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 なんとなくだが、ルーリスにもこの美少女が侯爵と敵対する立場にあるのだということが見えてきた。おそらく一緒にいたと言うだけで、自分も敵対視されるのだろうと言うことも、ぼんやりと理解する。


「じゃあ、戻りましょうか?」


 この場所には扉の他に出入り出来る場所は無いようだ。あの扉が無理なら、あの薄暗い通路に戻るしかない。


「――え、諦めちゃうの?」


 広い空間いっぱいに、驚きの声が響いた。

 ルーリスはとっさに扉を見た。開いた様子はない。


「そっちじゃないってば」


 扉と反対側、ステンドグラスの前にある台座の上に、一人の青年が立っていた。


「あ、その顔。どこから入ってきたんだろって思ってるね。違うんだな、僕はずっとここにいたんだよね。さっきまで君たちに見えなかったのはわざとだよ。印象的な登場の仕方を考えてたら君たちが出て行こうとするから慌てちゃってさー」


 青年は、訊かれもしないことをべらべらとしゃべっていた。街中でこういうタイプに出会ったら、ルーリスは間違いなく聞こえない振りで通り過ぎる。今なら無言で通路に引き返すところだが、無視できない事実があった。


「あの人……人じゃないですよね……?」


 名付けるなら、台座の精霊だろうか。隣の美少女ほどの美貌はないが、青年は身体全体がぼんやりと白く光っているし、台座の上に浮いている。普通の人間には出来ない技である。


「ええ……違うわね」


 隣を見れば、美少女もルーリスを見て微笑んでいた。その笑みを見たルーリスの全身に悪寒が走った。


(あれ……すごく悪いこと考えてる気がするんだけど……?)


 扉の外にいる侯爵とどちらが危険なのかを秤に掛けている間に、美少女は前に進み出た。


「あなたが姿を現してくださったということは、私は諦めなくてもいいということでしょうか」

「ん? 僕はいいと思うよ。あの扉から入らないとダメって聞いてないしね。ま、さすがの僕でも、あんなところにも入り口があるとは知らなかったけど。用意がいいならこっちにおいでよ」


 白く光る青年が手招きした。美少女は躊躇わずに近づく。ルーリスがその場に留まっているのに気づくと、天使のような微笑みで振り返る。


「あなたも一緒にいらっしゃい」

「そうそう。そっちの君も一緒じゃないとダメだよ」

「いえ……あたしは、ここでけっこうです……」

「いいから来なさい」


 最後は無理矢理手を引かれて、ルーリスも台座の前に立った。


「はい、それじゃいいかな。あ、二人とも自己紹介からよろしくねー」

「セルマ・トビア・コルトモージュと申します」


 美少女は淀みなく名乗った。名乗っただけでなく、膝を折って正式な礼までしてみせた。


(セルマ……コルトモージュ……?)


 ルーリスは首を傾げた。コルトモージュと言えば、現王家だ。ということは。


(まさか……王女さま!? 本物!?)


 確かそんな名前の姫がいたはずだ。現王家は美形揃いだが、末の姫が一番の美形だというのが町の噂だった。


(えっと……あたし、マズくない?)


 首を傾げたまま、ルーリスは硬直した。ここまでの行動が、脳裏にまとめて蘇る。まず、通路に引きずり込まれたとき、不可抗力の事故とは言え、王女の上に乗ってしまった。他にも、床下の精霊だとか、問答無用で投獄されてもおかしくないことを口走った記憶も、ある。


(うわあああああ、どうしよう!?)


 もう家に帰れないかもしれない。

 暗い未来を描いて一人で冷や汗をかいているルーリスをよそに、青年とセルマは穏やかに問答を続けていた。


「セルマか。君が始祖に連なるものだね。始祖の志と国土を受け継ぐ意思はあるかな?」

「この身と魂の全てを掛ける覚悟ですわ」

「いいねー、そのやる気がある感じ。よし、合格! はい。それじゃ次はそっちの君ね。名前から」


 ぽんと目の前で手を打たれて、ルーリスは我に返った。


「え? あ、あたし? ルーリスです。ルーリス・マーロウ」

「じゃ、ルーリス。君はセルマと共に始祖の志と国土を守る意思はあるかな?」

「へ?」


 何の話だろう。ルーリスにあるのは今日を生き延びて、明日からの新しい仕事を探す意思だけだ。


「あります。ルーリスと私はここまで共に来たんですもの、無いはずありません」


 セルマはルーリスの手を取って、固く握りしめた。かなりの力が込められている。簡単にふりほどけそうにない。


「え、あの……え?」

「私たちはもう運命共同体ですわ。ここでこの試練を受けなければ、始祖の志を受け継ぐ資格もないものに運命をゆだねるしかありませんから」


 セルマは悲壮な口調で言って、扉をちらりと振り返る。白い青年が、うんうんと頷く。


「あ、また揉めてるんだ? 人間はよく揉めるねえ。揉めないようにって、始祖は僕らと契約したんだけどねえ」

「あの……あたしは厨房で働いてただけで……そんなつもりは……」

「ねえ、ルーリス、二人でがんばりましょう!」


 ね? とのぞき込んでくる青い眼には、圧力が宿っていた。具体的に言うなら、『言うことを聞かないと酷い目に遭うわよ?』である。握られた手にさらに力が込められたのも、ルーリスの恐怖を煽った。通路に引きずり込まれたときも思ったが、見かけによらず、王女様は力が強い。


「…………が、がんばります」

「じゃ、君も決定~」


 消え入りそうなルーリスの決意表明をしっかり聞き取って、青年は拍手した。両の手が合わさる度、七色の光が粉のように撒き散らされて、ルーリスとセルマの上に降りかかる。


(あれ……なんか、暖かい……)


 ルーリスはセルマに握られていない方の手で、舞い降りてくる光の粉を受けとめる。光の粉は、手のひらの上でふわりと溶けていった。その場所が、とても暖かい。


「おめでとう。これから君たちは王国の正統な王位継承者とその護衛者だ。ただし、君が王位につけるかどうかは、これからの働き次第だからね。他の継承者の方が王にふさわしいと判断されたら、君たちは大人しく新しい王に従って始祖の志と国土の守護に従事すること。いいね?」

「誓います」

「王位継承!? そんな――ぃたっ! はい! 誓います!」

「うん、いい返事だね。じゃ改めて」


 青年は腰に手を当てて、二人の少女を見下ろした。さっきまでとは打って変わって、幼子を見守るような、慈愛に溢れた表情だった。


「君たちに僕の名を渡そう。僕は始祖と契約せし守護精霊のひとり、ユーダミラウ。これからは君たちと共にあるものだ」


 ユーダミラウは、両の手を差し伸べた。セルマがその手を取った。眼で促されて、ルールスも青年の手を取った。光の粉と同じ暖かさがあった。


「これからよろしくー」


 ユーダミラウは二人の手を握りしめて上下に振り始めた。初めましての挨拶にしては、かなり激しい握手だ。


「え、ちょっと、そんなに振らないで!」


 振り回されるルーリスをよそに、セルマはその場で一歩も動いた様子がない。驚くルーリスに、セルマは微笑んで見せた。


「このくらい、ダンスの稽古ならよくあることでしたわ」

「うそぉ!?」


 お城で行われる舞踏会といえば、女の子の夢だ。美しく着飾った女性が、蝶のようにひらひらと舞い踊る。そんな、華やかで儚げなイメージが台無しだ。


「ルーリスはもうちょっと鍛えないといけないねえ。あ、そうそう、これを渡しておくよ」


 ルーリスを散々振り回してから、ユーダミラウは手を離した。セルマとユーダミラウからそれぞれダメージを受けた両手をさすっていると、目の前に、一振りの剣が降りてきた。柄に七色の宝石が埋め込まれた立派な宝剣だった。


(……きれい)


 剣なんて触ったこともないルーリスだったが、呼ばれたような気がして、手を伸ばした。


(あ、これも暖かい)


 長すぎず短すぎず。重すぎず軽すぎず。剣はルーリスの手にしっくりと馴染んだ。長年持ち慣れた皮剥きナイフよりも、持ちやすい。


「それ、君の剣ね。大事に使うんだよ。まあ、僕の力の分身でもあるから、ちょっとやそっとじゃ折れないけど」

「はい……って あたしの剣!? なんで!?」

「なんでって、精霊騎士なんだから、剣は必要でしょ。それとも素手で戦いたかった?」

「ぜんぜん! って、戦うって!?」

「うーん。もしかして僕、早とちりしたのかな」

「そんなことはありませんわ。だって、資格がなければこの場には入れないのですから。よかったわね、ルーリス」


 セルマがやんわりと否定する。微笑みながらルーリスに向けられる視線は、剣より鋭かった。ルーリスは引きつりながら、ユーダミラウに礼を述べた。


「気に入ってもらえたなら良かったよ。セルマにはこれを渡しておくね」

 セルマの前には、銀色の腕輪が降りてきた。セルマは一礼して腕輪を取ると、左手に嵌めた。ほっそりした腕に、とても良く映えた。


「ありがとうございます。大切にしますわ」

「じゃあ、他にもいろいろ話さないといけないこともあるんだけど、外から火を掛けようとしているみたいだし、先に移動しようか」

「火? ここ燃やされちゃうんですか!?」

「大人しくしているのかと思ったら、愚かしいことを」


 哀れむように、セルマは扉を見やる。慌てているのが自分だけと知って、ルーリスは狼狽える。


「落ち着いてないで、早く出ましょう! あっちに、通路がありますから! 早く!」

「ルーリスはもう少し落ち着いた方がいいねえ。まあ、なんとなく君たちのことが分かってきたよ」


 ユーダミラウは意味ありげにセルマを見やる。セルマは無邪気に微笑み返すだけだ。


「大丈夫だよ、すぐに焼け落ちたりしないから。二人ともここに上がって。僕に掴まって。いいねえ、こういうの両手に花って言うんだっけ」


 台に上がったルーリスとセルマの肩に両腕を回して、ユーダミラウはご機嫌だった。片方は雑草ですよと、ルーリスは心の中でそっと呟く。


「いいかな? それじゃ出発!」


 ふわりとした浮遊感を感じた後、ルーリスの視界は白い光に包まれた。

もちろんルーリスは自分が何になったのか分かっていません(笑)

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