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「父上、ルクリオです」


 ノックの音と共に、息子の声がした。

 執務室の窓から外を眺めていたユトーラ公ジェヴィート・アルケイ・カレイズは、振り返って入室を許可した。


「どうした」

「失礼します」


 ルクリオは会釈して入室してきた。今年二十二になる息子は、親バカの分を差し引いても、なかなかの好青年に育ったと思う。特に顔は、『ザ・田舎貴族』、といった風貌の自分の血を微塵も感じさせない。この点は、妻のエプリシアに感謝している。

 血筋の高貴さで言うなら、先々代王の従兄弟だったという先代ユトーラ公の直系であるジェヴィートの方が格が上だが、顔の美醜にはあまり影響しないようだ。


(いや、そうでもない、のか)


 今現在、城に滞在している現王直系の王女の美貌が、ユトーラ公の意見に真っ向から対立してくる。いやいやこれは例外だ、自分がいい例ではないかと、一人言い訳している間に、ルクリオは目の前に立っていた。


「父上こそ、なにか考え事ですか? お邪魔でしたら出直してきます」


 父の赤毛と母の蜂蜜色の髪を混ぜ合わせたような、と形容される杏色の頭を僅かに傾けて、ルクリオはのぞき込んでくる。


「いや、大したことではない」


 血筋と美貌の関係性は頭の隅に追いやって、ユトーラ公はルクリオから書類を受け取った。続けろと手を振れば、ルクリオは姿勢を正して報告を始めた。


「まず、マベルギア陛下ですが、現状はよくありません。コプ・マエナ付近で足止めされています」

「競り合っているのか」

「いえ、にらみ合いのようです。サスカビオ側の言い分としては、ネイワーズで異変有りのため、国境封鎖中とのことらしいです」

「友好国として、国王の保護を優先した、ということもあり得るが……サスカビオ訪問自体がやはり怪しいか」


 ネイワーズと南で接しているサスカビオ王国への訪問は昨年から計画されている。その時点から、ベリオル侯爵の手が回っていたと考えるには、材料がありすぎた。


「サスカビオがベリオル侯爵と繋がってるとするなら、狙いはディマー湖一帯でしょうか」

「かもしれないが、そこまであからさまではないかもしれんな。にらみ合いは、どちらかが手を出しそうなのか?」

「お互い手を出すのを待っている、と言うところでしょうか。こちらからも国王派の一部が陛下の出迎えを目的に南に集まりつつあります」

「分散するのは感心しないが、仕方ないのだろうな。陛下だけでも帰国させるつもりだろうが……」

「どちらにしても、今現在も王城は侯爵の支配下ですので、その先の配置は陛下次第になります」

「そうだな。王太子殿下の方は?」


 言いながら、ユトーラ公は書類に眼を落とす。報告の概要が書かれているので読めばわかるが、読み終えれば燃やしてしまわなければならないので、息子からの報告に集中する。


「グラトー殿下は、昨日無事が確認されました。ソビナ公の屋敷を訪問途中に暴漢に襲われたため、王都外の別邸に身を隠しておられたそうです」

「王太子襲撃の首謀者は?」

「不明です。ただ……グラトー殿下を救出したのはソビナ公爵の配下の者が中心だったそうです」

「ソビナ公は王弟派ではないと? いや、案外、娘に懇願されてのことかもしれないな」

「はい。キアラ嬢は政略結婚以上の感情をお持ちでしたから、命を助ける代わりに、という取引があったのかもしれません」

「この件は、国王派には伝えわっているのか?」


 王と王太子の消息が確認できたのなら、国王派が勢いづく。王弟派の対抗策は、離反者は出ているのか等、ユトーラ公は矢継ぎ早に質問を投げ、ルクリオは全てに答えてみせた。


「よろしい。しかしルクリオ、我々が取るべき道は、わかっているな?」

「もちろんです。僕もラミドアが乱れるのは好みません」


 息子の模範的な回答にも満足して、ユトーラ公は書類を置いた。


「それでいい。で、今一番ラミドアを荒らしそうな御仁はどうしている」

「どなたから報告しましょうか」

「誰からでもいい」


 今現在、ユトーラ公の城に滞在しているのは三人。いや、一人は人間ではないので滞在していると言っていいのかはわからないが、どこにおいても騒乱の種になりそうなのは間違いない。ここに来るまでに既に襲われている以上、早々に退去願うべき相手だ。


「では、最初にセルマ王女殿下ですが、城について以来、伏せっていらっしゃいます」

「医師は?」

「もちろん、すぐに手配しました。見立てでは、重い病の兆候はなく、これまでの疲労が原因かと」

「ふむ……」


 迎えにやった一行が暴漢に襲われた報告は受けている。馬車を燃やされてしまったため、途中で別の馬車を用立てたが、乗り心地が思った以上に悪かったため王女は道中で体調を崩し、城に着いたときには、ろくに挨拶もできない状態だった。その様子は、ユトーラ公自身も見ている。


「ベリオル侯爵の反乱からここに来るまで、いろいろあったそうです」

「その話は、あの精霊騎士から聞いたのか?」


 聞き返すと、ルクリオは奇妙な顔つきになった。戸惑っているようでもあり、笑い出しそうでもあり、父の前でどんな反応を出していいのか決めかねているようだ。


「いえ……守護精霊殿からです」

「詳しく話してみろ」


 王位継承者には守護精霊がつく。王国の守護精霊の一人が、王位継承者の支援に回ると言ってもいい。通常は王位継承の儀式が終われば、人前に出てくることはない。


「守護精霊殿によれば、王女殿下は陛下と王太子殿下の不在にあって、自らが国を守るべきと思い立ち、あの混乱の中、王位継承者となられたそうです。ですが精霊宮殿にも侯爵の手が回ったため、精霊騎士と共に脱出し、身を隠しながらアーセージ伯爵のもとまで辿り着いたと」


 つじつまは合っている。だが、何かが引っかかる。細部まで用意された作り話のようだ。


「アーセージ伯爵の元でも刺客が入ったらしく、そのたびに精霊騎士殿が排除されたとか。父上、話は飛びますが、伯爵が王弟派に鞍替えしたかどうかは、まだ不明です」

「本人も今の段階では否定するだろうな。ところでその話は、守護精霊殿がお前に直接話してくださったのか?」

「はい……もともと精霊騎士殿に伺ったのですが、横から嬉しそうに割り込んでこられたので断り切れず」

「ふむ……とりあえず、確認だけとっておけ。で、精霊騎士は? 今更だが、本物だったのか?」

「ええ、本物のようです」


 ルクリオが即答したので、ユトーラ公の興味が増した。


「ほう? 見かけはただの侍女のようだったが、殿下の護衛騎士だったのか」

「いえ……そうではないようです。本人も殿下も、騎士ではなかったと」

「どういうことだ? 騎士でもないものが精霊騎士になったというのか? 報告では、宝剣を取り出して暴漢から王女を守ったとあったが」

「はい、僕もラグ……ジェイダ隊長から直接聞きました。その後……ええと、騎士団が直々に確かめました」

「なに? 私闘は禁じているはずだ」

「剣術訓練に参加してもらっただけなら、大丈夫でしょう?」


 焦ったように、ルクリオ。言い逃れと分かったが、ユトーラ公はそれ以上咎めなかった。気になるのは、結果だ。

 コノリゼ騎士団は各地から事情があって派遣された騎士が大半を占めている。彼らは騎士としての素行に問題はあっても、腕は立つ。その騎士達の訓練に、騎士ではないという女性が紛れ込むのは危険すぎる。


「結果は?」

「圧勝でした……精霊騎士殿の」


 訓練の場に、ルクリオもいた。最初は、危険すぎるとルクリオも反対した。しかし精霊騎士自身が、訓練を望んだのだ。


「唯一相手になり得たのはジェイダ隊長だけですが、それも精霊騎士の体力切れで勝てた、というところです」

「……よく、わからんな。騎士ではないのだろう? それとも騎士にならずにどこかで腕を磨いていただけなのか?」

「その辺りの事情はこれから調べます」

「わかった。まかせる」


 厄介毎が一気に増えたような気がしてならない。あの三人には、しばらく監視が必要だ。伏せっている王女は簡単だ。ふらふらしている精霊は、後で考えよう。精霊騎士をどうしようか考えて、普段の様子を聞いていないことに気づいた。


「ルクリオ、精霊騎士殿は、ずっと王女殿下のおそばに付いているのか?」

「いえ……それが……そういうわけでもなくて」

「なんだ。はっきり言え。今どこで何をしている」


 ルクリオは、子供の頃から困ったときにはよくやっていたように、視線を逸らして鼻の頭を掻いてから、言った。


「先ほど見たときには厨房で、野菜の皮を剥いていました」

出だしだけ親子の会話にする予定が、全部埋めてくれやがりました……。

おそらく今後もこの親子はでしゃばってきそうな気がします。

主人公不在でしたが、お読みくださいましてありがとうございました!

※誤字脱字が酷かったので、全面的に修正しました。

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