その答えは同じ瞳
「三年前、建国祭で、王都に行った。その時、路地で、リンゴを抱えて走ってた女の子が、ガラの悪い奴にぶつかった」
「何を……?」
ギルがいぶかしげにサガに問い返す。
しかしサガの目は、ただレンティシアだけを向いている。
レンティシアは、ふと、頭の中に一つの情景が思い浮かんだ。
「その女の子は難癖つけられて、今にも殴られそうだった。俺はその子を助けに入ろうとした。そしたら、颯爽と現れた少女が、あっさりと男たちをのした」
「……それで?」
「その少女は、名乗った」
覚えていた。
気まぐれだったのだ。
ただ、王都にいる分には問題ないと思って、あっさりと名乗った記憶がある。
本名を。
「そうね。それで、何が言いたいの?」
できるだけ声の調子を抑えて、問いかける。ギルはなんとなく事態を察したらしい。
再び剣に手をかけている。
サガはしばらくこちらをただ、見つめていた。
沈黙がその場に落ちる。
その沈黙の間に、レンティシアは思考を巡らせる。
彼があんな回りくどい言い方をしたのは、彼の仲間にその情報を伝える気がなかったからだと見ていいだろう。つまり、彼は特にこの情報を用いて、こちら側と交渉する気はないとみていい。
それならば、こんな回りくどい方法で、レンティシアが王女だと分かっていると伝える理由は、一つしかない。
王女に聞きたいことがあるのだ。
レンティシアは顔を上げ、もういちどサガの瞳を見つめる。
「仕事中って言ったよな?」
「……え?」
話の最終意図が読めず、思わず問い返してしまう。
それでもこちらをじっと見つめてくるので、レンティシアはとりあえずうなずいて、肯定の意を示す。
「それは本当だな? 仕事なんだな? お前のわがままじゃなくて」
まっすぐとこちらを射抜く視線が痛い。
言いたいことは理解した。
しかし、それをどう伝えれば伝わるのだろう。
「……あなたが気にする理由が分からない」
思わず、答えるより先につぶやいてしまっていた。
これではまるで誤魔化したかのようだ。
「えっと……」
「本物だと思ったからだ」
「はい?」
「お前が。その器は、与えられる地位に見合うと、俺が思ったからだ」
意外な言葉に、レンティシアは動けなかった。
しかし、どこか心が温まる。
彼女は笑っていた。それは美しい、自然な笑みで。
「私は裏切らないわ。あなたの期待を」
こう言い切ってしまえば、後がない。
でも、レンティシアは、今この瞬間も、ギルと二人で話している瞬間でさえ、王位を放棄して逃げようと思ったことはなかった。
そうするには、レンティシアは賢すぎた。
彼女の言動が、どれだけ人に影響するのか、よくよく理解していた。
「いつ、帰るんだ?」
「四日後の朝にここを発つわ」
二人の会話は周囲の人間を置いて進んでいく。
「四日後、か……」
なにやら考えこむそぶりを見せたサガに、ギルがもう我慢ならないとばかりに、苛立って声を上げた。
「もういいだろ。どうせこいつらに情報提供は求められねえんだから」
確かにギルの言うことは正しい。
ただ、何故だろうか。サガはじっとこちらを見つめていて、その瞳は、何かに揺れるような色を見せているのは。
「帰りましょう。明日、とりあえず、私たちが薬草採取に同行することを申し出てみればいいわ」
それでも、彼はこの場では、情報を提供しないだろう。
サガはこの場では傭兵をまとめあげるトップだ。
トップが傭兵としてのポリシーを曲げてしまうわけにはいかない。そうなれば、全体の規律が緩んでしまうからだ。
そこは、軍だろうが傭兵団だろうが、どこの組織も同じである。
「じゃあね」
そういってレンティシアがサガに背をむけ、町の方へと歩き出せば、後ろからギルがついてきている気配を感じる。
レンティシアの予想が正しければ、サガとは明日には再会することになるはずだ。
しばらくの間、ギルとレンティシアは無言だった。
しかしその沈黙を、ギルが破る。
「どうして、あいつには名前を名乗ったんだ?」
ギルの碧い瞳が、まっすぐにレンティシアを見つめている。
この瞳だった、とレンティシアは思い出した。
「碧い、瞳だったから」
「碧い? この国の民のほとんどが碧い瞳だろ?」
どこか苛立ったように問いかけてくるギルの様子に、またもや幻想を抱いてしまう。
これはギルの嫉妬ではないのだろうかと。
「……あなたと同じ、まっすぐな、碧い目だったわ」
だから、少しだけ、揺さぶりをかけてみることにした。
ギルは動きをぴたりと止め、目だけが大きく見開かれる。
しばしの間、二人は見つめ合っていた。
しかし、レンティシアが先に沈黙に耐えられなくなって、視線を反らし、言う。
「帰りましょう」
先に視線をそらしたレンティシアは、気づかなかった。
ギルが、わずかに一歩踏み出そうとしていたこと。
その表情には、自制が聞かないことに対する、焦りすら、浮かんでいたことを。
五日目は、騎士の心を乱して、終わりを迎えた。