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「俺が騎士団に入った理由? 何でそんなこと訊くんだ?」
訓練後、隊舎に戻る道すがらリームに尋ねると、探るような視線を向けられた。聞き返されるだろうと予想していたので、ルーリスは用意していた答えを返す。
「他の騎士団からの落ちこぼれの寄せ集めって聞いていたのに、そうは見えないから」
「おだてても何も出ねぇからな?」
「副隊長さんから何か貰うなんて恐れ多いです」
「心にもねぇこと言うから棒読みになってるぞ?」
「副隊長さんの懐具合はよくわかってるつもりです」
「今度はすっごい心がこもってるな!」
もう少し本音を隠せと、リームはぶつぶつ言う最後にぼそりと付け加えた。
「アレだ、ここしか入れなかったからだ」
騎士として落ちこぼれたからではない。荒れ地に邪精霊の影を見てしまったからだ。
あの時、ルーリスも本能的に悟った。あれは人の傍に寄せてはいけないものだ。あれを見て、弱い者から遠ざけようと剣を取る道を選んだ者が、コノリゼ騎士団に入団するのだと。
ルーリスは既に精霊騎士になってから邪精霊を見たので、いまさら剣を手放す気は髪一筋ほども無いのだが、問題はセルマがあれの住処を手に入れようとしていることである。ルーリスの知らないところで着々と計画を進めているらしいので、最後は力ずくでどいてもらうしかないかな、と最近は思っている。
(あたしも随分乱暴になったなあ……)
それはさておき、リームの話だ。
「ちなみに副隊長さん、他の騎士団を訪ねたことは?」
「ある。見習いになって、その後一年くらい勤めたかな」
騎士団の名称までは口に出さなかったが、ぽつぽつと、リームは過去を語ってくれた。子供の頃から勘が鋭かったこと、騎士団で鍛えてからますます感覚が鋭くなっていったこと、気づくと影のようなものが見えるようになっていたこと。
「それが邪精霊の影だったわかったのは、ずっと後だったけどな。あの時は『正体はわからんが悪いもの』だと思ってた」
精霊神殿の祭司に相談したこともあったが、結局のところ、彼らも全員が邪精霊を感じ取れるわけではなかった。リームはしばらく一人で、正体不明の影を見続けることになった。
「そいつが見えることは別に悪くなかったんだ。悪いものが目の前にいるなら用心するだろ? そうすると自然と危険を回避できるわけだ。当時の隊長も褒めてくれたよ。ただ……何でも悪く言う奴はいるからな」
「副隊長さんが嘘をついているとかですか?」
「そんなところだ。単に昇進したいための自作自演だろって」
結局、リームは騎士団長の勧めでコノリゼ騎士団に異動した。当時、同じ隊に配属されたラグデリクとは何故かウマが合って、今に至る、と。
「よくわかりました。イヤなこと思い出させてごめんなさい」
謝るルーリスに、リームは怪訝そうに聞きかえした。
「あ、もしかして俺、話しづらそうな顔してたか?」
ルーリスが頷くと、リームはため息を吐いた。
「そうか……随分昔のことだし、忘れてたつもりだったんだけどな。逆に気を遣わせて悪かったよ」
忘れていたのなら尚更思い出すきっかけを作ってしまったことが心苦しい。同じことを続けていくのかと思うと、一気に気が重くなった。
「あの……ここにいる騎士の皆さんって、みんなそんな感じですか?」
「たぶんそうだろうな。俺も詳しく聞いたことは無いし、進んで話す奴も訊く奴もいないから、詳しく聞きたいなら団長に掛け合ってみたらどうだ」
「そうですね……」
団長なら団員の過去はだいたい把握しているだろう。しかし記録を覗いたところで、無意味だろうとも思う。他人に聞けばわかる話なら、セルマは既に知っているだろうから。
ルーリスが聞かなければならないのは、ルーリスが訊かないと教えてくれない話だ。
(話したくないから誰も知らない話なんだろうしなあ……それを無理に聞き出すのもなあ……)
「王女さんの差し金なんだろうけど、あんた向いてないな」
リームは何気なくルーリスの肩を叩きかけて、寸前で手を止めた。やり場の無くなった手が空中でひらひらしているのを眺めながら、ルーリスは尋ねる。
「何の話です?」
「諜報活動っての? そうやって相手に同情してたんじゃ仕事にならないだろ」
「はあ……」
「むしろそういうのはあの王女さんの方が得意なんじゃないか? おほほ、って笑ってるうちに洗いざらいしゃべらせてるみたいな」
「……」
否定できない。振り返ってみても、セルマは多くを語らず、常に相手が勝手に自爆している。ルーリスも含めて、だ。
「んで、俺たちの過去を探ってどうする気なんだ、王女さんは。今さら弱みを握られても痛くもかゆくもねえぞ?」
「え?」
いつの間にかリームの気配が剣呑なものに変わっている。いつでも爪と牙を出せるように警戒している獣のようだ。
「やっぱり、あの襲撃が俺たちが仕組んだとか勘ぐってるのか?」
「え? いえ、そんなことは全然無いと思いますよ? というか、どうしてそんなことになるんです?」
「どうせ、城の連中が、俺たちが王族の援助を欲しがって恩人になりすまそうとしたとか言ってるんだろ」
「そんなこと言われてるんですか?」
「言われてるって言うか……違うのか?」
「少なくとも殿下もそんなこと思ってないですよ」
「なんでそう言い切れるんだ。精霊騎士だからか?」
馬鹿にするような口調に、ルーリスは怒るより、呆れた。
「それで副隊長さんが納得するならそうですって言いますけど。副隊長さん、さっき自分で言いましたよね? 殿下なら笑ってるだけで洗いざらいしゃべらせることができるって。そんな殿下が、あたしに探らせるとか、すぐにバレるような方法で弱みを探すと思いますか?」
「………………自分で言ってて悲しくないか?」
「聞かないでください」
「わかった。んじゃ、何だって急に俺たちの昔話なんか聞き出したんだ?」
「それはですね」
迷ったが、結局ルーリスは厨房に人を集めようと思ったことからセルマの手紙にあった指示のことまで、全て話した。ついでにここでリームに協力を仰ぐことができれば一石二鳥だ。
「気持ちはわからないでもないが……悪い噂ってのは簡単に消えないと思うが……な、ラグもそう思うだろ?」
「え?」
振り返ると、眉間に皺を寄せたラグデリクがそこに立っていた。
「いつの間に!?」
「割と最初からだな。廊下で騒いでいるから注意しようと思っていたんだが、リームが黙ってろと」
「えええ?」
気づかないうちに目で会話されていたらしい。リームがニヤニヤしているのが憎たらしい。明日の剣術訓練に相手に指名してやるべきか。
「聞いてしまったから言うが、俺もリームと同じ意見だ。それに……噂がまるっきりの出任せってわけでもないしな」
ラグデリクがそう言うと、リームもニヤニヤ笑いを引っ込めた。
「……この時間ならちょうど良いか」
「あー、もしかしてあれか」
ルーリスにはわからない会話を交わした二人は、着いてこいと歩き出した。
「え、っと隊長、片付けも終わりましたよ?」
ラグデリクとリームが向かったのは、先ほどまでいた訓練場だった。今は自主訓練を行っているのが数名いるだけだ。
「わかっている。こっちだ」
訓練場はそれ自体が一つの庭だ。出入り口はいくつかあり、ラグデリクはそのうち、砦の裏庭に近い扉の前で止まった。リームが細く開けて向こう側を確認する。
「見てみろ」
リームと場所を代わって、ルーリスは細い隙間から向こう側を覗いた。
砦の裏といっても、荒れ地側ではない。井戸があって、隊員が顔を洗ったり、洗濯したりできるようになっている場所だ。騎士団が常駐する砦なら、下働きの人間が洗濯も請け負うのだが、厨房同様に人手不足なので、各自で洗濯もしている。傍には物干しもあって、洗ったばかりの洗濯物を干している姿もある。
これがなんなんですか?――よく見る光景を覗く価値がどこにあるのか、尋ねようとしたときに別の声がした。途端に、ラグデリクとリームも扉に張り付く。
「――ビード」
それが彼の名前だったのか、洗濯物を干す手を止めて振り返る。ルーリスたちからみて右手から、三人組の騎士がやってきた。
「これも洗っとけ」
真ん中の男が言うと、両側にいた男たちが進み出て、抱えていた洗濯物をビードと呼ばれた騎士に押しつけた。
「食事の時間には遅れるなよ」
食事の時間というと、夕食のことだろうか。押しつけられた洗濯物の量からして、夕食までぎりぎりだろう。
「そうだ、アイロンかけ忘れるなよ?」
立ち去る直前に、真ん中の男が付け加えた。両側の男たちが笑う。洗濯物を押しつけられた騎士は、黙って洗い桶に水を張り、洗濯を始めた。ルーリスが見たのはそこまでだ。後ろから手が伸びて、扉が閉じられたから。
「予想以上の展開で俺も驚いてるからな?」
ルーリスが何か言う前に、リームはしかめ面で言った。ラグデリクも同様な表情だ。
「予想していたのはどこまでですか?」
「ビードが洗濯してるところまでだな。大抵この時間、シュガたちの誰かの洗濯をしてるんだ」
洗濯物を洗っておけと命じたのがシュガ・バルハーグ。第六部隊の隊長だとラグデリクは教えてくれた。両側にいたのがそれぞれ副隊長のクイネス・ズィーガとマスティ・サバン。
「副隊長が二人、ですか?」
「第六部隊だけ『特別』に認められている」
「洗濯していたビードさんも第六部隊の所属ですか?」
「そうだ。ちなみにシュガの雑用係は他にもいる」
「それって、他の部隊ですか?」
「ああ。誰とは言わんが、気になるなら自分で見つけろ」
「わかりました。第六部隊だけ特別扱いの理由は?」
「一言で言うと、金だな」
なるほど、と頷いた後、ルーリスは言った。
「端折りすぎてよくわかりません……」
「つまり――」
「シュガの実家が、騎士団にかなりの額を献金しているんだ」
言い淀むラグデリクに代わって、リームが軽く言った。
「放蕩息子を騎士のまま置いてくれる騎士団に、な」
え、と声を上げたルーリスは、しばらく次の言葉を見つけられなかった。
「で、でも……あの人たちだって、入団試験は受けたんですよね?」
「とうぜん。ただし、当時、同行した騎士は、バルハーグ家の縁者だった」
試験の方法は昔から変わらない。荒れ地に何が見えるのかを報告するだけ。判定は、同行する騎士が行う。
「それって……」
「ああ、イカサマしたんだろうな。ま、みんな知ってることだぜ。その後、シュガが隊長になった第六部隊は、後詰め専属の部隊になっている。何があっても絶対に前線に出たことがない、それが第六部隊だ」
団長ですら、黙認しているともリームは言った。騎士団を維持するには、汚くても金が必要なんだと。
重い沈黙の後、ラグデリクは言った。
「騎士団のためを思ってくれたことはありがたいと思う。しかし、自分の見たものだけで勝手な判断をするのは止めろ」
この時のラグデリクの言葉は、その後しばらくルーリスの胸に突き刺さっていた。
「俺たちだって、悪評を気にしないわけじゃない。だからといって一部を取り上げて、全部が嘘だと言い切るほど落ちぶれていない。噂が全部が嘘にならない限り、訂正することはできないんだ」
お読みくださってありがとうございます。
次は殿下とユードを出したいなあ……。




