21.決意の言葉
さて、黒幕を叱ってハイ終わり――とはいかないのが思春期特有の面倒くさいところだ。
瑠梨子に報告しないといけないことがある。あと、話さなくてはいけないことも。
カエデには同情すべき点も多く、結局のところそれをいじめを助長していた側にだって責任がある。でも俺がそうやって許したって、瑠梨子がどう思うかがすべてだ。
だから話さないといけない。明日からもあいつは生きていくのだから。
俺は瑠梨子の部屋の前に立ち、深呼吸をした。なにしろ嫌われているからな。どう考えたって悪い予感しかしない。
意を決してドアをノックした――が、反応がなかった。一応もう一度強めにノックしてから「入るぞ」と言ってドアを開けた。
瑠梨子はベッドに腰かけ、本を読んでいた。それは実に女子女子とした表紙の少女漫画だった。
「なによ。勝手に入って来ないで」
冷たい声で冷たい言葉を吐かれた。そこにはラブコメでありがちな、照れという感情は混じっていなくて、不快感が全面に出ていた。さすがの俺もたじろいでしまい、振り返って引き返したい気持ちになった。
誰かにただ拒否されるってのは、どんな人間にも辛いものがある。
「響助さんのことを聞かせてほしくてきた。それを聞くまで俺は部屋を出ないからな」
俺がそう言うと、瑠梨子はため息をつき、漫画を持って立ち上がった。そのまま部屋を出ていこうとする瑠梨子の手をつかみ、俺は言った。
「俺は目の前で傷ついている人がいるのなら、助けたいと思う。でも俺は知っているんだ。俺に助けられるものなんて、そう多くはないってことを」
何度手を伸ばして、何度水面を掬い取ったって、この手に収められるものには限りがある。ほんの小さな隙間から零れ落ちていく人たちがいる。そんなどうしようもない非情な現実を、俺は理解している。
「それでも俺は何度だって足掻くんだ。醜くもがいて、みっともなく進み続ける。なにもできなくたって、なにかしたいと思うんだ」
昔、ただの女子中学生が見ず知らずの他人を、自分の命と引き換えにでも救いたいと言った。
昔、小学生の女の子が、なんの力も持たない少年をヒーローにしてくれた。
三か月前、本当に無力で頼りなくて、どうしようもなく空っぽな男が俺を救ってくれた。
物心ついて間もなく、これからどうなるかもわからない子供に、幸せになれる魔法をかけてくれた女性がいた。
それは俺の妹で、幼馴染で、友達で、母親だった。
俺の周りには、俺が劣等感を抱かざるを得ないやつばかりいる。思わず笑ってしまうくらいの人生に、俺は自信をなくしてしまう。
でも自信がなくたって、なにもしない理由にはならない。そんなことも、俺の友達は教えてくれた。震える足で立ち上がり、慣れない言葉を振りかざして、空を飛んだ友達を俺は知っているから。
「あいつもそんな馬鹿みたいなこと言って、馬鹿みたいなことして死んだよ。あんたも死ぬんじゃないの」
瑠梨子はそう言って嘲笑する。でも、その姿は苦しそうに見えた。
「世の中は不条理だとか言うやついるけどさ。そんなこと全然ないよ。正しいことをして死ぬのなんて当たり前のことなのよ。むしろ、正しいことをしていれば死なないなんて、幸せになれるなんて思い込みは――図々しいよ」
俺は思わず心から「そうだな」と呟いた。心に突き刺さる言葉だった。俺みたいなやつには特にそうだ。
多分、この世の中は善行をする人間が損をして、悪いことをするやつがそこそこの損をする。どっちにしたって、生きている以上損は付きものだ。だったら、善行なんて、人助けなんて、そこそこで留めておくべきだ。それに、人助けは必ずしも善行とは限らない。
助けた人間が悪行を働けば、それは助けたやつの責任だ。
でも俺には、誰を助けて誰を見捨てるかなんて、そんな選択は俺がすべきじゃない。
「それでも、俺は手を差し伸べるんだ」
でも俺は、言うんだ。妹に、幼馴染に、友達に、母に――与えてもらった幸せを手放したくはないから。
「それがどれだけ尊いのか、知っているから」
そうしたいから、そうしなけれな生きられないから、俺は言った。
「ふうん、あっそ、じゃあご勝手に」
瑠梨子は手を振り払って部屋を出て行ってしまった。