12.愚かな妄想
初めて人を助けたのは、小学二年生の時だった。
家で妹と留守番していたら、隣の家から悲鳴が聞こえた。
隣には梨花が住んでいた。当時俺は梨花のことをよく知らなかった。学校で何度か目にしたことはあったが、話したことはなかったし、隣に住んでいるやつという認識しかなかった。
それでもやっぱり、悲鳴を聞き逃すことは出来なくて、妹を一人残して何となく見に行った。
妹はまだ小さかったから、勝手に家を出ようとする俺を見て泣いてしまった。なんとかなだめて出て行ったが、早く帰ろうと思っていた。
でも、壊されたドアを見て、そうも言っていられなくなった。
俺は梨花の家に忍び込み、リビングに梨花と見知らぬ男がいるのを確認した。咄嗟に玄関に戻って父親のものと思われるゴルフクラブを持った。
そして背後から忍び寄り、男を思いっきり殴打した。
その時手足は震えていたし、自分が何をやっているのかさえ分からない状態っだった。それでも、なんとか助けたいと思った。
男は漫画みたいに都合よく倒れてはくれなかった。でも一瞬よろけたから、俺は座り込んで震えている梨花の手を取って走り出した。
家には戻れなかった。妹が家にいたからだと思うかもしれないが、あの時はそんな冷静な判断ではなく、単に恐怖から遠くへ逃げようとしただけだった。
震える手と足を無理矢理動かして、俺は走り続けた。途中梨花が転んで足を怪我したから、おんぶして走った。自分でも不思議なくらい、その時は走ることができた。
もう充分だと思ってもまだ怖くて、無駄な距離を走ったあと、涙を流した。怖かったからだ。
でも、梨花が転んだ痛さと恐怖で大泣きしたから、俺の涙は止まった。
目の前の女の子を助けたいと思ったとき、俺は自分の恐怖なんてどうでもいいと思えたんだ。人のためなら自分は、なんにでもなれてしまうと知った。
それが子供らしい愚かな妄想だと気づくのは、それから八年も経ってからだ。