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 邪精霊とは、創世の神より託された世界の理を捨てた存在である。

 あまたの命を慈しみ、育むための力は、あらゆる精霊を消滅されるために振るわれる。精霊が消滅すれば、世界の理も消滅し、結果、生き物は何からも守られずに破滅へと向かうのだ。

 精霊神殿の教えによれば、邪精霊は最初から邪精霊として誕生するのではなく、精霊が何らかの理由で理から外れて邪精霊へと変わると言われている。


「理由の一番にあげられるのが、人が精霊の力を自分のために無理矢理使うってことらしい。だから、ネイワーズ王国じゃ魔法使いは嫌われる」


 夕食時。

 コノリゼ騎士団の食堂は、隣の人間の声も聞き取りづらいほどの騒々しさで溢れかえっている。『視察』を終えたセルマをコヌチカ城まで送り届けた後、ラグデリクとリームと一緒に席に着いたルーリスの前に、灰緑色の長衣をまとった四角い顔の中年男が断りもなく腰を下ろした。怪訝そうなルーリスに、男はコノリゼ騎士団付き祭司、ネイク・アビーカだと親しげに名乗った。


「いるんですか、魔法使いなんて」


 ルーリスの知る限り、魔法使いはおとぎ話の中の存在だ。魔法も同じ。ネイワーズ王国の童話は、大抵、悪い魔法使いを守護精霊か、精霊神殿の祭司が諫めて終わる。


「おう、あんたが思ってる以上にたくさんいるぞ。他の国じゃ、魔法使いが騎士団にいたりするからな」

「そうなんですか?」

「俺は見たことない」

「俺も」


 ラグデリクとリームが揃って首を横に振った。疑いの眼を戻してきたルーリスに、ネイクは豪快に笑った。


「ここにいたら他の国の騎士と出会うことは滅多にないからなあ」

「別に、そんなの他の騎士団でも同じだろ。平和すぎて身内同士でケンカ始めたくらいなんだし」

「リーム」

「みんな知ってるんだ。大したことじゃないだろ」


 何事もないように食事を続けるリームに、ラグデリクは小さくため息を吐く。内戦だろうが他国と戦端が開かれようが、コノリゼ騎士団が動くことはない。騎士団の敵は、邪精霊だけなのだ。

 だからといって、故国の現状をただ見ているだけというのも、もどかしい――そう思っているものが大勢いることのは、団長だってよく分かっている。


「まあ、最近は平和になったな。昔は大変だった」


 見習いの頃から師について諸国を歩き回ったというネイクは、危険な目に遭ったことも一度や二度ではないと語った。ラグデリクとリームはすでに聞いている話なのか、適当に相づちを打ちながら、食事を始めている。遅れると置いて行かれてしまうので、ルーリスも急いで皿から口に運んだ。


「祭司様は魔法使いを見たことあるんですか?」

「いんや。魔法使いってのは基本、姿を現さないものだからな」

「……姿が見えないのなら、いるかどうか分からないんじゃないですか?」

「いい質問だ。姿は見えなくても、あいつらが何か仕掛けてくるのは守護精霊が教えてくれるのさ」

「へえ、そりゃ便利だな」


 その話は聞いたことが無かったらしい。感心したリームに、ネイクは得意げに過去に魔法使いに仕掛けられた罠を回避した話を始めた。決死の覚悟で最前線を突破した武勇伝だが、ラグデリクが話半分に聞くようにと耳打ちしてきた。周りに目を走らせれば、他のテーブルの騎士もニヤニヤしながら耳を傾けている。ネイクの大風呂敷は、周知のことらしい。


「それより、調子が悪いのか」

「いえ、なんともないですけど?」

「ふむ……口に合わないだけだったか」


 ラグデリクの視線は、ルーリスの皿の上にあった。今日のメニューは肉と根菜の煮込みと、炙ってタレを塗った鳥肉の切り身に堅く焼いたパンを添えたものだ。品数は少ないが、量は保証されている。男と同じ量を消費できないとしても、皿の上からほとんど減っていないのでは気になるのだろう。


「そりゃ、毎日王女殿下のそばでいいもの食ってたんじゃ、ここのメシは食えたもんじゃないだろ」

「リーム」


 絡んでくるリームを、ラグデリクが制する。面白がっているネイクに微笑み返してから、ルーリスは言った。


「だったら、毎日殿下と一緒にご飯を食べられるようにお願いしてあげましょうか、副隊長」

「あんたとあの王女様なら本当にやりそうだな……」


 ルーリスもセルマと出会った当初がそうであったように、王族というのは傍にいるだけで一般人の神経をすり減らしてくれる。それが毎日一緒に食事なんて、どんなにいいものを食べても少しも身にならないから勘弁してくれと、リームは本気で謝った。


「すみません、残すつもりはないんですけど……なんだか、味が変わってませんか? 不味いわけじゃなくて、なんていうんだろ、味付けとかが大雑把というか、雑というか……」


 材料は悪くないのに、適当に刻んで放り込んだようにしか思えない。

 ルーリスの感想に、ラグデリクは頷いた。


「ああ、王女殿下が帰られたからだな」

「殿下が帰ったからご飯が手抜きになったってことですか?」

「手を抜いてるわけじゃないだろうが、結果としてそうなるか。殿下と一緒にお付きの料理人も城に戻っていったからな」

「ウチの厨房も人手不足なんだよ。一応、補給隊を中心に、各隊から交代で手伝いを出してるんだけど、そういうのに向いてるのと向いてないのがいるのは仕方ないだろ」


 リームは碗から繋がったままの野菜の切れ端を持ち上げて見せた。ルーリスも自分の碗をかき混ぜた。野菜も肉も、大きさが全部バラバラだ。


「人手不足って事は、厨房担当の人も入団試験をしてるんですか?」

「んなわけがあるか。ウチで働きたいなんて物好きはそういないだろ」

「ここで働く人は物好きなんですか?」

「物好きだな」


 リームは即答した。


「俺みたいにな」


 杯を傾けながらネイクも頷く。聖職者だからと言って酒が禁じられているわけではない。


「祭司様が物好き?」

「おう。例え騎士じゃなくても、悪名高い騎士団の住処で働こうかな、なんて少しでも考える奴は物好きだろ?」


 騎士以外にも、砦で仕事をする人間はたくさんする。食事を作る人もそうだが、食材を届ける人だっている。街であれだけ悪名が高まっているなら、できる限り近づきたくないと思っている人間は大勢いることだろう。


「物好き、ねぇ……あんたも他の精霊神殿にいられないからここに流れてきたクチじゃないのか?」


 探るようなリームに、「そうかもな」とネイクは笑っただけだった。聖職者にも色々あるようだ。


「ともかくそういう事情だ。食事には慣れろとしか言えないな」


 部下と祭司の腹の探り合いを横目に、ラグデリクは言った。


「はあ……あの、別に当番じゃなくても、あたしやりますけど」

「それはダメだ。お前はできることをやるより、できないことを学ぶのが先だ」


 再考の余地は無いと、ラグデリクが却下する。


「まったくだ。特に馬。明日から特訓な」


 リームも珍しく厳しい顔をしていたので、本気だと悟った。


「うう……」


 ルーリスはスプーン囓った。実家でも家畜は飼っていなかったので、大きい生き物は苦手だ。しかしセルマにも「乗れるようになったら馬を贈るわ」と、強力なプレッシャーも掛けられている。セルマは口にしたことは守る人だ。ただし、自分の行動だけでなく、他人の行動も含まれているので、この場合ルーリスが馬に乗れるようになることも約束に含まれているのである。他ができなくても、馬だけは必須条件となってしまった。


(騎士っていうくらいだし、やっぱり馬だよねえ……)


 この他にも儀礼祭典の所作や戦術などの座学も待っているぞと、ネイクが要らない追加をしてくる。


「精霊騎士様なんだしな、精霊神殿の祭礼にも詳しくないとダメだぞ」

「それはいずれということで……あの、それより思いついたんですけど!」


 どんどん立場が悪くなっていくので、ルーリスは無理矢理、話を戻した。


「厨房担当の人、遠くの街から募集したらどうですか?」

「ん? 遠く?」

「はい。あたしも殿下に聞くまで知りませんでしたから、王都で募集したら割とすぐ集まるんじゃないでしょうか」


 特に最近は王都で職にあぶれている人が増えているから応募する人は多いのではなかろうか。名案だと思ったのだが、全員の苦笑を誘っただけだった。


「それなあ……ここに来るまでに話を聞いたら逃げ出して終わりなんだよな」


 以前に、そういう例があったとリームが言う。ネイクも同意する。


「俺も頼まれて何人か声をかけてみたことはあるんだが、『ゴロツキの住処だって聞いたので辞めます』って逃げられたな」

「……ごろつきって……」

「噂ってのはどこまでも尾ひれが付くものだからな。仕方ない」


 ラグデリクが達観したように言った。頷くリームもネイクも、同じ表情をしていた。


「仕方ないんですか?」

「国王陛下だって人の口は塞げないというのがウチの団長の言葉だ。一度口から出た言葉はどうやったって取り消せないだろ?」

「訂正することはできると思います」


 食い下がるルーリスを押しとどめたのは、ネイクだった。


「取り消せないのは、噂をする人の言葉だけじゃないんだよ、精霊騎士殿」


 それはどういう意味かと問い返す前に、皿を指さされる。


「早く食べな。明日は早くから乗馬の練習なんだろう?」

「……はい」


 食事が終わっていないのはルーリスだけだった。急いで口に放り込んだイモは、皮が付いていて芯が残っていた。


(こんなに大勢の分を作るなら、あたしが一人でやってもイモの皮剥きも一日がかりになっちゃうか)


 ユーダミラウなら、いっぺんにイモの皮を剥く魔法でも知らないだろうか。しかし知っていたとしてもルーリスがその魔法を使えなければ意味がない。ユーダミラウに頼んで、結果、邪精霊になってしまわれても困る。イモの皮を剥きすぎて邪精霊になりましたでは、いくらユーダミラウでも哀れだ。あのソネチアの邪精霊のように荒れ狂っても、もはやルーリスには宥める術がない。


(やっぱり誰か人を探すしか……)


 セルマに頼んでみようかとも考える。しかしユトーラ公に頼んでも現状が変わらないのであれば、無駄な時間を使わせるだけに終わるかもしれない。


(んー……要するに、変な噂はほんとにただの噂に過ぎないってことがわかればいいんだと思うんだけど)


 それが分からないから、人が集まらないのだ。

 部屋に戻ってからルーリスはベッドに腰掛けてぼんやりしていた。ぼんやりと、剣を喚んでみる。暖かい光が手元に宿った。セルマとユーダミラウは今頃何をしているだろう。精霊騎士になってから、こんなに離れているのは初めての経験だった。


(……馬に乗れるようになったら、戻れるかな。それだけじゃ、ダメか)


 見習い期間がいつまでなのか、そういえば聞いていなかった。期限を切られていないのはむしろ幸運なのかもしれない。足らない技術を身につけて、騎士団というものを熟知したら帰ってきてと言われたのだが、夕食時の話だけでも道のりが遠すぎる。


(まだ字も覚えてないし、戦術?とかよくわからないし)


 ルーリスの不在中は、ユーダミラウが万全の体制で護衛を請け負ってくれている。それすら本当は異例のことだ。やっぱり厨房の手伝いなどしている場合ではないのだと、ルーリスはラグデリクの言葉が正しかったとため息を吐いた。


「……ってことは、厨房担当の人、探した方がいいよね」


 宝剣を掲げて、ルーリスはひとり、決意した。

間が開いてしまいましたが、お読みくださいましてありがとうございます。

そして新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします!

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