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「よ、っと」


 掛け声一つで、頑丈な岩扉は苦も無く開いた。


「……」

「どうしたの?」


 腑に落ちない顔で自分の手をじっと見つめていたルーリスの頬を、ユーダミラウはつついた。


「あの扉って、見かけによらず軽いのかな……」


 今出てきたばかりの扉を振り返る。隠し通路からの出口は、岩肌に巧妙に隠されていたようだ。恐らく同じ岩を切り出して扉にしたと思われる。開きっぱなしの扉の厚みは、ルーリスが王都で借りていた部屋の扉の倍以上はあった。石扉でこの厚みなら、相当重たいと思うのだが。


「んー」


 ユーダミラウは扉を一通り眺めて言った。


「僕は開ける必要ないから、よく分からないな」

「なるほど」


 質問相手を間違えたことだけはよく分かった。


「ルーリス、そこは閉めておきなさい」

「わかりました」


 言いつけに素直に従おうとして、ルーリスは、はたと立ち止まった。


「王女様、あの……この扉が重いかどうか、試してもらえません?」

「どうして私がそんなことしなくてはいけないの」

「失礼しました」


 頼む相手を間違えたことだけはよく分かった。


「よいしょっ、と」


 やはり楽々と扉は閉じた。どう考えてもおかしい。今なら、セルマの力に勝てるかもしれない。


(別に勝たなくても良いんだけど……何で急に……まさか精霊宮殿のご飯、力がつくようなものだったのかなあ……あ、もしかして!)


 精霊宮殿は王城の離宮扱いだと言っていた。ということは、城でも同じような食事が出ていたと考えられる。つまり、セルマの怪力は、城の食事のおかげということではないだろうか。


(あのイモに秘密が……!?)


 あの厨房こそが王家の秘密、まで考えて、ルーリスの妄想は遮断された。


「ルーリス? ぼんやりしてないで早く行ってきて」

「あ、はい、すみません」


 即座に返事をして、ルーリスは踵を返した。そして止まった。恐る恐る振り返った。


「あの……どこに行けばいいんでしょう……?」


 セルマは一瞬表情を無くし、それから背筋が凍るような笑みを浮かべた。


「ねえ、ルーリス、あなた、ここがどこだと思う?」

「え? えーと……精霊宮殿の外の、どこか……?」


 ぐるっと見回しても木が生い茂っている以外は何も見えなかった。隠し通路は下に向かって降りていたので、カウリ山の中腹あたりかもしれない。


「つまり正確な位置は分からないと言うことでしょ?」

「そうですね……」

「私は西のラミドアに行きたいの。でも今どこにいるのかが分からなかったら、どちらに向かって進んだらいいのか、判断出来ないわ」


 つまり、知っている誰かに訊いてこいと、そういうことらしい。


「でも、こんな山の中じゃ誰もいないんじゃ……」

「そこも含めて、確認してきてと言っているのよ?」

「いってきます」


 セルマの笑顔のレベルが上がったので、ルーリスは回れ右して走り出した。


「迷子になったら僕のこと呼ぶんだよー」


 背中からユーダミラウの声が追いかけてくる。扉も壁も関係ないと豪語する精霊こそが、この役目にふさわしい気もするが、もはや戻れない。


(……というか、ほんとに、ここどこ?)


 しばらく走ってから、ルーリスは足を止めて振り仰いだ。枝の隙間から覗く空は青い。空気はひんやりしているが、日が落ちるまではまだしばらくあるようだ。


(あんまり疲れてないけど……結構歩いた気がするんだよね)


 それとも、思ったより歩いていなかったのだろうか。ランプの明かりが切れてしまったことからしても、かなりの時間が経っていると思うのだが。


(何度か休んだし……まさか一晩中歩いてたのかなあ……)


 時間の経過と体感の不整合に首を傾げつつ、ルーリスは木の根をまたぎ越した。


「あ。道だ」


 唐突に視界が開けた。デコボコの山道が左右に伸びている。どちらを見ても景色は同じだ。道を挟んだ向こう側は、ルーリスが今まで歩いてきたところと同じように、木々が密生している。


「どうしようかな」


 右か、左か。決める前にやるべきことがある。

 ルーリスは握ったままだった剣を抜いた。受け取ってから初めて抜いた剣は、とても綺麗だった。この剣を汚してしまう日が来ることは、あまり考えたくなかった。


「これでよし」


 初めてルーリスが振るった剣は、横の木に綺麗に×印を刻んだ。付けたばかりの目印に満足して剣を収めると、ルーリスは道の真ん中に出た。


「どっちにいこうかな」

「――っ!」


 ルーリスの呟きが聞こえたかのように、遠くで悲鳴が上がった。ルーリスは一瞬だけ硬直して、すぐに声が聞こえた方に走り出した。


「くそっ、このっ、あっちいけっ!」

「ダメ、こっちにもいる!」


 焦りと恐怖の入り交じった声が前方から流れてくる。荷馬車が横転しているのが見えた。その周囲にいるのは、人と、人ではないもの、だ。


(あれは……)


 悪寒に、ルーリスは足を止めた。馬車を取り囲んでいる、子供くらいの背丈しかない灰色の肌をしたそれらは、小鬼だ。普段は森の中に潜み、人が通りがかると集団で襲いかかり、住処に連れ去ると言われている。

 ルーリスも故郷にいるときに、一度だけ見たことがある。森に友達と遊びに行ったときに出くわした。そのときは、隠れてやり過ごしたのだけれど、小鬼の、あの飢えた眼が、今でも恐怖の記憶として残っている。


「やだー、こわいー!」


 次に聞こえた悲鳴は、幼かった。馬車に隠れていた子供を、小鬼が引きずり出している。遠目に見ても怖かったのだから、目の前に立たれたらもっと怖いに決まっている。


「助けてー!」


(助けないと……)


 不意に、握っていた剣が暖かくなった。ルーリスの足を止めていた恐怖は溶け去って、自由に動く。引き返すことも出来たけれど、ルーリスは前に向かって走り出した。倒せるはと思っていない。小鬼は割と臆病だと、誰かが言っていた。大声を上げて剣を振り回せば逃げていくかもしれない。ルーリスに出来るのはそのくらいだ。


「あたしを、お守りください、王国の守護精霊様たち!」


 生まれて初めて、真剣に祈った。走りながら宝剣を抜いたところまでは覚えている。あとはなんだか、夢の中の出来事のようにあやふやだった。


「――騒がしいと思ったら、こんなことやってたんだねー」


 ユーダミラウに肩を叩かれて、ルーリスは我に返った。息が上がっていた。体中が、特に腕が、痛い。いっぱいに詰まった野菜籠を倉庫から運び出した後みたいだ。


「ユー、ド……?」

「うん、僕だよ。ケガしてないよね。じゃ、下がってて。それ、片付けちゃうから」


 ユーダミラウの言う『それ』が、足下に転がる小鬼の死体だと分かった瞬間、ルーリスは飛びすさった。


「え……これ……」

「何でびっくりしてるの。君が倒したでしょ? すごいね」


 銀色の光に包まれたユーダミラウの口調は優しかった。光は精霊の両手に集まると、小鬼の死体に降り注がれた。光が消えると、真っ黒い煤のようなものだけが残っていた。


「あとは風に任せようかな。どうしたの、もう剣をしまっても大丈夫だよ?」


 言われるまで、ルーリスは自分が抜き身の剣を握ったままだったことに思い当たらなかった。


「あ、鞘……」


 どこかに投げ捨てたような気がしたのだが、気づくと反対の手に握っていた。剣と同様に、鞘も漏れなく戻ってくる造りらしい。

 剣を収めると風か拭いて、黒い煤を吹き飛ばしていった。


「いま、何をしたの?」

「ただの浄化だよ。邪精霊の眷属は、埋めても土に還るのが遅いからさ」

「そう……あ、ユード、王女様は」

「そこにいるよ」

「ここにいますわ」


 ユーダミラウと同時に、セルマがすぐ後ろで返事をした。振り返ると、セルマは頷いた。


「よくやったわ、ルーリス」

「……はい」


 簡単な労いの言葉が、ルーリスの心に何より染みた。たった一言で、こんなに喜んでいる自分をルーリスは必死に隠した。これ以上、単純で扱いやすいと思われたくはない。

 ルーリスの動揺に気づかずに、セルマは倒れた馬車の方へと進み出た。


「そちらは皆、無事ですか?」


 馬車の周囲に固まっていたのは、数人の男女だった。老人と、子供も交ざっている。大半がセルマの美貌の見とれていたが、そのうちの一人、年配の女性が立ち上がった。


「助けていただいて、ありがとうございました。わたしはこの旅芸人の一座を率いるマベーニと申します。全員無事とは言い切れませんが、命は助かりました」


 銅色の髪をひっつめたマベーニは、セルマに向かって一礼した。少々芝居がかっていたのは、職業柄、仕方の無いことだろう。


「良かったわね、ルーリス。あなたのおかげよ」

「はあ……良かったです」


 セルマがキラキラした眼で振り返る。先ほどの感動はどこかにやってしまって、ルーリスは警戒した。セルマがこういうしおらしい物言いをするときは、何か企んでいるときだ。


「そちらの剣士様はルーリス様とおっしゃいますか。たおやかな女性かと思いきや、一陣の鋭き風のごとき身のこなしでございました。さぞかし名のある剣士様なのでしょうが、旅暮らしの田舎者故、聞き及ばず、申し訳ありません」


 マベーニはルーリスにも一礼した。そのころには我に返った一座の面々も、動ける者は膝をつき、動けない者はその場で感謝の言葉を述べた。


「え、あ、いえ、あたしはそんなすごくなくて……みんな無事で良かったです」

「お優しい心遣いに感謝いたします。そちらのお嬢様と若様はお連れ様でしょうか。よろしければお二人のお名前もお聞かせいただけないでしょうか」

「あ、僕はこの二人の守護精霊だから、この二人にしかもう名乗れないんだ」


 ごめんねと、悪気無くユーダミラウが断ると、マベーニの表情が強ばった。


「お二人の……守護精霊、さま……? ではまさかルーリス様は、精霊騎士様……?」

「え、それでわかるんですか?」


 ユーダミラウの一言で全てを理解したようなマベーニを、ルーリスは逆に尊敬した。マベーニは真剣に顔で頷いた。


「はい。王位継承者と精霊騎士と守護精霊の物語は、どの時代のものでも好評のお芝居ですから。わたしどものような田舎芝居でも、土地を巡る度に詳しい話を聞き集めます。でもまさか、こんなところで実際にお会い出来るなんて思いもよりませんでした」

「はあ……すみません」


 祭りでよく見たお芝居の精霊騎士を思い出して、ルーリスは申し訳なく思った。マベーニはどうしてルーリスが謝りだしたのか分からなかったようだ。


「あの、それではそちらのお嬢様は王位継承者の――!」

「お待ちなさい、マベーニ」


 やんわりとマベーニを制して、セルマは苦笑を浮かべる。


「今は、その話はやめましょう。まずはあなたたちの安全を確保しなくては。ルーリス、馬車を起こすのを手伝ってあげて」

「あ、はい」


 剣をユーダミラウに預けて、ルーリスは横倒しになった馬車の方に回る。幸い、馬車は倒れているだけでどこも壊れていないようだ。繋がれていた馬は、ユーダミラウが診てくれた。少し驚いているだけで、走るには問題ないそうだ。


「えーと、それじゃ……何から始めたら良いのか教えてくれませんか?」


 膝をついて成り行きを見守っていた一座の人たちと一緒に、元のように馬車を動かせるようにした頃には、既にセルマはマベーニと話を付けていた。


「ルーリス、マベーニが一緒に乗せていってくれるそうよ」

「そうなるんじゃないかなって思っていました」


 しばらく楽に移動が出来ることをルーリスは素直に喜んだ。

お読みくださってありがとうございました。

もう少しテンポを上げないと、あらすじに追いていかれたままになりそうだと焦っています……。

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