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 ネイワーズ王国に限らず、おおよそどんな騎士団でも入団希望者には試験が課せられる。よほどの人材不足でも無い限り、一定以上の能力のある人間を採用する。コノリゼ騎士団にも入団試験は、その点では他よりも厳しいと言えるかもしれない。

 が、まず悪評高い騎士団に希望者が現れることが、滅多にない。正直に言えば皆無だ。そんなコノリゼ騎士団の人材補充といえば、各地の騎士団からあぶれた騎士を拾ってくれないかと打診を受けて、迎え入れる場合がほとんどだ。


「ちなみにあたしはどのくらい久しぶりの新入りなんでしょうか」


 一昨日、とうとうコノリゼ騎士団へ見習いとして入団したルーリスは、入団を許可されているにも関わらず、入団試験のために朝早くから連れ出されるという、不可解な状況に置かれていた。


「久しぶりって決めつけるな」


 馬を並べてきたリームが、不機嫌に言った。ルーリスは馬には乗っているが、手綱は握っていない。握っているのはラグデリクだ。ルーリスは彼が操る馬の後ろに乗せてもらっている。どうしてそんなことになっているかと言えば、ルーリスは馬に乗れなかったからだ。騎士たるものが馬に乗れないとはどういうことかと嘆かれたが、これまでの人生で乗る必要性がなかったのだから仕方がない。見習いとして入団したのだから大目に見て欲しい。


「それでは、ルーリスの前に入団者があったのは、いつの事なのかしら」


 反対側から聞こえる優美な声は、セルマだ。ルーリスの入団に合わせて、砦の『視察』に訪れた王女は、入団試験にまで同行を希望した。馬車を用意しますという騎士団の申し出を断って、遠い遠い親戚でもあるルクリオの馬に優雅に同乗している。改めて言わなくても、ラグデリクが手を回した結果だ。

 遠目に見れば絵になる二人だが、ルクリオの表情は強ばっていた。王位継承者でもある王女の身に何かあれば、責任重大だから当然だろう。万が一の事態に備えて、昨日のうちに遺書まで書いて幼なじみに預けておくという、手際の良さを発揮している。言い換えると、単なる嫌がらせではある。


「この前は確か……二年近く前じゃなかったかな、ラグ、じゃない、ジェイダ隊長」

「はい、その通りです」


 遺書を無理矢理押しつけられたラグデリクは、受け取りはしたがすぐさま破り捨てた。ルクリオと違って、ラグデリクはルーリスの動きを見ている。例え馬に乗れなくても、精霊騎士が同行するなら、万が一に事態に遭遇しても出番はないという確信があった。その上今日は、もっと偉大なお目付役まで付いてきている。


「二年も人の出入りがなかったって事?」


 守護精霊ユーダミラウの声は、リームのすぐ後ろからだった。滅多に人前に現れないはずの守護精霊は今、腕組みをして、馬の尻に後ろ向きに腰掛けている。半分浮いているのだろうが、器用なことだ。


「出、はありましたよ。何人かは分からないですけど」


 リームは二年間の退団者の数を正確に思い出そうとしたが、一人思い出しただけで断念した。どこの騎士団でもそうだが、退団するときは皆、ひっそりと辞めていく。最近姿を見ないなと思ったら辞めていたということも多い。


「減る一方って事? それってそのうち騎士団から騎士がいなくなっちゃわない?」

「いくらなんでもそんなことはになりませんって。ここ最近の入りが少なかっただけですよ。こういうのは波があるんですって」


 ユーダミラウの守護精霊らしからぬ振る舞いに、リームはとっくに感化されていた。畏れ敬うどころか、古なじみに対する口調になっている。形ばかり丁寧なのは、一応の敬意は持っているという現れのようだ。


「無闇に増やすのも問題ですけど、数を揃えておくのも騎士団としての勤めではありませんの?」


 咎めるようなセルマに、ルクリオが生真面目に答える。


「定期募集はかけておりますが、なにしろ志願者が出ませんし、他から推挙される騎士も、全てが適任者というわけではありませんから」

「適任者、ですか?」


 コノリゼ騎士団は、各地の騎士団からはみ出した落ちこぼれ騎士の寄せ集め集団――かつて耳にした悪い噂は、コヌチカ城内でも囁かれていた。ただし、こちらでは城内警備の騎士と、砦に詰めている騎士とを分けているようだった。いざというときに守ってもらえないのでは困るからだろうが、裏表がはっきりしすぎて、ルーリスは結局ロビナ以外と仲良くなれなかった。


「そ、適任者。さっきも言ったけど、ウチの試験は厳しいからなー。ただのあぶれ者じゃ務まんないんだぜ、精霊騎士さん」


 がんばれよと、他人事のリームにルーリスは素直に頷いた。


「よく副隊長さんが受かりましたね」

「あんた、ほんとに一言多いな!」

「いや、それは僕も正直そう思ったよ」

「ルクリオ様まで! ラグ、何とか言ってやってくれ!」

「俺も追い落とす側になるが、いいのか?」

「……やめてくれ」


 無駄に敵を作ったことを悟って、リームは仕切り直すように咳払いをする。


「ともかく、砦が伊達に西を向いてるんじゃないって事が分からなきゃ、どんなにスバラシイ精霊騎士様でもウチじゃただのお荷物だからな。ま、分かったところで逃げ出す奴もいるし、そんときは止めないぜ」

「聞き捨てならないな~」


 先輩風を吹かせるリームの背後から、ユーダミラウが覆い被さった。


「ルーリスは僕が認めた精霊騎士だよ~? お荷物なんてありえないし、逃げ出すなんてもっての外だよ?」

「ぐえっ!? わかった、わかりました、失言だった! 謝るから首を絞めるな!」

「うん、分かればいいんだよ」


 満足そうに微笑んで、ユーダミラウは元の位置に戻った。


「それに、逃げ出すようなら僕が呪うからさ、安心していいよ」

「……」

「……」


 どこに安心したらいいんだ?――リームからの視線が辛かった。


「あっ、ほら、着いたよ!」


 場の空気を取り繕うように、ルクリオが明るい声で言った。馬を止めて、セルマに手を貸す。物語のワンシーンのような光景に、ルーリスは積み上げたままの小説を思い出して胸を痛めた。


「どうした? まさか怖くなったのか?」

「大丈夫です」


 ラグデリクの手を借りて、ルーリスも馬から下りた。ようやく、試験会場に到着だ。

 ルーリスとセルマは、並んで目の前に広がる光景を眺めた。

 そこは、荒れ地との境界だった。二人の足下から一歩先は、生命の存在を拒む、枯れた土地だ。時折強い風が吹いて、遠慮無く砂埃を巻き上げていく。


「ここが……ソネチアの荒野」


 ネイワーズ王国の支配下にあって、唯一、人の住まない土地だ。

 コヌチカ城でセルマに教わったことを、ルーリスをなぞり返した。

 王国の西の端、ユトーラ公監視領とされるソネチアの荒野には、岩と砂しか無い。どんなに日が照っていても厚地の上着が欠かせない気温にしかならず、数日おきに降る雨は必ず暴風を伴い、大嵐になるそうだ。種をまいても、根を張る前に全て流れて行ってしまうので、草木も育たない。雨が過ぎ去ればまた乾いた風が吹いて、砂を飛ばす。飛ぶ鳥すら、避けて通ると言われている過酷な土地だ。

 ルーリスは背後を振り返った。丘の上にあるデュドライア砦に朝日が射して眩しく映る。あの砦の正面から道沿いに真っ直ぐに降りてきた先が、今ルーリスが立つ位置だ。明らかに、砦は荒れ地からの侵入者を見張るために建てられている。


(敵が来ない所にある砦、か)


 地図上で見るデュドライア砦というのは、どんな軍略家にも首を傾げさせる。他国との境を見張っているのでもなく、主要路の治安を維持しているわけでもなく、また過去に同様の役目を負った経緯もない。デュドライア砦から西、はネイワーズ王国建国当時からずっと荒れ地のままだし、その先は、地の底に続くような深くて幅広い断崖が待ち構えている。断崖を避けて西から攻め込もうとするなら、別の国を経由しなければならない。

 よって、地図で見る限りネイワーズ王国は西の防御に備える必要性はどこにも無いと結論づけられる。故に、デュドライア砦は無用の長物であり、砦に詰める騎士団はただの無駄飯食い、となる。のだが。


「どうだ?」


 隣に並んだラグデリクに訊かれて、ルーリスは視線を戻した。


「何が見えるのか、答えればいいんですよね?」


 今朝、砦を出発する前に確認した。入団試験は、荒れ地に何が見えるのかを報告することだけ。判定は同行した騎士がする。


「そうだ。何が見える?」

「……砂埃の仲に、森と畑と、山と川と、遠くにお城みたいなものが、たまに見えます。でも、水に映った景色みたいにゆらゆらしてて、本当にそこにあるのかよく分からないですけど」

「城?」


 怪訝そうにラグデリクが繰り返すと、セルマが横から声を上げた。


「私にも見えるわ、ジェイダ隊長。とても遠くて、たまにしかはっきり見えないけれど城か、あるいは砦のように見えるわ」

「え、王女殿下まで!?」


 リームが声を上げた。ルクリオも最初は驚いたが、すぐに納得したように息を吐いた。


「いや、王女殿下だからこそだよ、リーム。僕が見えるのも、初代王の血を引いているからだ」

「そうなんですかい?」

「うん、たぶん、僕よりも守護精霊の加護を受けたセルマ殿下の方がはっきり見えているんじゃないかな」

「ルクリオ様が見ている景色が分かりませんから、なんとも言えませんわね」


 セルマは曖昧に微笑み、ラグデリクを見やった。


「ジェイダ隊長、ルーリスは合格で良いのかしら?」


 ラグデリクは頷いた。元から結果の分かりきった、後付けの入団試験だ。コノリゼ騎士団への入団許可を得るためには、旨く剣を扱うことよりも、ソネチアの荒れ地に『何か』が見えることが重要だった。常人よりも少し精霊たちの存在を感じ取れる感覚。それでいて剣を握ることを躊躇わない精神。その両方を兼ね備えていなければ、コノリゼ騎士団の一員とは言えない。

 既に精霊騎士となったルーリスが何も見えないはずは無いとは思っていたが、想像以上の感覚の持ち主らしい。


「ええ。今回は試験と言うよりは、砦と荒れ地の関係をわかりやすくするだけのことでしたから。しかし、城というのは初耳です」


 ラグデリクは小難しい顔のまま、ルーリスに問いかける。


「他に、何か見えるものとか、分かることはないか?」

「えーとですね、実は今、見えるものが増えたんですけど」

「言ってみろ」

「人がいます」


 ラグデリクはルーリスが見ている方向に目を凝らすが、砂埃しか見えなかった。


「見間違いじゃないのか?」

「見間違いじゃないです」


 ルーリスの目に映る人影は、砂埃の中で立ち尽くしている。輪郭が常に揺らされているせいで、男性のようにも女性のように見見える。

 そんなおぼろげな姿で、一つだけ確かなのは、こちらに向けられた強い視線だ。まっすぐに、ルーリスを射貫くかのように向けてくる。


(……人じゃない)


 ルーリスが確信を持って訂正したとき、影は消えた。

 止めていた息を吐いて、ルーリスは振り返った。ユーダミラウが、にっこりと笑った。


「すぐにあれを見つけるなんて、さすが僕が認めた精霊騎士だね」

「どっちかって言うと、見つけられた気がするけど……あれって、邪精霊、だよね?」

「うん、そうだよ」


 ユーダミラウは笑顔のまま頷いたが、一瞬、影が落ちたように見えた。


「あれがね、ずーっとこの土地を呪っている邪精霊。始祖ですら、鎮められなかった荒れ狂う風と土の主だよ」


 それこそが、デュドライア砦とコノリゼ騎士団の存在理由でもあった。

お読みくださいましてありがとうございます。

長くあけてしまってすみませんです。

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