4.懐かしい言葉
カエデが梨花に似ているなんて、馬鹿なことを考えたもんだ。
それじゃまるで、梨花が恋しくてそう見えているみたいだ。
そんな弱さは俺には無いはずなのに、まるで転校したことを後悔しているみたいじゃないか。そんなことはない。俺は自分でこの道を選んだ。今さら文句なんて言えない。
自分で選んだものには、ちゃんと責任を持つ。男ってのはそういうもんだ。
うたた寝から始業のベルで起こされて、俺は顔を起こし急いで教科書を出した。前の学校ならここで教師から、頭を叩かれるなり寝坊助だのと揶揄されるなりがあった。でも今じゃ、生易しい視線を向けられる。
それもそのはず、一限目はこのクラスの担任が受け持つ物理授業だから。つまり俺の境遇を不幸話として皆に伝えた人物だ。つまるところ、誰よりも俺のことを心配してくれている人だった。
俺はノートを開き黒板の内容をひたすら書いた。無駄話をする無駄な友人すら失った俺には、それしか出来なかった。
あいつならここで「逆にそれ以外するんじゃねえ」とつっこんだだろうな。いや、あいつとはそもそもクラスが違ったか。
懐かしいことを思い出した。盗撮犯に疑われて、巻き込まれるように俺と出会ったあいつは、俺が助けてやると言うと疑いの籠った目を向けてきた。
最初は俺も、そんなあいつを変な奴だなと思っていた。素直じゃなくて、人付き合いが苦手な奴なんだと思っていた。でも、その認識は間違いだった。
ただあいつは、人と関わるのを嫌がっていただけだった。自分のせいで相手が傷つくことも、自分のおかげで相手が助かることも嫌だった。
誰かの物語に、自分が登場してしまうことを恐れていた。
だから、救われたいとも、救いたいとも思っていなかったんだ。俺はそんなあいつの考えをぶち壊してやりたくて、あいつを焚き付けた。
結果、あいつは俺を酸素と呼んだ。俺の影響でぶすぶすと不完全燃焼を続けていた心が、燃え上がったのだと言っていた。俺に言わせれば、そんな言葉はただの照れ隠しで、本当はあいつ自身が内に秘めていた力だと思う。
じゃなきゃ、あの日あいつが現れたことに説明がつかねえからな。
俺は懐かしいことを思い出し、にやりと不敵に笑った。