8.後悔の言葉
三河家には長男がいた。つまり瑠梨子ちゃんの兄にあたる人物がいた。
名前を響助といい、俺より四つ年上だった。お盆や正月に顔を合わせる程度だったが、響介のことはよく覚えている。
それは俺の母親が、響介のように育って欲しいという願いを込めて、俺に響と名付けた、という話を聞かされたからだ。
当時三歳と四か月だった響助は、どうやら母の関心を集める何かしらをしたらしい。そのことについて詳しくは聞かされていないから、何をしたのかは分からない。
けれどまあ、素晴らしい人間だったことは、簡単に予想できる。
そんな響助が亡くなったのは、四年前のことだった。
四年前の三月下旬、雪融けによって増水した川に、子供が溺れていた。響助はなんとか子供を助けようともがき、なんとか岸まで引っ張った。けれど岸に上がったところで、悲劇は起きた。低体温症が響助を襲い、助けられた少女は意識が混濁した状態となっていて助けを呼べず、そのまま発見が遅れて響助は死んでしまった。
不幸中の幸いは、少女だけは無事だったということだ。当時ニュースにもなった出来事だから、俺はよく覚えている。
なのに、瑠璃子ちゃんに言われるまで気づきもしなかった。俺が着ている服が、響助の形見だと。
自分の物を捨てて、俺は何がしたかったんだ?夫妻に負担をかけたくないと思っていながら、持ってこなかった物の代替品を用意してくれることの負担をどうして考えられなかった。
俺の気取った行動のせいで、瑠璃子ちゃんを傷つけた。
今ならあいつの気持ちを理解できる。何者にもなりたくないという気持ちが。
どこかで何かになって、役柄を得てしまったら、何かをしないといけなくなるから。
それはつまり、行動することだ。行動には責任が伴い。責任には傷つくものと傷つけるものが出る。
誰かを救たって、裏では誰かを打ち負かしている。
生きることの虚しさを知った。あいつはこれを理解していた。だからあんなに、後ろめたく生きていた。
そんなあいつを、俺は救った。傲慢な言い方だが、救ってしまった。
それはつまり、あいつに今の俺と同じ苦しみを与えたことになる。
「こんなことも知らずに、俺は生きていたんだな」
ベッドに横たわり、煌々と光る電灯を見つめながら、俺は呟いた。