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わたしと彼と(中)




 図書館を出て少し歩くと見えてくる喫茶店。サンサンと輝く太陽に照らされたアスファルトの歩道を踏み締め、その暑苦しい人混みを抜けて喫茶店のドアノブに触れる頃には、早くも額から頬へと一滴の汗が流れて落ちていた。

 あぁ、図書館の程よい涼しさが愛おしい。


 喫茶店に入ると、そんなわたし達を冷たい空気が出迎えた。体に重くまとわりついていた熱気が冷えた空気にあおられて何処かへと霧散していく。皮膚を濡らしていた汗が風に当てられて氷水のように冷たくなっていた。

 ここの喫茶店は、あの図書館よりも冷房の温度が低く設定してあるのだろう。快適を通り過ぎて少し肌寒い。


「どこに座ります?」


 店内をゆっくりと見渡しつつ、わたしは彼にそう尋ねた。天井では四枚羽のツーリングファンがくるくると回転している。年季の入った振り子時計に、どこかで見た覚えのある漫画の題名が並べられた本棚。カウンターの奥にはよく分からない飲み物や缶詰が並んでいる。壁に貼られたモノクロの写真。いい匂いのする木製の家具が並べられた店内は、全体的に落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 わたしは、彼を先頭にして窓側の席へと足を運んだ。細長いテーブルと、横に並ぶ小さな椅子達。お店の窓と向かい合う形で、わたしは椅子に腰を下ろした。


 わたし達が席に座ると、黒い制服の店員さんがメニューの表と水の入ったコップを二つ置いてくれた。彼はその水を一口飲むと、メニュー表に目を落としながら口を開いた。


「へぇ、雰囲気があっていいね。ここ」


「そうですね。でも、実はわたしもお店に入るのは初めてなんです。帰り道、図書館から駅の途中にあるから、看板を見て名前だけは知ってました。誘っておいて、よく知らないお店に連れてくるなんて、……おかしいですよね」

 自分の軽率さに苦笑いを浮かべつつ、水を一口喉に通す。


「大丈夫、俺はそんなの気にしてないからさ。よし。ちょうどお腹も空いてたし、これを頼んでみようかな」


 「そっちは決まりそう?」彼は『ほかほかオムライス(もどき)』を指さしてから、わたしに視線を移した。


 あぁ、どうしよう――彼が真剣にオムライスの(もどき)と(はっ)を選んでいたのとは違いメニュー表をそれとなく流して見ていたわたしは当然一つも候補が上がらなく、ちょうど開いていたページの右下を特に理由もなく選ぶ事となってしまった。

 おかげで、メニューを閉じて彼が店員さんを呼んでいる間、わたしはずっと自分が今し方頼んだ千二百八十円の黄色と青と紫の何かについて頭を悩ませることになった。どうしても、料理の名前が思い出せないのだ。

 記憶に残るのは、配色の悪い汁物の絵だけ。だけど、お店の料理で食欲を削ぐようなゲテモノが出てくることなんてそうそうないと思いたい。


「それで、さ」

 頼んだ料理を待っている間、彼は改まってわたしに視線を向けた。わたしは、水の入ったコップにちびちびと口をつけてそれに耳を傾ける。


「さっき実はこのお店に来たことない、って言ってたじゃん。あぁー、なんだ。俺にも実はーっていうのがあってだな」

 彼は何故か申し訳なさそうに、わたしに語りかける。


「探してたんだ。メールも、全然見てないようだし。うちの部長も心配しててさ。最近顔見ないなって。あっ、でも違うぞ。頼まれてとかじゃなくて、俺はただ図書館に行けば会えるかなって思ってな」


「……それは」

 携帯の電源は落としていたから、あの日から彼との連絡も取っていないことになる。心配させてしまった。彼には、わたしのことを話さなきゃいけないのかもしれない。わたしは、頭を深く下げて、彼に誤った。


「……。すみません」

 あれから、サークルには顔を出していない。大学も休みがちだった。バイトの回数も減らしてしまっている。近所付き合いは、……もともとしてなかったけれど。友達とも、連絡を取っていない。

――母が入院してから早くも一ヶ月が経とうとしている。


 あの日から、わたしを動かしていた歯車の一つが欠けてしまったに違いない。それは、母の病室を訪ねる度にすり減っていく。体に纏わり付いて離れない不安が、おもりとなってわたしの足を鈍らせていた。


「いや、いいよ。連絡がつかなくてそりゃ心配はしたけどさ、ほら。会えたし」


「……はい」


 顔を上げると、彼とピッタリ視線が合った。陽気な言葉使いとは裏腹に、彼は真剣な面持ちでわたしを見つめている。怒っているのかもしれない。優しい人だから。


「あ、あの」


「あぁ、うん」


「……やっぱり怒っていますよね?」


「見える?」


「はい」


「眩しいだけだよ」


 彼は正面のステンドグラスを見つめて、どこかで聞いたことのあるセリフを口にする。


「……あっ、それ図書館で言いました。――わたしが」


「君もこんな顔をしていたよ。ちょう怖かった。……なんか合ったの?」


 「あれは本当に眩しかっただけで……」という言葉をわたしは飲み込んだ。代わりに出てきたのはレストランの後の話。電話のこととか、母のこととか。もちろん掻い摘んだ部分もあるけれど、これ以上彼に迷惑はかけたくなかったから。わたしは最後にもう一度、頭を下げた。


「……お母さんは、大丈夫そう?」


「わかりません。お見舞いに行っても、寝たきりで。お医者さんも、今はまだ分からないって」


「そう……大変だ。俺も、お見舞いに行ってもいいかな。後輩思いの先輩として。……もあるしそれに……」


「あっ……、最後がちょっと、聞こえなかったです」


「な、なんでもない。なんでもない。う、うん、切り花とか平気かな? お母さん」


「あ、あの。まだわたし返事をしてないのですが……」


 彼の表情はコロコロと変わる。真剣なのかと思ったら目尻に涙を浮かべてかと、思いきや今度は顔を赤くして視線を逸らされてしまった。


「あわっ、ごめん。……やっぱ駄目かな?」

 戻ってきた彼の視線は、叱られた子犬のようだった。失敗をしちゃった……? と訴えかけるような瞳。何度か考えたことがあるけど、やはり彼の前世は子犬だったのかもしれない。その前世の子犬というのを想像出来てしまうのが、また面白かった。

 黒の毛に黒い瞳。ゴールデンレトリーバっぽい毛並みの子犬だ。


「あ、あの、ですね。涙なら分かるけどさ、……なんで笑うのさ!」


「くく、いえ。……いいですよ。たぶん、大丈夫だと思います」


「そう? ……ありがとう」

 そうして彼は笑った。無理のない自然な笑顔。彼の周りに集まる人達はこの笑顔に惹かれているんだろうな、とわたしは思う。



長かったのでカットッ! (おい

(下)もできているのですぐに投稿出来ると思います…。


わたしは、毎回投稿の文字数をどのくらいにしようか迷ってしまうのですが(いつもは平均2000文字)。どこかの作品の感想で「あまりにも短いと読む前に切られるぜ」とあったので、こう、心にぐさりと刺さりました。はい。


ただ長くしてしまうとその分読むのに手間がかかったりするので、…悩んでしまうのです。わたしは、読み手としてはあまり縦に長すぎると「ひぇー」となってしまうんですよね。以上!

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