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溢れよ想い、伝えよ心を

 結局、レンティシアとギルは、六日目と七日目を、祭りの準備の手伝いに費やし、そして八日目の夜。

 この町にいる最後の夜、祭りはすでに最高潮を迎えていた。

 町の中心で高く積み上げられた木を燃やし、その火で明るく町は照らされている。

 町の人々の歌や踊りで、場はもりあがり、酒も入って、人々のテンションも最大だった。


「あれ、姫さんは?」

「姫って呼ぶな、バカ」

「いや、かわいいから大丈夫だろ」


 隣になぜか座ってきたサガをにらみながらギルは答える。

 

「あいつなら、町の人に引っ張られて、歌を披露してるよ。うまいからな」

「へえ……? 見ててやらないのか?」

「あいつにべったりするのも変だろ」

「護衛対象だろ?」

「……俺がいないところで、町の人とかかわるっていうのも、人との距離感をとる勉強として、必要なんだよ」


 サガの問いに答えながら、本当は隣にいたいと望む自分を自覚する。

 レンティシアがただのレンティシアであったなら、ずっと隣にはりついているだろう。

 しかし、彼女はミオ・レンティシア・シュトレリッツだ。

 次期女王となるのなら、やはりこの旅は、それなりに彼女にとって実のあるものになってほしい。


「我慢強いな。勘ぐって悪かったよ。騎士と逃避行なんてことになるのかと思ってさ」


 サガが酒をあおりながら、そういって、それから、杯をギルにも差し出した。


「ありえないな。俺たちは、いつだって現実的だ」

 

 その杯を受け取って、ギルもまた酒をあおる。

 ギルはとても酒に強いため、祭りでふるまわれる程度の酒ではまったく酔えない。


「でもな、行って来いよ」

「は?」

「最後なんだろ? 即位式はもうすぐだし。やっぱりお前は、今だけは隣にいるべきだろ」


 そういってサガがギルを立ち上がらせて背中を押す。

 なんだかわかったような口調が気に入らないが、確かにそれももっともである。


「ああ。行ってくる」

「……必要だよ。女王は、孤独だからな」


 すでに歩き出したギルに、サガの一言は聞こえない。




 ギルはあたりを見回して、レンティシアを探した。

 そうして、人に囲まれているレンティシアの姿を見つけ、そちらに駆け寄る。


「ギルっ!」


 明るい声でレンティシアも近寄ってきた。


「少し、座って話さないか?」

「いいわねっ! そうしましょうっ!」


 祭りの効果なのか、異常にテンションの高いレンティシアは、明るくそういって、炎がこうこうと燃えるところを取り囲んでいる輪の、少し外れたところに腰を下ろす。

 彼女の顔は、炎に照らされて赤い。


「楽しいわねっ! 祭りって!」


 にこにこと笑っていうレンティシアに、ギルはふっと笑みをこぼして、うなずく。


「楽しそうでよかったよ」

「へ?」

「お前が楽しそうで何よりだ」


 しっかりとレンティシアの目を見ていってやれば、レンティシアはこくこくと勢いよくうなずいた。


「ギルは楽しい?」

「ああ。楽しいさ」


 こうやっていつまでも隣にいたいと願うこの気持ちが、苦しいぐらいに、楽しい。

 楽しい時間を過ごせば過ごすほど、ギルにのしかかるものは大きくなってくる。


「あのさ」


 ポケットに手をやって、今の今まで渡せなかったものを取り出す。


「これ、やるよ。見てただろ?」


 それは、この町に来た最初の日に、レンティシアが見ていた、アクアマリンの腕輪。

 

 レンティシアはそれを受け取って、目を丸くする。

 そして、まっすぐな視線をギルによこした。


「これ……ギルの瞳みたいって思ったの!」


 へなっと笑って言うレンティシアの様子に、心臓がどきりと脈打つのを感じながらも、どこか違和感を感じる。


「ひどいよね、ギルはさぁっ!」


 語尾の上がり方がおかしい。

 言っている内容に驚くより先に、ギルはあることに気付いた。

 レンティシアの顔が赤いのは、炎に照らされているからではない。

 

 酔っぱらっているからだ。

 彼女は酒に弱い。

 それなのに、どこかで飲まされてしまったのだろう。


「おい、とりあえず部屋にもど―――」

「―――ギルはひどいよっ! 優しくして!」


 周りが騒がしいため、レンティシアの声は全く目立たないが、ギルには、もはや、レンティシアの声しか聞こえていなかった。


「私、ずっと、ずっと好きなのに。優しくして」


 息が、止まった。


 呼吸がうまくできない。

 心臓が早鐘を打つ。

 彼女はいったい、何を言った。


「私のこと、王女だから、守るんでしょう! 私は、あなたに騎士になって欲しかったわけじゃないのにっ!」


 普段なら絶対に言わないような本音。

 酒の力で酔って、理性を失い、王女としてのタガが外れている彼女は、ぼろぼろと本音をぶちまける。


「私は隣にいてほしいのに! でも、あなたは、私のこと、そういう好きじゃないのにっ!」


 叫んで、うるんだ瞳が、こちらをぼんやりと見つめる。

 

「婚約者さんがうらやましいわ! 私が見つけたけど!」

「は?」

「知らなかったのっ? 私、あなたといたくて、この十日間のためにっ、あなたの婚約者をさっさと決めるように、手を回したのっ!」


 知らなかった。

 どうせかなわぬ思いだからと、婚約者が決まっても、文句は言わなかった。

 それなのに、あろうことが、それを促したのは、自分が一番大切に想っている少女だなんて。


「婚約者がいないとっ! あなたと二人は無理だと思ったから! 二人で、二人でいたかったのっ」


 ギルの腕が上がって、宙でさまよう。

 抱きしめたいと思った。

 自分を好いてくれる彼女を。


 しかし酒を飲んで、理性を失っている彼女に触れるのは、やはり抵抗がある。


 だから、触れることはなく、そっと、ギルはレンティシアの耳元に、自分の口を寄せる。



「俺も、レンティシアが好きだ。たとえ、それが叶うことがなくても」



 すっと彼女から離れる。

 レンティシアは、こちらを見て、ゆっくりと笑みをつくる。

 それはとても幸せそうな笑みで、ギルの目に焼き付いた。


 そして、その笑みのあと、ふっと彼女はその場に倒れこむ。

 穏やかな呼吸の音が聞こえて、彼女が眠りについたことを、ギルに知らせた。


 たとえ、彼女が忘れてしまっていてもいい。

 ギルは、想いを告げたのだ。

 一生、告げることのないと思っていた、相手に。



「あら、姫さん、寝ちまったのか?」


 なんとも絶妙なタイミングで、サガが声をかけてきた。

 この男にこれを頼むのは癪だが、この男以外に、ギルが頼んでもよいと思える相手がいないから、仕方がない。


「頼みがある」

「はい?」

「こいつを、宿の部屋まで運んでくれ」


 サガが、まるで酔いがふっとんだとでもいうかのように、目を大きく見開く。


「お前が運べばいいんじゃないのか?」

「俺は、騎士になってから、一度もこいつに触れてない。こいつが寝てる間に、それを破るのは……どうにも、ためらわれるんだ」


 絶対的な不可侵。

 それを崩すことがあったとしても、その時には、レンティシアがしっかりと意識があって、ギルを間違いなく見てくれている時がいい。


「……はあ。わかったよ。頼まれてやる。仕方ねえな」

「ありがとう」


 サガはからかうことはしなかった。

 それだけ、ギルの想いが伝わったのだろうか。


「……すごい、すごいよ、お前は」


 まっすぐにこちらを見るその視線。

 強い意志のともっていそうなその瞳と、自分の瞳が似ていると彼女は言っていた。


「当たり前だ。少しでも、こいつの近くにいるために。俺は、なんだってするだろう」

「……道を踏み外さない、その意志の強さを、俺は褒めてるんだよ」


 ぽつりと最後につぶやかれた一言は、ギルの耳には届かない。

 


 ギルは炎を見つめていた。

 この思いは、きっといつまでも燃え続けるだろう。


 それは、きっと、ギルの命の灯とともに。

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