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「城の様子はどうでしたの?」


 ルーリスがノーマ達を戸口で見送っていると、セルマの声がした。飲食の必要が無いユーダミラウは、朝食が始まってからずっと長椅子に寝そべっている。今も寝そべったまま、寝ぼけた調子で答えていた。


「昨日とあまり変わってなかったよ。お城はベリオル侯爵が完全に占拠しちゃったみたいだけど。外で小競り合いは続いていたから、王都の完全制圧は出来ていないみたいだね」


 いつの間に見てきたのだろうか。城以外の話も聞きたかったが、ユーダミラウの報告はそこまでだった。セルマも物足りなそうな顔をしていたが、仕方ないと割り切ったようだ。


「こちらに向けられている兵の様子は?」

「夕べからじわじわ増えてる感じかな。今のところは大人しくしてるよ」

「それも大祭司長の『説得』が済むまで、でしたわね」


 精霊宮殿は王城の一部、離宮として取り扱われているので、王の許可無くして出入りは出来ない。城を武力で制圧した割には、ベリオル侯爵は精霊宮殿に手を出すのは控えているそうだ。穏便にセルマを城に戻して欲しいと、大祭司長を説得しているらしい。


「お兄様が指揮を取れない以上、王都が落ちるのは時間の問題でしょうね。となれば、今日中には、ここを発つべきね」

「行き先は決めてあるの?」

「西のラミドア。ユトーラ公のもとなら当面はベリオル侯爵も手を出せなくなるはずよ」


 ルーリスの知識では、ネイワーズ王国の西側にそんな地名がある、くらいだ。王都からどのくらい離れているのかも誰が収めているのかも分からない。


(タリーだったら知ってたかな)


 同い年の友人は、貴族の噂話に眼が無かった。ナントカ家の若様がナントカ家の姫君と婚約したとか、ドコゾノ家はどこの家と仲が良いとか悪いとか、王都以外ならどこに住むべき等、よく聞かされた。あの頃は、関係ない世界の話だからと適当に聞き流していたのだけど、もう少し真面目に聞いておけばよかった。


「西か。まあ、どこでもいいけど、ここからどうやって行くのかが問題だねー」


 精霊宮殿はカウリ山頂にある。山としては低い方だが、山歩きになれていない人間には、道が限られている。ベリオル侯爵がすぐに手を出してこないのも、ここに理由があった。王族のセルマは当然だが、ルーリスだって、山歩きしろと言われたら拒否する。


「分かっていますわ。ねえ、ユーダミラウ。例えば、他の精霊の道というものは存在しませんの?」


 城から精霊宮殿に一瞬で移動したように、精霊宮殿から他の場所に移動出来る道があれば――セルマのひとかけらの希望を、ユーダミラウはあっさり砕いた。


「一瞬で移動出来るのは、お城と、ここの間だけだねえ」

「そう……一瞬で移動出来ない道ならあるのかしら?」


 セルマの眼が、きらりと光る。ユーダミラウは笑いながら両手を挙げた。


「いやあ、ほんと楽しいな。うん、特別にセルマには僕のことをユードと呼ぶことを許しちゃうよ」

「光栄ですわ」

「もちろん、セルマの精霊騎士のルーリスにも特別許可だよ」

「はあ……ありがとうございます」


 守護精霊への敬意などとっくに投げ捨ててしまってたルーリスにしてみれば、長ったらしく呼ばなくて済んだくらいの気持ちでしかなかった。


「では、あるのね?」


 焦れたようにセルマは問い質した。ユーダミラウは頷いた。


「あるねえ。でもそこは本当に精霊の道だから、通りたかったらセルマも精霊になるしかないね」

「却下だわ」

「それは残念。それより、ルーリス、君もこっちに来て座ったら?」


 続き部屋にも戻れず、かといってセルマと同じテーブルに戻ることも躊躇っていたルーリスは、ノーマを見送った後から戸口でぼんやり立って話を聞いていた。ユーダミラウは起き上がって自分の隣を指している。


「あたしはここで……」

「そこだと僕がそっちに行かないといけないからこっちに来てよ」

「別にこっちに来なくてもいいですよ?」

「だって僕に訊きたいことがあるって顔してるよ?」


 そんなにわかりやすい顔をしているだろうか。ルーリスは顔を撫でながらしぶしぶ長椅子の端に腰をおろした。


「で、何が訊きたいの?」


 セルマは別の脱出経路を探すべく、考え込んでいた。ルーリスは邪魔しないよう、声を潜める。


「あの……人間が精霊になる方法って、あるの?」

「さあ? 僕は知らないけど」

「……」


 今なら剣を抜けると、思った。


「うん、待って。今すぐ試し切りをしたい気分なのは分かるけど、ちょっと待って。仮に僕が知ってたとしても、セルマは選ばないよ」

「……そうなの?」

「だってルーリス、君、精霊になりたい?」

「そう訊かれると、困るけど」

「でしょ。君たちは人間のままで、王位継承者と精霊騎士のままでいないと僕も困るし」


 ユーダミラウが困っても構わないが、確かに精霊になると言うことは、人と異なる存在になると言うことだ。それは王女としてのセルマの存在の終わりを告げることであり、ベリオル侯爵の思惑通りとも言えるかもしれない。


「でも王女様がここから出られなくて、侯爵に掴まっちゃったらもっと困るでしょ?」

「うーん、そうだねえ」

「ユードって守護精霊でしょ? 魔法とか使えないの?」

「使えるけど、僕が何でもやっちゃったら、人間の王様なんていらないでしょ?」

「別に何でもやらなくてもいいわよ。今だけあたし達を逃がしてくれたらいいだけで」

「でも一回やったらまた次も、ってならない?」

「それは……」


 絶対にないとは言い切れなかった。口ごもるルーリスを、ユーダミラウは何故かとても優しく見つめていた。


「何でも出来る精霊が人間の代わりに王様になったら、人間なんていらないじゃない?」

「ええ?」

「そうするとさ、守護精霊だったはずなのに、邪精霊になっちゃうんだよねー。困ったことに」

「……」


 いくらなんでも極論過ぎる。反論の糸口を探してユーダミラウの言葉を繰り返しなぞっていくと、ルーリスの頭に浮かんだのは別の言葉だった。


「……精霊にお願いしすぎると、邪精霊になっちゃう……?」

「さあ、どうかな。あ、僕で試さないでね」


 ルーリスだってそんな恐ろしいことを試すつもりはない。が、確か夕べ、精霊騎士を辞めたいと訴えたとき、呪うとかなんとか言われたような気がするのだが。それはすでに、邪精霊に半分足を突っ込んでいる状態なのではないだろうか。


(……あたしやっぱり、選択を間違えた……?)


 できることなら、城で働くことを決める前に戻りたい。それが無理なら、あの隠し通路に引き込まれる前でもいい。


「そっか。ここにもあの通路があればいいのに……」


 時間を遡るのは無理だが、精霊宮殿にもセルマを救ったあの通路があれば、こんなに悩まなくても済むのだが。

 ため息と共に呟きを吐き出した直後、影が差した。


「いま、なんて言ったの?」


 気づいたらセルマが目の前にいた。何の気配も無かった。立ち上がる前に、ぎゅっと両肩を握りしめられてて、押さえつけられた。


「え!? あの、王女様!? 痛いです!」


 ルーリスの涙目の抗議にも耳を貸さず、セルマは興奮した様子で抱きしめてきた。


「それだわ。ルーリス、あなたすごいわ! よく気づいたわ」

「く、るし……!」

「セルマー、ちょっと落ち着いてー、微笑ましい光景の裏に見えない殺意が潜んでるよー」


 隣からやる気の無い制止の声が聞こえてくる。どうせなら声をかけるだけじゃなくて、体当たりでセルマを止めて欲しい。


「失礼ね。私が自分の精霊騎士を害するわけないでしょう」

「うん、だから見えない殺意なんだよねー。はい、ルーリス、深呼吸して」


 目の前が真っ暗になる直前で解放されたルーリスは、空気のありがたみを知った。


「で、セルマは何か思いついたの?」


 ルーリスの背中を撫でながら、ユーダミラウ。

 セルマは部屋の真ん中に立って、ぐるっと見回した。


「ここは王城と同時期に建てられた離宮よ。同じ仕掛けがあってもおかしくはないわ」

「ふーん。そういやその通路って、城中つながってるの? セルマは自分の部屋から精霊の座に来たんだよね?」

「ええ。お父様から教わったの。本当は、王位継承者だけにしか伝えられないそうなのだけど、ベリオル侯爵がよからぬ事を企んでいそうだからって」

「結果としては君も継承者になったから、問題は無かったわけか。で、ありそう?」

「ええ。見つけたわ」


 ルーリスが呼吸を整えている間に、セルマは鏡台の裏に目的のものを発見していた。


「この裏に王家の隠し紋があったわ。ルーリス、これを動かして」

「えーと、もしかしなくても、あたし一人でですよね?」

「そうよ?」


 彫刻も宝飾も立派すぎる鏡台は見るからに重量がありそうだ。セルマの方が簡単に動かせそうだという言葉を飲み込んで、ルーリスは鏡台に手を掛けた。


「せーの……って、あれ?」


 鏡台は、思ったより簡単に横に動いた。見かけより軽かったは、中身が空だったからだろうか。


「どれどれ」


 鏡台の裏の壁には、小さな石を組み合わせて模様が作られていた。ユーダミラウは模様を眺めていたかと思うと、「お先に」と壁の中に吸い込まれていった。


「……そういえば壁も扉も関係ないって……」

「この向こうに通路があることは間違いないという事ね」


 セルマは満足そうに頷いて、模様に手を掛けた。白く細い指が模様のあちこちに触れていると、最後に鈍い音がして、模様が嵌め込まれている石全体が奥に引っ込んだ。穴に手を掛けて押し開けると、暗い通路が開けた。ユーダミラウの姿は見えない。一人で勝手に奥まで行ってしまったようだ。


「……ほんとにあった……」

「ルーリス、ぼんやりしていないで急いで支度をして」

「あ、はいっ」


 ぴしっと背筋を伸ばして踵を返したルーリスは、一歩行ってから、おそるおそる振り返った。


「あの……支度って、なにをすれば……」


 セルマは、直前まで浮かべていた感動の笑みとは違う笑みを浮かべた。明らかに、苛立っている。


「まずは明かりを。それから私の上着。あとは――」


 セルマの指示に従って、ルーリスは部屋中から必要なものをかき集めた。

 祭司ノーマが昼食の用意をどうするかを伺いに訪れたときには、部屋の中はもぬけの殻だった。

亀更新にもかかわらず、ブクマをいれてくださいましてありがとうございます。がんばります!

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