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「本日も、異常なし、と」


 朝、昼、晩と一日三回の見張りからの報告を書き記すと、コノリゼ騎士団第一部隊副隊長のリームは報告書に封をして立ち上がった。


「じゃ、こいつをいつもどおり届けてきてくれ」

「はっ」


 机の前で立っていた伝令兵は、報告書を受け取ると早足で出て行った。届け先はユトーラ公の居城コヌチカ城だ。伝令は毎日午前中に砦を出ると、通常時は夕刻までに戻れば良いとこになっている。城下町であるラミドアは砦から城に行くより近い距離なので、報告書を届けてしまえば、残りは街で好きなだけ羽を伸ばせる時間になるというわけだ。急ぎ足になるのも頷ける。


「あ、ちょっと待て」


 リームは扉が閉まる直前に呼び止めた。不満顔の伝令がのぞき込んでくる。


「そんな顔するくらいなら大丈夫だろうが、余計な頼み事はされてないな?」


 伝令は人気の仕事なので、単純に順番制となっている。若い兵に無理な頼み事をする古参兵もいるので、確認が必要だ。


「はい、大丈夫です」

「よし、行ってこい。羽目を外しすぎるなよ」


 伝令を送り出してから、リームは事務室を出て隊長室へと向かった。


「ラグ、入るぞ」


 ノックと同時に扉を開けると、上着に袖を通していた部屋の主と目が合った。


「出かけるのか?」

「いや、団長に呼ばれたんだ。ちょうどよかった、一緒に来てくれ」

「俺も?」

「ああ。呼びに行くところだったんだ」

「団長ねぇ……何の用だろな」

「さあな。それより、そっちは何の用だったんだ?」

「ん? 伝令を出してきたってだけだ」

「今日の当番はフォタムだったか」

「待ちきれないって感じで飛んでいったぜ。新しい店とか聞いてたしな」


 隊長室を出て、一階上の団長室に向かう。貴賓室のある並びなので、廊下にも一応絨毯が敷かれているし、壁には小さな絵画も飾られている。


「あの絵、昔ここにいた元騎士が描いたって話、ホントか?」

「知らん」


 素っ気なく返事をして、ラグデリクは団長室の扉を叩いた。


「第一部隊隊長ジェイダ、副隊長イドック、二名参りました」

「入れ」


 許可を得て扉を開けると、重厚な造りの机の向こう側にコノリゼ騎士団団長ケミス・ピテラーが待ち構えていた。怖そうな肩書きの割には、ピテラー団長は小柄で温和な顔つきをしている。かつてはジェイダのように黒々としていた髪は、半分以上が白く染まりかけ、近所の優しい小父さんのような風貌を縁取っている。この外見に釣られて、なめた態度を取った新人が修練場で地獄を見るのは、もはや恒例行事だ。


「失礼します」


 手招きされたので、机の前まで進み出ると、ピテラーの眉間に皺が寄っているのが分かった。珍しいことだ。


「ユトーラ公より連絡があってな、一人、見習いを砦に送りたいそうだ」

「見習い、ですか?」


 デュドライア砦に新しい騎士が来るのは珍しくない。しかし、見習いが来るのは珍しい。わざわざ悪評高い騎士団で修業をしようなんて物好きは、三年に一人、いるかいないかだ。


「なんすか、見習いの身分で、いきなりやらかしたんですか、そいつ」


 団長の前だからと言って、リームの口調は変わらない。だからこそ彼もコノリゼ騎士団の一員だと言える。ピテラー団長も必要最低限の規律さえ守れば、うるさいことは言わない。コノリゼ騎士団に必要なのは礼儀ではなく、腕前だからだ。


「やらかしては、いないだろうな。唯一あるとしたら、我が騎士団のほぼ全員を一人で叩きのめしてくれたことくらいか」


 団長の言葉で、室内の空気が冷え切った。


「……まさか見習いとは……」

「へえ……あのお嬢ちゃん、来るんだ?」


 低い声で呟くラグデリクと、口笛を吹き出すリームの様子に、ピテラーは眉間の皺をますます深くする。


「見かけはどうあれ、精霊騎士殿だ。最高の騎士を迎えられるんだ。栄誉あることだぞ」

「でも、見習いなんでしょ? 徹底的に騎士団の流儀ってのを叩き込んで――」

「返り討ちに遭うのが関の山だな」


 ラグデリクがリームの妄想に水を差す。ピテラーの眉が動いた。


「確かあの時、最後まで剣を持っていられたのは、お前だけだったな」

「はい」


 あの時、とは、剣術訓練と称した腕試し大会のことだ。襲撃者を返り討ちにした侍女、もとい精霊騎士の技量が本物かどうかが知りたくて、ルクリオ経由でラグデリク自身が頼み込んだのだ。

 ち、と隣でリームが舌打ちしている。悔しい結果に終わった試合を思い出したのだろう。

 あの時、勝負の判定方法は精霊騎士ルーリスが決めることが条件だった。提示されたのは『剣が手から離れたら負け』という実にわかりやすい条件だったが、ラグデリクはすぐに承諾できなかった。

 精霊騎士ルーリスは女性だ。腕だけは一流が集まった騎士団は全員男で、腕力だけでも差が開きすぎている。一合撃ち合っただけでも弾き飛ばされるのは精霊騎士の方では、と懸念したのだが、無駄な心配だった。横にいるリームが、まさに一合目で剣をはじき飛ばされていた。彼の名誉のために付け加えると、他にも一合目で剣を飛ばされた騎士は何人もいた。ラグデリクが勝てたのは、ルーリスの体力切れと、夕食の支度時間が近づいてルーリスの気がそぞろになったおかげだ。思い出せば、ラグデリクもリームのように舌打ちしたい気分だった。


「……私も参加してみるべきだったな」

「団長が参加したら我々の独断として処分できなくなりますから」


 温和そうでいて、実は好戦的な団長のことだ。もう一度やろうと言い出しかねない。ラグデリクが先回りして未然に防ごうとするのに、リームが手を叩いてはやし立てる。


「精霊騎士どのは今度見習いで入ってくるんだろ? 団長直々に相手したって別に良いんじゃねえ?」

「リーム! それこそ問題だろ」

「何でだよ」

「団長が見習いに剣を飛ばされたらどうするんだ」

「あー……いや、でも団長なら……いや、ダメか?」

「お前たち。そういう話を本人の目の前でするんじゃない」


 笑顔の裏で怒っている団長の声に、隊長と副隊長はぴしっと敬礼をして嵐が過ぎ去るのを待った。


「……まあいい。精霊騎士殿に勝てるとは思っていない。あちらには精霊の加護があるからな」

「精霊の……あー、そういえばそうっすね……そっか、精霊の加護か」


 今思い出したとばかりに、リーム。ようやく腑に落ちたと、その顔が言っている。


「そうでもなきゃ、女に負けるわけないもんなあ」

「リーム、そうは言うが、その『女』が、騎士の最高峰である精霊騎士なんだぞ?」

「……ちっ」


 いちいち水を差すなよと、リームが小さく吐き捨てる。ラグデリクは聞こえなかった振りで、話を戻した。確認しなくてはならないことがある。


「団長、繰り返しになりますが、精霊騎士殿が見習いとしてウチにくるんですか?」


 既に騎士を称しているのに、見習いというのはどういうことか。むしろ騎士団長に替わるくらいの話の方が、まだ納得がいく。


「そのことなんだが……まず、精霊騎士殿には第一部隊の配属とする」

「げ」


 呻くリームを一瞥して黙らせ、ピテラー団長は続けた。


「ラグデリク、お前の直属とするから、面倒を見てやれ」

「はい」

「リーム、お前もだぞ?」

「へーい……」


 隊長が面倒を見るとなれば、副官の仕事でもある。断れないと知って、リームはそっぽを向きながら返事をした。


「それと、見習いで入ってくる理由だが、セルマ王女殿下の希望だそうだ」

「団長、まさか王女殿下も一緒に砦にいらっしゃる、ということはないですよね?」

「それはない。ただ、殿下が言うには『ちょくちょく見に来る』そうだ」

「……」


 ラグデリクは頭を抱えたいのを我慢した。王族がそんなに気軽に出歩かないで欲しい。警備を配置するだけでも大変な手間なのだ。もちろんこういう時には騎士団総出で行うのだが、他の部隊長がそんな手間暇の掛かる仕事を率先してやりたがるわけがなく、結果、ラグデリクが一人で抱えることになるのだ。


(ルクリオに頼もう)


 ラグデリクは即座に決心した。こんな時、力のある幼なじみがいるのは助かる。権力には権力を持って対抗してもらおう。


「これはお前たちだけに言っておく」


 団長が視線を扉に投げた。リームがさっと扉を開けて外の様子を窺う。盗み聞きをしている者はいない。それでも念のために、隊長と副隊長はもう一歩近寄った。団長は更に声を落とす。


「……精霊騎士殿は、騎士ではなかったそうだ」

「騎士では、なかった?」

「あー、侍女さんだったよな……って、それもおかしくねえ?」


 精霊騎士だ。騎士の最高峰なのだ。少なくとも騎士としての訓練を積んだものがその地位にあるべきなのだ。


「彼女は侍女ですらなかったらしい。城の厨房で、下働きをしていたそうだ」

「は?」

「へ?」


 隊長と副隊長の時が止まる。団長は構わず話し続けた。


「王女殿下は精霊騎士殿に騎士団というものを知って欲しいらしい。それには体験するのが一番だと」

「体験って……待ってください、そんなことなら城勤めの連中と一緒に城でやればいいんじゃないですか!」


 コヌチカ城の警備も、コノリゼ騎士団が請け負っている。これはさすがに当番にするわけにはいかないので、団長から直々に指名されたそれなりに礼儀作法を守れる者だけが、城の警護役につける。

 ルクリオの幼なじみであるラグデリクがこの任に付いていないのは、単にラグデリクの希望だ。公の息子の幼なじみだから隊長になれたというやっかみすら聞こえているのに、これ以上のネタを提供する気にはなれない。ルクリオの方も、たまに会うくらいの方が楽しみが増えると、承諾済みだ。


「王女殿下は、いずれご自分の騎士団を作りたいそうだ」

「……」


 また、突拍子も無い話が出てきた。目を点にしていたリームも、我に返って抗議を始める。


「王女様が騎士団を作るって……ベリオル侯爵に対抗するつもりとかすっか? そんなの今更遅すぎるるんじゃないっすか。まさか、女ばっかりの騎士団でも作る気ですか」

「リーム。お前、間違ってもそれを王女殿下の前で口にするんじゃないぞ?」

「承知っす」


 リームは再び背筋を伸ばして敬礼した。


「まあ、気持ちは分かる。無礼を承知で私も殿下に意見をしたんだが」


 団長は、壁にかけてある地図を見やった。


「王女殿下はどうやら、西の荒野をお望みらしい」

「は?」

「へ?」


 隊長と副隊長の時を二度止めた団長は、無言で地図を眺めていた。

というわけで、騎士団の皆さんの話になりました……。

次はちゃんと主人公が出てきますので!

お読みくださいましてありがとうございました!

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