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この一瞬が愛おしく

 剣がぶつかる高い音。少し乱れた呼吸音。土をを蹴る音。

 静かな朝に響くのは、ギルとレンティシアの動きから生み出される音だけ。

 二人の世界だった。

 剣と剣が合わさるこの瞬間が、いつだって騎士と王女の最短距離。

 ギルが一度剣を引いてから、勢いよく下から上へ払いあげる。

 同時に土が舞い上がり、がらんと剣が地面に落ちた音が聞こえる。


「参りました。強いわね」


 ふたりとも息があがっているとはいえ、あきらかにレンティシアのほうが余裕がない。


「そりゃあな。俺は騎士だぞ? お前と同じでどうするんだよ」

「でも、私は守られるものではない。守らなきゃいけないのよ」


 ギルのいうことももっともだったが、レンティシアはただ守られていてはいけない。強くあり、そして、国民を守らなければならない。


「確かにな。それで、どうだ? もう六日目だけど、自分の目で見たこの国は」

 

ギルの目が、レンティシアではなく、どこか遠くを見ている。

 そういえば、昨日から、一度も目が合っていないような気がする。

 そのことが少し気になるが、ギルの問いに答えるべく、頭を切り替えて考える。

 自分が見て感じたもの。


「優しくないわ」


 率直に言ったその一言は、ギルの顔をこちらに向けるぐらいの効力はあったらしい。目はみないものの、ギルはレンティシアを見ている。


「賊がいたり、傭兵に依頼しなきゃいけないぐらい、騎士が機能してなかったり、たった六日、しかもたいして移動していないのに、国のほんの一部、それも、治安が一番悪い場所でもないのに、こんなに世界は厳しくて、優しくない」

 

 王宮内も、優しくはなかった。城下町だって、そう。

 それでも、レンティシアは、やっぱり、知らず知らずのうちに目をふさがれていたのだ。

 城下町に行ったとき、やはりそこには生活がうまく回っていない子だっていた。

 しかしレンティシアが見ることを許されたのは、その子たちの一遍。それも、まだきれいな部分。王女に優しい部分だけだったのだと、痛感していた。

 レンティシアは、自分が強いことを自覚していた。

 王宮内に入り込む刺客を撃退したり、騎士の試験を受けて、それなりの成績を収めたりしたからだ。

 それでも、初日に感じた、あの血の匂い。自分を守るためでなく、人のために剣を振ることの重さ。

 守れないものは自分じゃなく、目の前の人なんだと、初めて実感した。

 レンティシアはいつだって守られてきた。

 守られすぎて、世界を知らないことはなかったけれど、だからといって、積極的に誰かを守ったことは、きっと一度もなかった。


「この国内全土を回れば、こんなことが生ぬるいぐらい、壮絶な場所があることも、頭では理解してる。でもね、私は、きっともう、実際にこんな風に旅はできないでしょう。実際に私の目で見ることはできないのでしょう。私は、臣下を信じ、彼らが私の目となって、私の視界を広げてくれるのを、待つことしかできない」


 自然と視線が下を向く。

 王宮を出て、一つ分かったことは、一人の人間である自分が、いかに無力かということだ。

 王として、この国を動かしてく責務を負いながらも、レンティシアは無力だ。

 地位はある、国を動かす権力もある。

 それでも、レンティシア一人が起こす行動は、よりより国を目指せても、全員が幸せになれるような、この国の民すべてを幸せにできるような、そんなものにはなりはしないのだ。


「なら……信じればいいだろ」


 突然、ギルものではない声が降ってきた。


「お前っ……!」


 ギルが一気に険しい顔になって、殺気を放つ。

 レンティシアはそれが誰か認識して、そして、ほっと溜息をつく。


「やっぱりここに泊まってたのね」


 笑顔でそういえば、サガが、驚いたようにこちらを向いて、そうしてから、彼も笑顔になる。


「ああ。やっぱりってことは、予想済みだったのか」

「そして、ここにいるってことは、仕事は完了してるのね」


 レンティシアが勝ち誇った笑みを浮かべて言えば、サガはしまったという顔をしてから、あきらめたよ

うに軽く溜息をつく。


「昨日レ……シアがあっさりとひきさがったのは、そういうことか」


 ギルが呼ぶシアという呼び名に、心臓がどくりと脈打つ。


「まあ、確かにあの方向からきて、ここに泊まってるなら、そうだろうな。誰でもわかる」


 ギルがいい気味だとばかりに、サガにむかって吐き捨てるように言えば、サガは怒るでもなく、冷静なままで、笑った。


「なんだよ?」


 その様子にギルがつっかかれば、サガはさらにいっそう笑みを深くして、そうして言う。 


「いや、なんでもない」


 いかにもなんでもある様子であったが、その反論を許さずに、サガはそのまま言葉を継いだ。


「今の段階で、それだけ意識が高ければ、十分だと思うけどね。さすがは、っていうべきなのか」


 それは先ほどの言葉に対する続きだろう。

 認めてもらえるがうれしくて、静かにほほ笑む。

 それでも、十分ではないということは、自覚していた。

 その言葉を額面通りに受け取ってはいけないことも。


「あなたが何も知らなければ、素直に受け取れたでしょうけど。私のことを知っているんじゃ、不用意なことは言えないものね?」


 王女ミオに向けられた言葉はすべて言葉通り受け取ってはいけない。そこには様々な思惑が存在するからだ。


「……本心のつもりだけどな」


 少しすねたように言うサガに、驚いてからふっと微笑む。


「ありがとう」


 サガはレンティシアをじっと見つめて、しばらく動きを止めていた。

 それを見たギルが、レンティシアとサガの間に割って入るようにして、レンティシアに話し掛ける。


「薬草を取るのに、俺達の同行は要らないかも知れないな?」

「……確かにね。事が解決したなら」


 それなら今日から明後日までは何をすべきか。

 あまり自由に動きすぎれば、約束の十日で戻ることができなくなる。

 この町でできることからするのが良いだろうが、何ができるだろうか。


「祭の準備でも手伝うか?」


 ギルの思いがけない一言に、思考を中断して顔を上げる。


「明後日に夏の祭りがあるって言ってただろ? 人手がほしいって、町の人が言ってた」

「楽しそうね」


 市井に混ざって祭りの準備など、おそらく一生できないだろう。できるとしたら、今、この時だけなのだ。

 そこまで考えてから、ふと、考える。

 自分がそんなに楽しんでしまっていいのだろうか。

 もともと、ギルと二人で過ごしたくて、最後のわがままを通した形になったけれど、さらに楽しんで、そんなことでいいのだろうか。


「気にするなよ。余計なことは。せっかくのわがままを、自分でぶちこわすな」


 すべてを見透かしたようなギルの言葉に、驚いて、そして、ゆっくりと微笑んでうなずいた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 すっとそっぽ向くけれど、ギルはいつだって優しい。

 世界は優しくはないけれど、レンティシアにとってのギルは、いつだって優しいのだ。


「じゃあ俺たちも手伝おうっかなー」

「お前はさっさと帰るべきところに帰れよ」


 サガの言葉にギルが即座に切り返す。

 その様子が、なんだかよくケンカする兄弟のようで、おかしくて笑ってしまった。

 レンティシアがそうやって笑うと、サガは不思議そうな顔をして、ギルはバツが悪そうにそっぽ向いた。

 きっとギルには、レンティシアがどうして笑ったかわかっているに違いない。


「俺らはもともと祭りを楽しむ予定だったからな。この町で賊による影響があったら、そこらへんの問題もついでに解決するようにって、報酬に上乗せされて頼まれてるし」

 

 サガの言葉に、ギルとレンティシアは二人で顔を見合わせる。

 そんなに事細かに依頼し、それなりの報酬を払えるということは、フィリエの領主ではないだろう。フィリエ伯爵家は、困窮もしていないが、そこまで余裕があったとも思えない。それにフィリエ伯爵ならば、身銭を切るよりは、騎士に依頼を持ってくるような気がする。

 そうなれば、ここの近辺で傭兵に依頼できるような家は、二つしかない。

 王国二大公爵家の、オブスキィト家とルミエハ家だ。

 その両家の次期後継者は、王女ミオ・レンティシア・シュトレリッツの又従姉弟にあたる。

 そのどちらか、あるいは両方ならば、そのぐらいの力はあるだろうし、不安定な王宮に話を回すより、自分たちで解決しようとするかもしれない。


「さて、じゃあ、俺はもう行くよ。またな、シア」

「あ……」


 レンティシアが尋ねる前に、サガは行ってしまう。


「オブスキィトとルミエハのどちらか、あるいは両方だと思うか?」

「そうでしょうね。あの両家は、やはり、まだ王家の血筋という感じが強いから、そういう責任感もあるし」

 

 オブスキィトとルミエハ家は、建国者、つまりレンティシアの祖父アンリの弟二人の血縁である。

 祖父アンリは、おそらく存命だが、すでにシュトレリッツ王国内にはいない。

 彼は五十の時に息子に地位を受け渡し、そうして、国の繁栄を見届けずして、旅に出た。

 

 辛くなったのだそうだ。

 英雄であることに、疲れたのだそうだ。

 

 しかし国民は、そんな事実を知らない。

 公式には、アンリは死んだことになっている。

 それでも、やはりシュトレリッツ王国を建てた英雄として、彼は人気が高い王であった。

 レンティシアの父は、王として、可もなく不可もなくといったところで、優秀であったレンティシアは、より一層、国民の期待を受けているのだ。


「まあ、今度機会があれば、本人に尋ねてみろよ。即位式には出席するんじゃねえか?」

「そうね。そうするわ」


 即位式と聞いて、迫りくるものを感じる。

 すべてを背負う女王となるまで、女王という地位に身をささげるまでに、あと、四日しかないのだ。


「とりあえず、手伝えることがないか聞いてみるか。今は、そんなこと考えても仕方ないだろ」


 どこかいたわるように、それでも、ひどく優しいまなざしが、逆にレンティシアを苦しめる。

 昔は頭を撫でて慰めてくれた彼の手は、今はレンティシアに触れることすらない。


「よし、がんばりましょっ」


 それでも、レンティシアは笑った。明るく、明るく。

 今は大切にするのだ。

 ギルとの、一瞬、一瞬を。

 

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