間、触れ合っただけの仲なのに、ユキザルは何の躊躇も見せず、新芽に手を伸ばす。
俺は信頼に応えようと、肩に力が入る。
『ジャショウちゃんダメ!落ち着いて……』
必死に心を落ち着け、意識を新芽へと集中する。
新芽の周りを覆った青い膜が、一瞬消えかかる。しかし、再び青い膜が生まれ、新芽の輝きは、淡い輝きに変わる。
ユキザルは、ゆっくり手を伸ばし、新芽を掴む。
ユキザルは、新芽に弾かれることなく掴み取ることが出来た。
新芽を大切そうに抱え、ゆっくりとこちらに戻ってくるユキザル。
その顔は、嬉しそうに微笑んでおり、俺の元に戻ると、左手で新芽を抱え、首に右手をまわし、抱擁してきた。
『ジャショウ。採れたよ!痛くなかった!』
『ああ。よく頑張ったな』
ユキザルの頭を、優しく撫でてやる。
『さあ。お食べ……』
『うん!』
ユキザルは、嬉しそうに新芽を口に運ぶ。
ああ、新芽の天ぷら……。
っと、いかん、いかん!
世界樹の新芽を、味わうかの様に、ゆっくり、ゆっくりと食べるユキザル。
『ん……』
ユキザルの体は金色に輝き、苦しそうにしている。
『大丈夫か?』
慌て、ユキザルの背を摩る。
『大丈夫よ、ジャショウちゃん。今、新芽の霊力が、ユキザルの中で、循環し始めてるの』
ナビ子が大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろう……。
しかし、苦しむユキザルを見て、不安に駆られる。
やっぱり、天ぷらにしなかったのがまずかったか?
そんな、邪念を抱きつつ、優しく背中を撫で続け、落ち着くのを待つ。
黄金色の輝きは、ゆっくりと治まってゆき、茶色と黒の斑だった体が色を変え、ゆっくりあらわになってゆく。
しかし、白く変わるはずだった体は、闇夜と見まごう程の漆黒な毛並みへと変わっていった。
『アタイの体……』
俺は、そっと抱きしめ、優しくあやす。
『この子、ユキザルじゃなくて、黒曜ザルの幼体だったんだ……』
黒曜ザル
性別:メス
ユキザルの中で、まれに生まれる亜種。
ユキザルより魔力が高く、上位種だと、考えられる。
知力が高く、人語を理解する事が出来る。
『大丈夫……。君の毛並みは、とても美しいよ』
『だけど、白くなれなかった……』
黒曜ザルは、大きな瞳に涙をため、こちらを見詰める。
『もう、仲間の処には、戻れん……』
大粒の涙をこぼす黒曜ザルを優しく撫でて、そっと抱きしめる。
『良かったら、俺と一緒に旅をしないか?』
『え?』
黒曜ザルは、目を見開く。
『一緒に、旅をしよう。俺の仲間になってくれ……』
『アタイは、爪はじき者だよ?』
小刻みに震える黒曜ザルは、追いすがる様に、俺の顔に抱き着いてくる。
「君が何であっても構わない。今から、俺の仲間だ」
止めどなく流れる涙を、その小さな手で必死に拭う黒曜ザルを、落ち着くまで優しく撫で続けた。




