ネットで知り合った自称JKに会いにいったら、本当は愉快なサテュロスさんでした
サテュロス【Satyros】
概要:ギリシア神話に登場する半人半獣の自然の精霊。「自然の豊穣の化身、欲情の塊」として表現される。
性格:悪戯好きだが、同時に小心者。破壊的で危険であり、また恥ずかしがり屋で臆病。ワインと女性と美少年を愛する。
外見:上半身が人間で下半身が山羊。葡萄と蔦で作った花輪を頭に載せ、豹や山羊、子鹿の皮をまとっている。
派生:シェイクスピア『夏の夜の夢』において、陽気な妖精として登場する。
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――ここで間違いないのわよね。
カリヨンの鐘が備え付けられた時計台の下で、臙脂のブレザーを着た一人の高校生が、せわしなくスマホを操作しつつ、ときどき画面から顔を上げ、周囲を見回している。
――久しぶりに日光の下に出て来たけど、変じゃないわよね、この格好。センスの無い私服で来る勇気は無いし、何より、引きこもりだってバレたくない。
少女は、時計台の小窓を鏡代わりにして身だしなみをチェックすると、再びスマホを操作する。その画面には、以下のようなメッセージが表示されている。
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サテュロス「ウソ! それじゃあ、すぐ近くですね。オフ会しましょうよ」
ソレイユ「えっ。でも私、初対面だと緊張しちゃって、無愛想になっちゃうから」
サテュロス「平気、平気。だって、これまで色んなことをお話してきたじゃないですか。同じように話してくれたらオーケーですよ」
ソレイユ「だけど、会ったらガッカリするかもよ? 地味だし、可愛くないし」
サテュロス「一緒、一緒。見た目なんて気にしないで、一度会いましょうよ。ねっ?」
ソレイユ「じゃあ、一回だけですよ?」
サテュロス「やったね! それじゃあ、十時に駅前の時計台で待ち合わせましょう。おやすみなさい」
ソレイユ「おやすみ」
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――まさか、夜の十時のつもりだったりして。それとも、からかってみたかっただけで、今もどこか遠くから見て嘲笑ってたりして。あぁ、やっぱり家から出るんじゃなかった。笑顔で送り出してくれたママに、何て言おうかしら。
暗い顔で少女が憂鬱スパイラルの一人反省会をしていると、そこへ、濃紺のセーラー服を着た一人の中学生が、ややハスキーボイスで話しかける。
「すみません。ソレイユさんですか?」
「ヒャッ! えっ、あっ、その。はい、そうですけど。あれ、サテュロス、ちゃん?」
頭の中が混沌とした状態の中、少女は、声を掛けてきた人物をシゲシゲと観察しながら、さらに続けて遠慮がちにボソボソと言う。
「あの。失礼ですけど、サテュロスちゃんは、その、男の子、ですか? それに、その制服は」
「気付いちゃいましたか。これでも、高い声を出せるようにトレーニングしてるんですけどね。お察しの通り、東中の二年生で、まだ十四歳です。この制服は、三つ違いの姉の物を借りてます」
そう言うと、少年は首に巻いていたストールを外してみせ、少女から視線を外して俯くと、声のトーンを落として諦観した様子で呟く。
「やっぱり、気持ち悪いですよね。スイーツを紹介したり、ビーズアクセサリーを作ったりして、いくらネット上で女子力アピールをしたところで、所詮は男であることには変わりないんですから。落胆されたでしょう?」
愁いを帯びた寂しげな瞳を少年が向けると、少女は戸惑いながら頷く。
「あぁ、うん」
「ですよね。わかってたんです。今日は、ご迷惑をおかけしました。もう付き合いたくなければ、ブロックしてくれて結構ですから。さよなら」
少年が立ち去ろうとすると、少女はセーラー服の裾を持って引き留める。
「待って。あのね。ビックリしたし、驚いたし。でも、私にも、サテュロスちゃんに、その、言っておきたいことがあるの」
「何ですか? 同情なら、必要ないですよ。拒絶反応には、慣れてますから」
少年が足を止めて言うと、少女は顔を真っ赤にし、唇を震わせながら、懸命に声を張って言う。
「ううん、違うの。私も、ホントは、もう女子高校生じゃないの。新しい高校生活に、どうしてもうまく馴染めなくて、半年で辞めちゃったの。だから、あの、誤魔化してきたのは一緒なのよ。私だって、街を歩けば後ろ指さされる、その、引きこもりでしかないの。だから。――キャッ!」
少年は少女を両腕で抱き留めると、耳元で涙声になりながら囁く。
「ありがとう」
「ど、どういたしまして。こちらこそ」
どもりがちに少女が返事をすると、少年は腕を解き、恥ずかしげに、はにかみながら片手を差し出して言う。
「それじゃあ、気を取り直して、オフ会をしましょうか」
「はい!」
向日葵のような満面の笑みで少女が少年の差し出した手を握ると、少年はそれを優しく握り返し、そのまま二人は仲良く街へと出掛けて行った。時計台には、二人を祝福するかのように、十時を知らせる鐘が鳴り響いている。小心者の少女と、恥ずかしがり屋で臆病な少年の愉快な休日は、こうして幕を開けたのである。