崩れ行く、砂塵の如く……。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の華の色、盛者必衰の理を現す。
驕れる人も久しからず。
ただ、春の夜の夢の如し……。
猛き者も遂には滅びぬ……。
ひとえに風の前の塵に同じ……。
全ては、幻だったか……?
お館様の治世も……。
水無月の栄華も……。
燃え盛る館……。
無数の屍……。
過行く幻影が、俺に、怒りを呼び起こす!
死、死、死!!
武田の、敵陣真っ只中。
俺は、咆哮を上げる!!
鬼子と呼ばれた……。
常人から頭一つ飛び抜けた巨躯。岩を穿つ膂力。風よりも早く駆ける脚。
見渡す限り、己と渡り合える様な者は一人もいなかった。
そんな俺は、親にさえ恐れられ、捨てられた。
そんな俺を拾ってくれたのは、水無月家当主、水無月勝家様だった……。
五つの時だ……。
親の顔なんて、覚えちゃいない。
ただ、あの日、武蔵の山で、途方に暮れる俺に、柔和な笑みで、手を差し伸べてくれた、お館様の顔は、今でもはっきり覚えている。
―清濁併せ持つ、誠美しい童じゃ。親がおらぬなら、儂等について来ると良い。主、名は?―
答えられなかった……。
答えられる筈が無い。
鬼子と呼ばれ、恐れられていた俺に、名など、与えられていなかったからだ。
俯く俺に、お館様は笑って、
―為らば、邪聖と名乗ると良い!安直ではあるが、主の魂に、相応しい名じゃ―
あの日俺は、初めて、人の温もりを知った。
それなのに……!
「信虎!!出てきやがれ!!武蔵の大鬼が直々に、主の腐った臓腑を、喰らってやるぞ!!」
騎兵の突進!
千本槍!
無数の矢の雨!
そんなものが……!
そんなものが、俺に通用すると思っているのか!!
殴り、殺して、叫んで、吠えた!!
無数の血の華を咲かせ、俺は、鬼へと還る。
ただ一つ、お館様から貰った、〝邪聖〟と言う名を残して……。
俺は……。
俺は……!!
「出て来い!信虎!!俺と闘え!!」
急に、静寂が訪れる……。
風向きが……!
武田の騎兵が、退いて行く……!
武田の弓隊!
馬鹿が?
この俺が、弓ごときで、射殺せるとでも思うているのか?
喰らい尽くしてやる!!
俺は、凶悪な笑みで、走り出す!!
無手の極意、とくと味わうが良い!!
が……!!
「後方から、馬の足音……?」
挟撃か……?
面白い!!
なれば、盾として、つこうてやるまで!!
急旋回!!
右手を伸ばす!!
しかし、そこに居たのは……!!
「げ、源三郎様!?」
数騎の供回りを連れ、般若の形相で、俺に加勢しようとする、水無月家宰相、原田源三郎の姿が!!
「くっ!?来るな!!来るな、親父!!」
もう、誰も、殺させねえ!!
時が、ゆっくりと……。
ゆっくりと流れる……!
一滴の、雨水。
体が、熱く燃え上がる!!
「う、うおおおおおおお!!」
世界が、白に包まれる!!
轟音!!
俺は……。
結局俺は、誰も救えないのかよ……?




