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わたしと彼と(下)



 次に彼が後ろを振り返った時には、先程とは違う女性の店員さんがお皿を抱えて軽い会釈をくれていた。


「失礼します」

 テーブルに並べられるお皿。綺麗なレモン色の半熟卵に包まれたオムライスと青い、青い……カレー? かれー?


 ちょっと前にチラシで見たハワイの海を思い起こさせる鮮やかな青、青、青。そこに煮詰まったジャガイモの黄色がぽつぽつと浮かんでいる。端に盛りつけられたご飯は砂浜だろうか。


「こりゃすごい」

 彼も隣で眼を丸くしている。手に持っていたポットで水を足していた店員さんとも眼が合った。


「こ、今年の新メニューなんです……。おとうっ、あ。マスターがハワイのチラシを見た時に思いついたそうです。……わたしは止めたんですけど。すみません!」


 ハワイカレーには負けるものの、顔色を青く染めて店員さんはわたしに頭を下げる。

 わたしはとくに何も言ってないのに。これではまるで、食べる前から不味いと決めつけられているようなものではないか。せめて一口食べてからその謝罪が欲しかったと、わたしはスプーンを取った。


 ご飯と一緒にルーを被せて、一口。


「ど、どう?」


「あの、あの。大丈夫ですか……?」


 彼はともかく、店員さんのその心配は可笑しいでしょ! ……でも。


「お、おいしい……」


「おぉ、俺にも一口いいかな?」


「あ、わたしも大丈夫ですか?」


「っておい!」


 彼の後に続いてカレーをスプーンで掬う店員さんにわたしは思わずつっこんだ。


「あ、あの。申し訳ありませんでした!」

 そして全力で謝られてしまった。


「あ、あのね。大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから……」


「すみません、すみません、すみません!」


「もういいから……」


「か、かわいそうに」

 とは彼の言葉だ。


「わたしが悪いんですか……」


「そ、そういうわけでは。うぅ」

 目尻に涙を浮かべる店員さんを後にして彼と目を合わせる。わたしなりの強い意思を込めた視線――さっきカレーを食べたんだから彼女をお願いします――で彼を見つめる。

 帰ってきたのは柔らかい笑顔と小さな頷き。わたしの気持ちが伝わったのかとても怪しいところだけど、彼は早速行動に出た。


「そうそう、ところでカレー美味しかった? 味、気にしていたみたいだし」


「ずずっ……はい。よく分からないけど美味しかったです。こんなに体に悪そうなのに」


「おおぅ。でも、それは良かった。なら、さっそく君のお父さんに報告してこよう。喜ぶよ、きっと」


「そ、そうですよね。はい、では行ってきます! 失礼しました……」

 「あ、やっぱり娘さんなのかぁ」厨房へと戻っていく店員さんを見届けた彼が、一言呟いた。


「ポット、忘れて行っちゃいましたね」


「あぁ。ま、お水飲み放題ってことで」


「そうですね」

 帰りにお会計と一緒に渡せばいいかと、わたしもそれに頷いた。


>>>>>


 食事を終え、ポットを持ってカウンターの鈴を鳴らすと、大柄な男が厨房ちゅうぼうから出てきた。黒いひげをたっぷりと蓄えたあごをさするその姿は、どこかの西部劇にでも出てくる大悪党だった。ポットを先に渡して、お互いに財布の口を開く。


「あ。どうも。また、うちの娘がやっちゃいましたか。どうもすみません。ん、まいどー」


 この世界の大悪党の親玉は意外と物腰の柔らかそうな人だった。しかし、あのハワイカレーはやりこの人が作ったのだろうか……。彼も似た疑問を持っていたのか、大柄なその男に軽い質問を投げかけていた。


「ここのマスターさんですよね」


「はい、私がここのマスターですよ」


「オムライスの擬、とても美味しかったのです。あれ、どうしてもどきなんですか? 偽物って、あれもオムライスですよね」


「あぁ。秘密主義なものであまり言えませんが。そうですね、オムライスの擬だから旨いんです」


「オムライスは旨いからオムライス擬も旨い、と。なるほど。ごちそうさん!」


「あっ、ご馳走様でした!」


 マスターとはどこか通じる物があるのか、お互いに最後は握手を求めてお店を出た。

 夏の六時はまだまだ明るい。わたしはふと、図書館を見返してから喫茶店での彼の言葉を思い返した。


 彼はどうして、わたしが図書館にいるって考えたんだろう。


 聞いてみようにも、彼は先へ先へと足を止めようとはしない。鋭い日差しに打たれながらも、わたしは彼の背中を小走りで追いかけた。


上の後書きで(→下)と書いておいて、(中)が入るという…! 誠に申し訳ありません。



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