13.疑念
理科は嫌いだが実験は好きだった。子供っぽいところが俺にはあるのだ。
実験方法の名称は頭に入らなかったが、楽しいという思い出は残った。これじゃだめだと知りながらも、突然賢くはなれないのだから仕方ない。
ぶくぶくと細いホースから出ている気体を見ながら、ぼんやりと考え事をしていた。
俺は髪を切った瑠梨子ちゃんよりも、それに対してなんの反応も見せないクラスメイト達を不思議に思っていた。
けれどその疑問は、すぐに解決した。実験中、一切参加しようとせず窓の外を眺める瑠梨子ちゃんを見て分かった。単純に孤立しているからだ。クラスメイト達は彼女に話しかけようとしていないだけで、きっと心の中で驚いているのだろう。
「ちゃんとメモとってよね」
カエデの言葉で我に返り、急いでノートを開いた。
かく言う俺も、人のことは言えず、友達と呼べる人間はこのクラスにはいなかった。この授業の班分けでカエデと同じクラスになれたのが唯一の救いだった。
楽しい時間は早く過ぎて、俺は先生の片づけを手伝っていた。特に点数稼ぎとかは考えていないが、こういう風に俺は自然に手が出る。
習慣というか、呼吸に近い。こうしなければ生きられない呪いでもかけられたように。
そしてもし呪いなら、かけられたとしたらあの時だ。梨花の手を引いたあの日、俺は生き方を決めてしまった。
「いやあ、助かるよ」
眼鏡をかけた色白の先生は、俺に笑顔でそう言った。この先生の名前を知らない俺はそう表現せざるを得ない。でも、先生の俺の名前を憶えていないだろうからお互い様だ。
「えっと、仮町くんだっけ?学校にはもう慣れた?」
……。どうやら教師の鏡のような人物らしく、ただ単に俺の記憶力がないと分かった。薄情な男だ。
「慣れた……かな。多分な」
俺は拭いたビーカーを棚にしまいながら、曖昧な表情で曖昧な言葉を返した。
「私もね、君より一か月前に赴任してきた新人なんだよ」
先生は愛らしい笑みを浮かべた。なんというか、この人妙に幼げに見える。本当に二十歳超えてるんだろうか……。
「でもまだ慣れなくてさ。だから、その、一緒に頑張ろうね」
ああ、励まそうとしていたのか。そんなことに今更気づき、俺は微笑んだ。
「慣れてないって言うけど、先生の授業俺は好きですよ」
酷く後ろ向きな理由だが、好きなのは事実だった。
「ありがとう。でも私ってドジだから、よく失敗するのよ。この前もオキシドールの瓶を丸々一本紛失しちゃったんだ」
俺はふと薬品棚を見た。種類ごとに整列していて、その個数が前面の付箋に書かれていた。
「こういう風に整理したのは失くしてから?」
「ううん、私が来る前からそうなってたよ」
「この棚に鍵かけてます?」
「いえ、見ての通り常にあいてるよ」
「じゃあ、この準備室は?」
「え、なに急に、どうしたの?なんか探偵みたい」
先生は苦笑いで困惑していた。突然始めてしまった尋問に、驚いている。そりゃそうだろう。しかし、俺は止まらなかった。俺にかけられた呪いは勝手に出てきてしまう。
「鍵は放課後しかかけてないけど……」
田舎じゃあ防犯意識が低いと聞いていた。こんな場所でその裏付けがとれるとは……。
俺が転校してきてから三か月、覚えている限りではオキシドールを使う授業は一回もなかった。勿論それは一年生だけのことだ。二、三年生が授業で使い、その時紛失した可能性もある。
俺は先生に、オキシドールを授業で使ったのかどうかを聞いた。答えは予想通り――NOだった。