1.母の言葉
前々回に投稿した『探偵とヒーロー』の続編です。
できればそっちを読んでから読んでほしいですが、これを読んでからでも全然大丈夫だと思います。
まあ、こんな駄文を読んでくださる優しい気持ちがあればですが……。
「人の幸せを願い、人の不幸を悲しめる人になりなさい。弱くてもいいから、なにかを成し遂げるような立派な人じゃなくてもいいから、人の気持ちを理解できる人になりなさい」
小さい頃、俺の母親はよくそう言っていた。
俺は大人の言葉に疑いを持つようなタイプじゃなかったから、ただひたすらにそうなれるように生きてきた。母親の期待に応えたいと思っていた。のちにその言葉がドラえもんからの引用であることを知って、ちょっとがっかりしたこともあったが、俺はその言葉を胸に抱え続けた。
母親はよく、夜寝る前に本を読んでくれた。母親の声で聞かされる話は、どんな内容でも楽しくなった。妹はその声から作られる言葉を、魔法の言葉と呼んだ。
俺はそんな妹を茶化しながらも、確かにそうだと思っていた。
なんてことのない言葉を、輝かせるそれは、まるで魔法のようだった。
だから小さい頃俺は、母親の魔法にかけられたのだろう。
だから俺は手を差し伸べ続けてきた。見えたものに、届くものに、見境なくこの手を伸ばした。
けれどあの日、魔法は解けてしまった。妹を殺そうとした日、友達を裏切った日、俺は全てを捨ててしまったんだろう。
そして俺は、手を差し伸べることをしなくなった。