11.拒絶の言葉
三河家に帰り、俺は自室で本を読んだ。人から勧められるのは好きだから、意気揚々と読み始めたが、冒頭から挫折しかけている。
登場人物が外人しかおらず、名前がどうにも覚えられなかった。急にさっき出てきた人物の名前が出てきても、そいつがどんなやつだったのかぱっと思い出せない。
頭の中で上手く映像が流れない。理解力のない俺にとっては、読みづらくてしょうがなかった。でも、無下にはできなかった。
俺はカエデがくれたものを、無駄にはしたくなかった。
面白いにせよ、つまらないにせよ、ちゃんと読んでから話をしたかった。
気がつくと夕飯時になっていた。俺は叔母さんに呼ばれてリビングに降りた。良い匂いに釣られるように、俺はふらふらとした足取りで歩いた。ずっと活字を眺めていたから、少し疲れたんだろう。
リビングには瑠梨子ちゃんはいなかった。まだ帰ってきていないらしく、叔父さんが溜息を漏らしている。
瑠梨子ちゃんはこんな風に断りなく帰りが遅くなることがある。結構な頻度でこういうことがあるから、叔父さんと叔母さんはそれを憂いている。
簡単に言えば不良娘に悩んでいるのだが、響助のことがあるから強く叱れないのだろう。
そうして、不穏な空気のまま夕食は始まった。その五分後、瑠梨子ちゃんが帰ってきた。
叔父さんも今日ばかりは叱ろうと意気込んでいるようだ。足音に耳を澄ませ、リビングのドアが開くのを待っている。
そしてドアが開かれた――けれど、リビングにいた面々は叱るどころか言葉を失ってしまった。
瑠梨子ちゃんの髪が、短く切り揃えられていたからだ。昨日までの綺麗に伸びた長髪が嘘のように、ボーイッシュな短髪に変わっていた。
学校にいるときは、なんともなかったのに……。
「お、お前、どうしたんだその髪……」
叔父さんは酷く困惑していた。そりゃそうだ。単なる居候の俺でさえこんなに驚いているんだ。長年一緒にいる叔父さんの驚きは相当なものだろう。
「なに?ただ気分変えようと思って切っただけだよ」
不機嫌な顔と口調でそう言うと、瑠梨子ちゃんは冷蔵庫に歩み寄り、ジュースをとった。そしてそのまま椅子に座ろうともせず、リビングを出ようとした。
「ちょっと、ご飯は?」
叔母さんが慌てて聞くと、瑠梨子ちゃんは冷たく「いらない」と言った。そして二階に上がっていった。
沈黙と静寂のあと、叔母さんが重い口を開いた。
「あの子最近ちょっと様子が変なのよ。この前も急に髪を染めてきたでしょ」
あの綺麗な栗色に変わる前、瑠梨子ちゃんの髪は黒かった。けれど一週間前、今日のように遅く帰ってきた日、突然髪を染めていたのだ。
その時も俺は今日のように、何も口を挟むことができなかった。
叔母さんが悲しげな顔をし、叔父さんが娘との関係に悩んでいても、俺はただ見ているだけだ。でも、それはしょうがない。
俺は他人で、ここにいるはずのない人間なんだから。この物語に俺は登場するべきじゃない。
食事を終え、感謝を込めてごちそうさまを言って、俺は二階に上がった。
二階の廊下で着替えを持った瑠梨子ちゃんが部屋を出てきた。
「なにかあったのか?」
未練たらしく、俺は聞いた。放っておくべきなのに、それができない愚かな俺がいた。
「黙っててよ」
言われるがまま俺は黙り、部外者になった。