19.一歩を踏み出した男の言葉
カエデはまだ部室にいた。古びた蛍光管の光の下で本を読んでいた。俺は早足で近づき、本を取り上げ、机に叩きつけた。
「どうしたの?なにかあった?」
冷めた目でいやらしい笑みを浮かべるカエデを一瞥し、俺は口を開いた。
「回りくどいのは好きじゃない。うだうだと解説や会話をするのも好きじゃない。だから単刀直入に言うぞ。もうお前には何もできない」
カエデはふうっとため息をつき立ち上がった。
「どういうこと?」
「さっきお前のグループに属しているやつ全員のところに行って、脅してきた。ほとんど女だったから暴力をふるうわけにはいかなくてな」
「そんなことしたって、違うやつが昨日までと同じことをするだけ」
「そうなったら、そうしたやつを脅す。脅してダメなら暴力をふるう。お前はもう瑠梨子に酷いことはできない」
カエデは悪役らしく不気味に笑い、また椅子に座りなおした。
「なんでそこまでするの?君あの子に嫌われているんでしょ」
「関係ねえよ。俺はヒーローじゃないからな。助けたいと思う人間には順番がある。あいつは家族だから、だからお前らより優先する」
誰かを傷つけなければ、誰かを救えないなら、傷つける人間はちゃんと選ぶ。俺はそんな卑怯な人間だった。
「そっか。ふうん」
カエデは俺を値踏みするように見て、見限るような表情になった。
「響助さんに似てると思ったけど、全然違うんだね」
カエデはそんな当たり前のことを言った。
「どうしてあんなことをした?」
「あんなことって?」
カエデは惚けるように首を傾げた。
「たとえばオキシドールで髪を脱色してやったりとか、髪を切ってやったりとか、制服を切り刻んでやったこと?そんなの、理由なんてないよ。ただあの子がむかつくからやっただけ」
カエデはけらけらと笑いながら、楽しそうに言った。でもそれはどこか空っぽで、無理をしているように見えた。
瑠梨子の奇行は、やはりいじめを受けたことを隠すための行為だった。脱色された髪を隠すために髪を染め、髪を切られたことを隠すために長い髪を散髪し、ダメになった制服を持って帰るわけにはいかないから捨てた。
でも、それでは納得なんてできなかった。カエデの言葉は軽く、まるで本心がなかった。心が抜けてしまったかのような姿は、まるで三か月前の俺のようだ。
「やめろ。嘘をつくな。お前がそんなやつじゃないってことは分かっている。分かっているから、お前のことを俺は知っているから、話してくれ」
お前に何が分かるんだと、自分でも思った。恰好つけやがってと、毒づいたりもした。けれど、思いはここにある。どこかには行ってくれない。だから言うしかない。
友達だから、少なくとも俺はそう思っているから、あいつがそうしてくれたみたいに、隠された心も俺は知りたいと思った。
大切な人が嘘をつかなくて済むように、皆が笑っていられるように、そんな馬鹿みたいな願いを――俺は叶えたい。
「お前は響助のことが大好きだったんだろ?」
これは推理なんかじゃなかった。あいつみたいに頭をつかって、論理立ててたどり着いたものじゃない。でも確信していた。
「だから許せなくて、でもどうしようもなくて、あんなことをしてしまった」
「分かったようなこと言ったって、どうせ理解なんてしてくれないでしょ」
「いや、分かるよ。俺もどうしようもなくなって、色んな人を傷つけたことがあるから」
カエデは酷く驚いたような顔をしている。
「俺は妹を殺そうとしたんだ」
「冗談でしょ?」
馬鹿にしたような笑みを浮かべたが、俺の落ち込んだ顔を見てすぐに顔を伏せてしまった。
「だから分かってくれ。俺がお前を理解できるってことを。お前の痛みが俺には分かるから。だから、嘘はつかないでくれ」
カエデはうつむいたまま動かなくなった。心の中で葛藤しているんだろう。
そしてカエデは話し始めた。辛そうに、悲しそうに、声を震わせて。