表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/24

21.決意の言葉

 さて、黒幕を叱ってハイ終わり――とはいかないのが思春期特有の面倒くさいところだ。


 瑠梨子に報告しないといけないことがある。あと、話さなくてはいけないことも。


 カエデには同情すべき点も多く、結局のところそれをいじめを助長していた側にだって責任がある。でも俺がそうやって許したって、瑠梨子がどう思うかがすべてだ。


 だから話さないといけない。明日からもあいつは生きていくのだから。

 

 俺は瑠梨子の部屋の前に立ち、深呼吸をした。なにしろ嫌われているからな。どう考えたって悪い予感しかしない。

 意を決してドアをノックした――が、反応がなかった。一応もう一度強めにノックしてから「入るぞ」と言ってドアを開けた。

 

 瑠梨子はベッドに腰かけ、本を読んでいた。それは実に女子女子とした表紙の少女漫画だった。

「なによ。勝手に入って来ないで」

 冷たい声で冷たい言葉を吐かれた。そこにはラブコメでありがちな、照れという感情は混じっていなくて、不快感が全面に出ていた。さすがの俺もたじろいでしまい、振り返って引き返したい気持ちになった。


 誰かにただ拒否されるってのは、どんな人間にも辛いものがある。

「響助さんのことを聞かせてほしくてきた。それを聞くまで俺は部屋を出ないからな」

 俺がそう言うと、瑠梨子はため息をつき、漫画を持って立ち上がった。そのまま部屋を出ていこうとする瑠梨子の手をつかみ、俺は言った。


「俺は目の前で傷ついている人がいるのなら、助けたいと思う。でも俺は知っているんだ。俺に助けられるものなんて、そう多くはないってことを」

 何度手を伸ばして、何度水面を掬い取ったって、この手に収められるものには限りがある。ほんの小さな隙間から零れ落ちていく人たちがいる。そんなどうしようもない非情な現実を、俺は理解している。


「それでも俺は何度だって足掻くんだ。醜くもがいて、みっともなく進み続ける。なにもできなくたって、なにかしたいと思うんだ」


 昔、ただの女子中学生が見ず知らずの他人を、自分の命と引き換えにでも救いたいと言った。

 昔、小学生の女の子が、なんの力も持たない少年をヒーローにしてくれた。

 三か月前、本当に無力で頼りなくて、どうしようもなく空っぽな男が俺を救ってくれた。

 物心ついて間もなく、これからどうなるかもわからない子供に、幸せになれる魔法をかけてくれた女性がいた。


 それは俺の妹で、幼馴染で、友達で、母親だった。


 俺の周りには、俺が劣等感を抱かざるを得ないやつばかりいる。思わず笑ってしまうくらいの人生に、俺は自信をなくしてしまう。


 でも自信がなくたって、なにもしない理由にはならない。そんなことも、俺の友達は教えてくれた。震える足で立ち上がり、慣れない言葉を振りかざして、空を飛んだ友達を俺は知っているから。


「あいつもそんな馬鹿みたいなこと言って、馬鹿みたいなことして死んだよ。あんたも死ぬんじゃないの」

 瑠梨子はそう言って嘲笑する。でも、その姿は苦しそうに見えた。


「世の中は不条理だとか言うやついるけどさ。そんなこと全然ないよ。正しいことをして死ぬのなんて当たり前のことなのよ。むしろ、正しいことをしていれば死なないなんて、幸せになれるなんて思い込みは――図々しいよ」

 俺は思わず心から「そうだな」と呟いた。心に突き刺さる言葉だった。俺みたいなやつには特にそうだ。


 多分、この世の中は善行をする人間が損をして、悪いことをするやつがそこそこの損をする。どっちにしたって、生きている以上損は付きものだ。だったら、善行なんて、人助けなんて、そこそこで留めておくべきだ。それに、人助けは必ずしも善行とは限らない。

 助けた人間が悪行を働けば、それは助けたやつの責任だ。

 でも俺には、誰を助けて誰を見捨てるかなんて、そんな選択は俺がすべきじゃない。


「それでも、俺は手を差し伸べるんだ」

 でも俺は、言うんだ。妹に、幼馴染に、友達に、母に――与えてもらった幸せを手放したくはないから。


「それがどれだけ尊いのか、知っているから」


 そうしたいから、そうしなけれな生きられないから、俺は言った。


「ふうん、あっそ、じゃあご勝手に」

 瑠梨子は手を振り払って部屋を出て行ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ