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10.おすすめの本

 放課後、俺はミス研・正式にはミステリー研究部の部室に来ていた。カエデに誘われて見学に来た。

 部室は一階の端っこ、この時期は暖房の効きが悪く、日当たりも悪いからかなり冷え切っていた。そのせいか、部室の空気もどんよりとしていた。

 部室は八畳ほどの広さだったが、本棚が全体の六割を占め中央に置かれた長机と椅子が三割を占拠していた。

 つまり寒くて、かなり狭苦しい。居心地は最悪だった。


「今日は部長しか来ていないんだけど、ほんとはあと二人くらい部員がいるんだよ」

「……くらいってなんだよ」

「うーん、幽霊部員が多いから正確な数は分かんない」

 見学開始五分しか経っていないのに、もう入りたくない理由が二つも見つかったぞ……。

「おや、カエデ君が紹介したいという生徒は君かね?」

 ごっつい黒縁フレーム眼鏡をかけた、丁寧な七三分けの先輩がそう言ってきた。なんだろう、この――絶対にそりが合わないと思わざるを得ない感覚は……。


「あ、ああ。そうだけど、えっと……この部活は普段何してんすか?」

「良い質問だね!」

 黒縁眼鏡先輩は、眼鏡を中指でくいっと直して、妙にテンションを上げたそう言った。俺は気迫に圧倒され後ずさった。身長は俺の方が頭一つ抜き出ているのに、なんか勝てそうにない。

「ここではミステリーと呼ぶべき作品の全てを愛し、他人にその愛を伝授する活動をしている。とは言っても、こんな狭い場所ではこの世界全てのミステリーを閲覧することなんて無理だがね。そもそもミステリーと言うのはね――――」


 聞き取れない速度で先輩は話し出した。俺は後ずさり過ぎて、壁まで追い詰められてしまった。カエデはそんな俺の手を取って、ひょいと引っ張って救出してくれた。


「いいのか?先輩放っておいても」

「こうなると止まらないし、周り見えなくなってるからばれないよ」

 小声で会話し、俺はそのまま本棚の前に引っ張られた。

「ミステリーはよく読むの?」

「まあ、コナン・ドイルと横溝正史を少々」

 俺は口をへの字に曲げて顎をさすりながら言った。

「それ実は名探偵コナンと金田一少年の事件簿なんでしょ?」

「ばれたか。でも、少しくらいなら読んでるぜ。シャーロックホームズとか、そして誰もいなくなったとか」

「外国人だけ?」

「後はライトノベルみたいな軽いやつとか、漫画ばっかりだな」

 カエデは俺の話を聞くと、感心したように頷いた。


「どうした?」

「ちょっと意外だったから。ミステリーそれなりに好きなんだね」

「前の学校でできた友達が好きでな。昔馴染みの友達も、結構なミステリー好きだったから、多少の影響は受けたよ」

 俺がそう言うと、カエデはまた意外そうな顔をした。

「響君友達いたんだ……」

「いるわ!」

 まあ、今の俺の状況を見たらそう思うか……。


「じゃあ、こんなのどうかな。個人的にはかなり好きなんだけど」

 カエデが本棚から取り出して渡してきたのは、山口雅也の『生ける屍の死』という本だった。

「正統派のミステリーとは少し違うけど、とっても面白いよ」

 タイトルもさることながら、分厚さも含めて読みづらそうな本だった。正直お返ししたいと思った。でも、まあ読んでみるか。

 俺は本を受け取った。


 そのあと何冊か本を紹介してもらったが、最初に借りた本を読まないで借りたら簡単に挫折しそうだったからやめておいた。


「とにかく、入部するかどうかはゆっくり決めてよ。入部してなくても部室に来ていいからね。幽霊部員がいるくらいだもの、遊びに来ても誰も文句なんて言わないから」

 カエデは微笑んでそう言ってくれた。カエデは嬉しそうだった。その笑みを俺は知っている。誰かに救済の手を差し伸べて、満足感を得たときの顔だ。


 カエデは俺に居場所を作ってくれた。俺が生きられるようにしてくれた。


 人との絆なんて意味がないなんて思ったが、どうやらそうでもないらしい。


 俺はニヒルを気取ってはにかんで、カエデにお別れを言った。帰り際、俺がいなくなったことに気づいた先輩の嘆き声が聞こえた。


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