23.魔法の言葉
電話は偉大だ。誰が発明したんだっけ?まあいいや。
俺はあいつみたいに偉人を語ることで気持ちを表現したりはしないから。
とにかく、電話っつうのはいいもんだ。話したいときに話したい相手と会話できるのだから。
俺はそんな良いことのために、梨花に電話をかけていた。
『もしもし、どなたですか?』
番号が変わってしまったから分からないみたいだ。
「俺だよ」
『詐欺ですね。オッケーでーす。通報しときます』
「違う違う!仮町だよ」
『ああ、ひーくんか。なに、なんの用?』
やけにあっけらかんとした口調だった。とても久々に幼馴染と話せた人間の言葉とは思えなかった。
「いや、話したくなった。話をしないといけないと思った」
『なにそれ』
ふふっと鼻で笑いながら言われた。俺は「なんだろうな」と陶酔するように言った。
「俺は今日、改めて自分の愚かさを思い知ったよ」
『今更?ひーくんはもっと謙虚に生きなきゃだめだよ。早くんみたいにさ』
「そうだな」
いつの間にかあいつと梨花の中が、早くんと呼ぶまでに発展していることに驚いた。
「でも俺は、それでいいとも思ったんだ。愚かでも、惨めでも、俺は変わらないでいるよ」
『変われないだけでしょ?』
やんわりと遠回しに言ったつもりだったが、梨花にはお見通しだった。
『でも、そうだよね。変われないよね。うん、だったら大丈夫だ。ひーくんはちゃんと生きていけるよ』
一見支離滅裂な言葉だった。だが、梨花の言葉は正しい。変われないから、俺は進んでいける。進むことは、成長することは、生きるってことだから。
「一つ聞きたいんだが、俺ってお前のことが好きだったのか?」
自分でも変なことを聞いていると思った。でも、分からなかったんだ。幼馴染と離れ離れになっただけで、こんなに寂しいものなのかと疑問に思って、その答えは恋心に繋がっているような気がした。そう思ってはみたが、どうにもぴんとはこなかった。
『うーん、どうだろう。そうかもしれないけれど、そうじゃないかもしれないね。私にもよく分かんないや』
これまたあっけらかんと、梨花は言った。
『でもさ、どっちでもいいんじゃない?』
「なぜだ?」
『だって、その正体の分からないその気持ちは、どこかに消えちゃったんでしょ?だったら、その謎は迷宮入りでも大丈夫だよ』
梨花に、大丈夫だと言われると、本当にそう思えるから不思議だった。話してもいないのに、消えたことがばれたのには、驚かなかった。こいつのこういうところは昔から、変わっていないから。
『私もね、最近までおんなじことで悩んでた。でもね、それも消えちゃった。早くんに告白されて――なくなっちゃった』
嬉しそうに言う梨花の声を聴いて、俺はちょっとショックだった。
「そうか。勿論オーケーしたんだろ?」
『ううん。断った』
とびっきりお茶目にそう言われて、俺は唖然とした。そして、なぜと問いかける前に梨花は答えた。
『だって、早くんまだ私以外に友達いないもん。そんな無人島で二人っきりになったから仕方なく――みたいな好きは、嫌なんだもの』
そうだ。こいつは昔っから、飛び切りの我儘だった。そういうところも変わらないな。
「じゃあ、話ができたから切るぜ」
『うん、また今度ね』
答えは分からないまま、曖昧に、混濁したまま、話は終わった。けれど俺の気持ちは晴れやかだった。
こんな意味不明で、訳が分からないものでも、あいつと話ができて嬉しかったんだ。
このままの俺を信じてくれる梨花の言葉は、きっと魔法の言葉なんだろう。
そうか。あの日、梨花を助けた日、俺がかかったのは呪いなんかじゃなくて、魔法だったのか。
そんな臭い言葉を考えて、俺は顔が熱くなった。