17.諦めの言葉
俺はヒーローではない。そして探偵でもない。事件の謎が解けたからって、みんなを集めて大っぴらに披露なんてしない。
ましてあいつみたいに、真実を知ってなお、誰かのために立ち上がったりはしない。
そうやって、無視をすると決めた。呪いは解かれた。俺は誰も救わないし、助けない。
だから俺は今日無視をした。これからはこうして、人の間を素通りしていく。今日はその記念すべき第一歩を踏み出したというわけだ。
でも、誇らしくはなかった。どうしようもなく、情けない気分になった。
何よりも一番、情けなかったのは、人の間を素通りしたことじゃなくて、俺が孤独を感じていたことだった。
孤独なんて言葉は、自分が支えられて生きていることに気づいていない阿呆が言う言葉だと思っていた。自分の弱さを隠すために、認めないためにつく嘘だと思っていた。
だって俺は今までそんなものを感じたことがなかったから。両親が死んだときも、妹が死んだときも、俺は孤独だなんて思わなかった。
そう思うことは、死んだ家族を馬鹿にしてしまうような気がした。
あれだけの愛情を貰っておきながら、いなくなって孤独だなんて泣きごとを言うのは、ちゃんちゃら可笑しい。
あれだけ大事にして貰って、弱く生きるなんて俺には無理だ。
だから孤独じゃあなかった。一人で生きることは悲しくないし、寂しくない。
思い出は心にあって、心は体に宿っている。だから大丈夫。大丈夫な――はずだった。
俺は今悲しんでいる。寂しさを憂いている。孤独を、感じている。
友達と離れ離れになって、生きる気力を失っている。
そんな感情が、冬の夜空の下で頂点に達し足が動かなくなった。空を仰いで息を吐いた。白く濁って解けていく息を見つめて、俺は思い出していた。
あの日、公園にやって来た友達のことを。
言いたいことだけ言って去って行ったあいつは、今どうしているんだろう。
ちゃんと飯を食べているのだろうか。ちゃんと生きているのだろうか。
「なんてこと考えてんだか。俺はあいつの母親かよ」
ニヒルを気取って笑いながら、そう毒づくと少し気持ちが落ち着いた。だが、そんなことで落ち着くのは、自分が弱い証拠みたいで嫌だった。
いや、実際俺は弱いんだろうな。だからあんなことをした。
俺は全てがどうでもよくなって、雪に倒れこんだ。
引っ越した先が前と同じように雪が降る地域で良かった。雪の中に埋もれると、感傷に浸れる。焼け石に水だが慰めになる。
でもあれと一緒で、そんな慰めの効果は一瞬で消える。後に残るのは虚しさだけだ。
あいつがいたら、俺になんて言うだろう。そう考えて、慰めてくれることを期待している自分が情けない。
「案外罵倒してくれるかもな」
そっちの方が好都合だ。俺を弱いと罵倒し、幻滅してくれたなら、俺の寂しさの原因がいなくなってくれたら、少しは楽になるだろう。
なるほど、あいつが一人を好きな理由が分かった気がする。こんな気持ちになるんなら、最初から一人の方がいい。
雪に倒れこみ、俺は茫然としていた。星を眺め、自分の白い息が星の輝きに被るのを見て、自分が生きていることを知った。
生きているのに、生きていない感覚。生きる意味を見失う恐怖が、俺を襲い、息が荒くなった。
俺は柄にもなく泣きそうになった。それが信じられなくて、信じたくなくて俺は全部をなかったことにした。
この三か月の出来事を全部忘れてしまえばいい。そうさ、人生をリセットしちまえばいい。両親が死んだことも、妹を殺そうとしたことも、全部忘れて普通に人間として生きる。
そう考えたら、笑えてきた。乾ききった笑い声が出た。
そんなことは無理だと分かっていたからだ。いや、違う。俺はたとえ忘れることができたって、あいつらのことを忘れたくないと思ってしまった。
俺に勇気をくれた幼馴染を、俺をもう一度立ち上がらせてくれた友人を、忘れたくなかった。
リセットするということが、そういうことなら、俺は御免だった。
俺はポケットからフィルムが外されていないスマホを取り出し、電話をかけた。でもすぐに心変わりをして切ってしまった。
やっぱりあいつに、弱っている俺なんて見せたくない。そんな意地が邪魔をした。
そうして、俺は動けなくなった。