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「思ってた以上に酷いな」


 エシケー村にコノリゼ騎士団が到着したのは、ロビナとフィーオがセルマに訴え出た翌日の夕刻だった。知らせの早馬は飛ばしてあったのだが、第一部隊のみとはいえ、騎士団がやってきたことに村人たちは戸惑っている様子だ。村の入り口で遠巻きに様子を窺っている。無邪気に駆け寄ろうとする子供を引き留めて、押し戻す様子も見えた。なかなかの歓迎ぶりだ。


「荒らされ方に統一感は無い。手当たり次第って感じだな」


 そんな歓迎に慣れているのか、ラグデリクは気にした様子もなく畑の状況を観察していた。横で頷くリームが、副官らしく報告をまとめて伝えているのをルーリスは聞くとも無しに聞いていた。


(ほんとに、酷い)


 村に続く道の両側に広がる畑も、遠目でわかるほどに荒れていた。畑に長く伸びている影は、萎れて倒れた作物の前で立ち尽くしている村人のものだ。やりきれない想いが伝わってくるようだ。

 ルーリスはマントの前をかき合わせた。村が近づくにつれて風が冷たくなっていくような気がする。これも邪精霊の影響だろうか。


「ルーリス様!」


 村の入り口にできていた人だかりの中から、ロビナが手を振って駆けてきた。ルーリスは急いで馬から下りた。慌てすぎて落馬しそうになったのは秘密である。


「落ち着け。馬がびっくりしてるだろ」


 ラグデリクにはバレていた。華麗に乗り降りできるようになるには、まだまだ練習が必要なようだ。


「こんなに早く来てくださって、ありがとうございます!」

「どういたしまして。勤めは休んできたの?」

「はい。でもお休みをいただいたのではなく、王女殿下が村でルーリス様を迎えるようにと送り出してくださいました。お優しい方ですよね、王女殿下は」


 ロビナは心から感動している様子だった。ロビナの中ではセルマは、実家を心配する侍女にも心を砕いてくれる理想的な主人のようだ。


「そうねー……」


 ロビナを送り出したことに何か裏があるのでは、と勘ぐってしまうルーリスだった。


「代金の件も、王女殿下の口添えのおかげできちんと支払ってもらえて、フィーオも両親も本当に感謝しているんです」

「それはよかったわね」


 ロビナの笑顔に合わせて、ルーリスも微笑んだ。セルマがどうやって買い付け人に支払いを命じたのかは、わからないままにしておこうと思った。


「ロビナ、長話はやめて、騎士団の皆様をご案内しなければ」


 初老の男性がゆっくりと歩み寄ってきて、村長のテーレだと名乗った。村の大農家をとりまとめている彼でも、騎士団の存在は脅威のようだ。特に悪名高い騎士団なら尚更である。そういえば、遠巻きに眺めている村人の中に若い女性の姿は無い。ロビナだけだ。


(すごく警戒されてるなー……)


 そっとラグデリクの様子を盗み見れば、苦い顔をしていた。やはり気にしているのかと思えば、


「見習いが隊長を差し置いて前に出るなって」


 リームに引き戻された。ルーリスは「またあとで」とロビナに手を振って、馬を連れて隊の後ろに回った。それを見て、村長が怪訝そうな顔になる。


「そちらの方は精霊騎士様ではなかったのですか……?」

「王女殿下の命により我が隊でお預かりしている。正式な隊員ではない故に名目上、見習いとしているだけだ」


 それ以上の質問を許さないとばかりに、ラグデリクは用件に入った。


「コノリゼ騎士団第一部隊隊長のラグデリク・ジェイダだ。この村で邪精霊の仕業と思われる被害が出たとのことで、確かめたい。真実であれば、そのまま掃討に入る。これはユトーラ公からの命令である。まずは邪精霊を見たという少年に話を聞きたい。それと、村の見取り図があればそれも出して欲しい。無ければこちらで作成するので、場所を借りたい」

「わかりました。それで、その、ジェイダ様」


 村長は頷きながらも、上目遣いでラグデリクを見る。


「今回の件は、本当に邪精霊の仕業なのでしょうか? 我々は守護精霊のご意思に背いてしまったのでしょうか?」


 ネイワーズ王国は、初代王と精霊の契約により安寧の地を約束された国だ。その守護の力が大きいために、人々は邪精霊に生活をかき乱されることよりも、守護精霊たちの機嫌を損ねることを何より恐れている。今の村長の疑問は、王国民の全ての心情と言ってもいい。


「状況から言って、邪精霊の影響であることは九割方間違いないと思われる。今晩から我々が見張りに入り、真相を突き止めるので無駄な外出は控えてくれ。守護精霊の機嫌を損ねたかどうかは――」


 ラグデリクはちらりと背後に控えているルーリスを見やった。ルーリスは、ふるふると首を横に振った。今のルーリスにはユーダミラウの機嫌より、セルマの機嫌の方が何十倍も重要だ。


「……そのようなことは無いようだから安心してくれていい」

「わかりました。では、みなさまこちらに」


 村長はあからさまにほっとして、フィーオとその両親を呼んでくるように言いつけ、ラグデリクとリームを自分の家に案内した。ルーリスも呼ばれたが、見習いの身分なので丁重にお断りをして、代わりにロビナの家でお茶をもらうことにした。羨ましそうな隊員たちの視線には気づかない振りをする。


(あとで何か差し入れしないと悪いかなあ……ロビナに頼めるかしら)


 本当は酒が一番なのだろうが、任務中に酒は厳禁だ。とすると次点は食料だ。酒の代わりに身体が温まる物を頼んでみよう。


「こんな家にようこそおいでくださいました」


 ルーリスを出迎えてくれたのは、ロビナの両親と姉夫婦とその子供たちだった。女性の精霊騎士ということに驚いた後は、日々の苦労を労ってくれる一家に囲まれて、久しぶりに心安らぐひとときを過ごした。こんな時は、精霊騎士になってよかったと思う。


(もっと頑張らないとダメだけど)


 まずは馬の乗り降りを華麗にできるように練習しようと、ルーリスは決意を新たにした。目標は手の届くところに置くのがルーリス流である。


「どこで油売ってたんだ」


 ロビナの実家でくつろいだ後には、ラグデリクの説教が待っていた。居心地がよくてつい、長居しすぎてしまったのだ。急いで集合場所に戻り、一通り小言を聞き流し、もとい聞いてから、そっと差し入れの包みを渡す。


「これ、ロビナの実家からみんなにどうぞって、いただきました」


 ロビナの家だけでは全員分は足りないので、近所の家にも声をかけてもらい、揃えた物だ。暖めた干し肉をチーズと野菜の漬け物と一緒にパンに挟んだだけの簡単な食事だが、常に腹を減らしている隊員の顔は緩んだ。


「あとでスープも持ってきてくれるそうです。ここに届けてもらえばいいですか?」

「それはありがたいが、ここまで持ってくるのは危ないから、こちらから受け取りに行かせる」


 言って、ラグデリクは隊員の二人を指名して、ロビナの家に向かわせた。これ以上ルースリを行かせると、また戻ってこないのではと危惧したようだ。信用を失うのは一瞬であると、ルーリスは反省した。


(あれ、もともと信用されてたっけ……?)


 それ以上考えるのは危険だという心の声に従って、ルーリスはラグデリクの次の指示を待った。


「目撃したフィーオの話では、邪精霊は昨晩も現れたそうだ。今のところの被害は作物だけだが、畑以外にも被害が出る可能性もある。気を引き締めて見張れ」


 ラグデリクは村長から話を聞いて作成した地図を広げる。一部隊の人数では村の全方位を見張ることは不可能なので、まだ荒らされていない畑のある方を中心に隊員を配置する。


「隊長、あたしはどこに?」


 待機も含めて全隊員の配置がなされた中に、ルーリスに名前は挙がらなかった。ラグデリクは地図を指す。


「村に入ってから空気がおかしいと感じたのはお前だけだ。邪精霊がまだ近くに潜んでいるという証拠だろう。俺たちの中でお前が一番、邪精霊を強く感じ取れるから、ここにいて方向を指示して欲しい」

「俺なんかじゃ、かなり近くまで来ないとわからないしな」


 リームを始め、待機組の隊員たちも頷いた。ルーリスは不承不承頷いた。


「はあ……そういうことなら……ほんとにわかるのかは保証できませんけど……」

「僕も手を貸すし、すぐわかるよ」


 不意に、ルーリスの背後が銀色に光った。ルーリスを含めたその場の全員がぎょっとした。


「どうして背後から出てくるのかな!」

「前から出ても驚くでしょ」


 その通りなのでルーリスは怒りの矛先を変えた。


「邪精霊がこんな近くにいるんだから、殿下のところに行っててよ」

「同じことをセルマに言われた僕の立場もわかって欲しいなあ」


 わざとらしく嘆くユーダミラウに、ルーリスは言葉を詰まらせた。セルマが心配してくれるのは嬉しいし、ユーダミラウがいてくれるのは心強いが、僅か半日の距離にセルマを一人きりにしているのはルーリスの気持ちが落ち着かないのだ。


「だいじょうぶだよ。ここからならすぐに戻れるし、セルマにも僕の加護があるんだから、簡単に危険にはならないよ」

「でも」

「こっちをさっさと片付ければ済むことでしょ?」

「それは……」

「そのとおりだな。ぜひともお力添えを願いたい」


 ラグデリクはユーダミラウに一礼した。リームも、他の隊員も同様に礼を取る。彼らにしてみれば、今のところルーリスよりもユーダミラウの方が心強い存在だ。


「そこまで言われたら断れないなあ。ね、ルーリス?」

「……あたし、ロビナの家で寝ててもいい?」

「宝剣が使えるのは君だけだからそれはダメ」

「勝手にサボるな」


 ユーダミラウとラグデリクの両方からダメ出しを食らった。あたりまえである。


「そういえば、隊長たちは邪精霊をどうやって追い払うんですか?」


 邪精霊は、小鬼のような実体を持たない。小鬼と違って滅多に現れないが、現れたら気づかれないようにやり過ごすのが通常の対処法だ。今のルーリスには宝剣があるので、斬り払うことで正しい理の中に戻すことができる――とユーダミラウが言っていた――が、通常の武器では不可能なはずだ。


「邪精霊を感じ取れる人間なら、どんな物でもある程度、ダメージを与えられる。俺たちの武具には祭司殿に祝福をしてもらってあるから、かなり効き目はある。それでも、斬り払えるかどうかは、本人の気力次第だがな」

「……」


 気合いと根性を剣に籠めて追い払う、ということか。かなりの力技である。


「本当はもっと護符とか結界とは用意して、あとは邪精霊専門の祭司とか呼んでくるんだけどな。今の時期に出てくるとは思わなかったし」


 リームが遠い目をしてぼやいた。


「邪精霊が出てくる時期ってあるんですか?」

「荒れ地からの侵攻時期はいつも精霊祭の前だな。他は知らねえ」


 地方によって祭の時期は異なるため、ラミドアでの精霊祭はまだ二月以上も先の話だ。


「だから……最初は子どもの作り話なのかと思ったんだけどな」


 リームはため息交じりに言った。


「……どうやらフィーオって子も、わかるんだな」

「成長するにつれてわからなくなる奴もいる」


 ラグデリクは言い、リームの肩を叩いた。


「先のことは、邪精霊を追い払ってからだ」

「わかってるよ。行ってくる」


 リームは二人の隊員と共に、持ち場に向かった。あっという間に後ろ姿は闇に溶けて、カンテラの明かりだけが頼りなく遠ざかっていく。月はまだ細く、星明かりの方が強い。各持ち場では篝火を焚いてあるが、祭司の祝福を受けた聖火ではないので、邪精霊除けの効果はほとんど無い。


「雲が出てきてるな」


 夜半を過ぎた頃、ラグデリクが呟いた。そろそろ次の交代時間だ。うとうとしていたルーリスは、強烈な寒気に襲われて目を覚ました。せっかく、差し入れてもらったスープで暖まっていたというのに。


「出てきてるのは雲だけじゃないみたいです」


 最後の眠気を追い払って、ルーリスは立ち上がった。待機組の隊員の間に、緊張が走る。


「方向は?」


 冷静に、ラグデリクが尋ねる。伝令係がいつでも走れるように身構えている。


「あっちだね」

「向こうです」


 ユーダミラウとルーリスは同じ方向を指した。東西南北の回答を期待していたラグデリクが、束の間、気の抜けた顔をしていたことには気づかなかった。


「他の方向からは来てないみたいです」

「わかった。伝令! 村の南西に全員参集!」


 ラグデリクが指示を出している間に、ルーリスは走り出した。馬は、暗くて使えない。走りながら、邪精霊の眷属とやらの正体が全く掴めていないことに気づいた。


「ねえ、邪精霊の眷属って、やっぱり小鬼より手強いかしら?」

「さあ? 実際に相手したことが無いからわからないなあ」


 相変わらずユーダミラウの助言は頼りにならない。


「でもルーリスは僕が選んだ精霊騎士なんだから、大丈夫だよ」


 この一言で納得してしまう自分に、ルーリスは苦笑した。

お読みくださってありがとうございます。

繁忙期が追撃を駆けてきているので、まだしばらく投稿が遅れます(涙)

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