わたしと家族と(上)
父は丁度五年前に癌でこの世を去っている。あの日、中学二年生のわたしは父の最期に立ち会う事が出来なかった。学校にも自宅にも病院から電話が入っていたそうだ。でも、わたしはそれを知らない。
その時、わたしは学校の図書室で一人本の世界に浸っていたからだ。
わたしと母の仲はあまりよくない。波長が合わないのだろうか。それとも、お互いの事を深く知り過ぎてしまっているからだろうか。
とにかく、わたしと母は下らない事でよく喧嘩をして、いつも父を困らせていた。
その父がこの世を去ってからは、喧嘩と言える程激しいものもわたし達家族の間からは遠く離れていたけれど、それはわたしが少しでも強く言い返すと子供のように喚いては泣く母の脆さに原因があった。
わたし達家族の在り方は、父の死をきっかけに大きく変わってしまった。そしてそれ以上に変わってしまったのはきっと、父の父母らであったに違いない。
父方の祖父母は一ヶ月に数度、父の仏壇に添える花を持ってわたしと母の家を尋ねて来る。その度に祖父母は生前の父の語り、嘆き、怒る。その矛先は、いつも母とわたしだ。少しでも口を挟むと彼らは癇癪を起こす。そしてまた嘆いて、怒る。
それは母の苦悩であって、わたしの苦痛であった。
そしてわたしは、ある日を堺に祖父母から逃げるようになっていた。祖父母が来ている日は殆ど家に帰らない。適当な理由を作って、母に全てを押し付ける。そして今日も、わたしは彼らから逃げ出した。
わたしは――母と同じ弱い生き物なのだ。
バイトを終えると彼にメールを送った。あの嵐の日から数日経った今日は日曜日。彼が予約を入れているレストランは大学の最寄り駅からそう遠くない場所にあるらしいので、待ち合わせ場所はその最寄り駅前となった。
駅を出てすぐにある小さな灰色の時計塔が七時十五分を教えてくれた。夏の夜はまだまだ明るい。彼とした約束の時間まで十五分の余裕があった。
わたしは、時計塔の周りを囲むように設置された木製のベンチに腰を下ろすと、子犬が一匹くらい入っていそうな紺の手提げ鞄からお気に入りの本を取り出した。もう何度も読み返している。わたしの、宝物。
未来からやって来たイヌ型ロボットが様々な未来道具を使って内気な少女を元気づけるSF小説だった。
内気な性格から学校で虐められてしまう少女は、家へ帰るとイヌ型ロボットのクゥに相談をする。そうするとクゥは、少女の悩みに答えて不思議な道具を貸してくれる。でも、それを使うのは少女自身であって、クゥはあくまで道具を貸してくれるだけだ。それがどんなに便利かつ理想への近道となってくれる未来の道具だったとしても、何かを変える勇気を持っていない少女には使いこなせないただのゴミでしかない。
少女は口先だけで変化を求めて、結局は変わる事にとても臆病な弱い少女であった。クゥは、話の終盤にこう言っている。
「変わるのはお前だ。変わりたいのはお前だろ! 周りが変わったって、お前が変わらなかったら結局はまた虐められる事になるんだぞ!
周りを変えたいならまず、自分を変えなくてはいけないんだ。自分に勇気を持つんだ。お前が大嫌いな自分を、誰が大好きになるっていうんだよ!」
少女は泣いている。ただ、ただ泣いている。だけどクゥは、そんな少女を置いて未来へ帰ってしまう。泣きじゃくる少女は、最初クゥがいない事に気が付かなかったという。そして一ヶ月が過ぎたある日に、少女はもうどこにもいないクゥにお別れを告げたのだ。
「ありがとう、さようなら」
頭に残る、重い言葉。――わたしは、そっと本を閉じた。
「お待たせ。待たせちゃったかな?」
時刻は七時三十分。約束の時間は一分たりとも過ぎていない。早めに着いたわたしが勝手に待っていただけだ。だから、小さく手を振った。
「いえいえ」
ショートストーリー、とは言いませんが。一話一話の文章量は1500~3000と私は決めています。あまり少ないと味気がなく感じますが、逆に多すぎても読み疲れてしまうと思っているからです。文庫ならいいのですがね、PCやスマートホンで下までスクロールするのは目にも指にも辛いです。