プロローグ
カシ――――ン!
ひときわ高く、剣戟の音が響いた後。
――カ、ン、カランカラン……
少々、もの悲しい音が続いた。
「遅い」
ため息交じりに言ったのは、黒髪の青年だった。デュドライア砦常駐のコノリゼ騎士団第一部隊隊長ラグデリク・ジェイダ。二十六の若さですでに次期団長と囁かれている彼に、剣で叶うものは、ネイワーズ王国中を探しても多くは無い。
「弱い、鈍い。教えたことを全部忘れてるのか、お前は」
ラグデリクは灰色の瞳をすがめて、訓練場の地面にへたり込んでいる相手を見下ろした。
「そんなことで騎士の頂点たる精霊騎士が務まると思うのか」
騎士団員ならば、隊長の言葉に対して即座になにがしかの返答が返ってくるところだが、本日の訓練相手からは、何の返事も無い。静寂の中に聞こえてくるのは、荒い息づかいだけ――要するに、返事もできないほどに息を切らしている。
「なあ、ラグ」
壁際からの声に、ラグデリクは振り返る。副隊長のリーム・イドックが片手をぱたぱたと振っていた。ちょっと落ち着けと、そう言いたいらしい。
「俺が思うに、その見習いちゃんはそんなものになるつもりは、これっぽっちも無いと思うんだが」
リームの親指と人差し指の間には、豆が一粒入るくらいの隙間しかなかった。
ラグデリクは顔を戻した。
ぜーはーと荒い息を繰り返している見習い団員と目が合った。
「で、できる、ことなら」
細く、高い声だった。ダークブラウンの髪と琥珀色の目をした訓練相手は、実のところたったの十六歳の少女だった。息を切らしながらも、少女は力を込めて、はっきりと言った。
「その、地位……心を込めて返上したいです!」
二ヶ月前に騎士見習いとなったばかりの、ルーリス・マーロウの正直な感想は、隊長と副隊長の心を荒ませた。
「あんなにやる気がねえのに……相手になるのがラグだけってのはどうなんだよ……」
リームが背中を向けて、つま先で地面を掘り返し始める。
一方、ラグデリクは周囲を見回した。
本日は騎士団全員野外訓練の日なので、訓練場は貸し切り状態だ。従者はも入り口に待たせているので、会話が聞こえる範囲には、リーム以外、誰もいない。本当に良かった。胸を撫で下ろしてから、ルーリスの前にしゃがみ込んで、目線を合わせた。真摯な眼差しで、言う。
「お前の気持ちはわかる。ほんっとうにわかる……だから、それは、団員がいるところでだけは言わないでくれ。士気に関わるからっ!」
鬼気迫る勢いで、頼むと言うより脅されて、ルーリスはがくがくと首を振った。
「わ、……わかり、ました」
「よし」
満足したラグデリクが、リームの肩を慰めるように叩いているのを上目遣いに眺めながら、ルーリスはこっそりため息を吐いた。
「……イモの皮むきに戻りたい」
「だからそれを言うなと言ってるんだ!」
地獄耳の隊長から言い渡された追加訓練は、結局夕方まで続いた。
リームは最後まで見学していた。つきあいだけはいい奴だった。何の救いにもならなかったけれど。
次回更新は早めにする予定です。
追記:重要な一文が抜けていました……お恥ずかしい(涙)