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どうしても聞きたくて

嫌な記憶だ。

 これは任命式の日。

 ギルバード・ストケシアが、幼馴染から、騎士になった日。

 幼馴染という関係をぶち壊して、二人が、王女と騎士になってしまった日。


 目の前にひざまずく少年が、とても遠く思えた。


 自分が、ただの一人から、国を背負う王女になった瞬間は、この時だと、今でも思う。









 四日目も、三日目と同じく聞き取り調査をして、五日目の今日、実際に現場に行ってみようという話になった。

 最近出没する賊は山に本拠地があるらしい。

 ただし、山向こうはオブルミの森であり、そちらは二大公爵家がそろって統治している地域のため、治安は安定していて、賊もそちらに降りることはないそうだ。

 そうなれば、必然的に、こちら側に降りてくることになるのだ。


「やっぱり……現場を見ると、違うわね」


 賊の被害が出た場所まで来てみると、その理由がよく分かる。

 道はそれなりに整ってはいるが、平らではない。森のど真ん中で視界は悪く、襲撃者の身を隠す場所がたくさんある。

 身をひそめておいて、一気に襲撃すれば、商人などの荷馬車はあっという間に制圧されてしまうだろう。

 大商人であれば、傭兵の数を増やせばいいが、そこまで大きな商家でないと、傭兵を雇うといっても、そんなに人数は期待できない。

 そういう人が、狙われるのだろう。


「よし、じゃああとは、本拠地を突き止めるだけね」

「二人で本拠地まで乗り込むのは……ちょっと賛成できないな」


 当然賛成してくれるものだと思って言ったレンティシアだったが、ギルは渋い顔をして首を横に振る。


「どうして?」

「山越えが必要とは言えど、あの二大公爵家の領地がある目と鼻の先で、こんなことをしているのに、まだ捕まってない奴らだ。城に帰った時に、正規軍に指令を出したほうがいい」

「それは……確かに」


 レンティシアは仮にも次期女王だ。ここで命を落とすことがあってはいけないし、けがだけだとしても、その咎は、間違いなくギルに行ってしまう。

 ギルを守るためにも、自分の身は絶対に守らなければならないのだ。


「でも、誰も申請しなかったとは思えないのよね……。どうして放置されているのかしら?」

「……優先順位をつけられて切り捨てられているか、はたまた別の思惑が働いているか……。一度、依頼をどうやって回しているか、そこの人事を洗った方がいいかもしれない」

「優先順位はともかく、別の思惑? ここを放置することに意図があると?」


 思わず首をかしげたら、ギルがため息をついて、ただ考えろ、とだけ言った。

 まず、優先順位的に放置されているのならば、それはそれで、ここ以上にひどいところが、この国に存在することになる。

 レンティシアには見えていないものが、まだまだたくさんあるのかと思うと、少し気が重い。

 自分はすべてを背負うのに、この国に関して知っていることなど、ごく一部の限られたことだけでしかないのだ。

 

「……誰か来る!」


 レンティシアに警告を発してから、彼は剣をさやから抜き去り、レンティシアをかばうようにして臨戦態勢に入る。

 それを見て、自らもまた剣を構え、ギルの背中と自分の右肩が触れないぎりぎりぐらいの位置に立つ。

 

 がさりと木が揺れる音がして、それと同時に振ってきた影に向かってためらいなくギルは剣をふり下ろす。

 剣と剣がぶつかる高い音が響く。

 レンティシアがあたりを見回して、ほかの敵の姿がないか探そうとした時だった。


「待て! 賊じゃない!」


 張りのある、鋭い叫びが飛び、ギルの相手が、後ろに飛びずさった。

 そして、それを合図にしたかのように、五人ほど、森から一斉に姿を現した。

 気配は感じていなかった。

 ただ、突然五人は現れたように思えた。


「下がって」


 ギルはレンティシアの声が届くより少し前に、こちら側に戻ってきていた。


「誰だ?」


 ギルが目を細めて、六人に問う。

 先ほどギルとその相手を止めた青年が、一歩前に出て、両手を軽く上げる。


「俺はサガ。俺たちは依頼を受けて賊退治に来た傭兵だ」


 そう言い放った男に、確かに殺気は感じられない。

 今の言葉を信じるならば、レンティシアとギルは賊だと思われたのだろう。


「悪いが、少し信じがたいな。俺は騎士の服を着ているし、今は昼だ。賊と見間違えるっていうのがよく分からない」

「そりゃ、お前が凄まじい殺気を放つからだろ?」

「そちらが気配を殺して近づいてくるからだ」

「いやいや、俺らはそれが仕事なんだっつーの。あんたたちはなんだ、お嬢様とその騎士か?」


 サガと名乗った男の言葉が、とても的を射ていて、少し驚く。


「私はシア。二人でお仕事中だったから、私はただ守られてるってわけでもないわ」


 嘘はついていない。彼の言葉を否定もしていないからだ。


「……それはそうだが、少なくともお前は、守る気だったように見えたけどな?」

「悪いか?」


 からかうように笑ったサガに、ギルは不敵な笑みを浮かべて答えを返す。


「! いや? 悪くないさ」

 

 サガの笑いが、からかいから、どこか興味深いものを見つけたような、そんな笑い方へと変わる。


「ところで、雇われたって言ったけど、雇い主は誰?」

「俺たちは顧客の秘密は守る義務がある」


 レンティシアが問えば、一瞬で返事が返ってきた。

 サガの言うことは確かにもっともだ。傭兵は金で動く。権力よりも、地位よりも、名声よりも、彼らは金を信頼する。

 レンティシアにとっての傭兵はそうだった。

 だから、彼の雇い主以上の金を払わない限り、彼らは情報を提供することはないだろう。


「ちなみに、依頼は完遂したかどうかは、聞いても?」

「それも守秘義務だって言ったら?」


 先ほどとは違い、今度は少し考えるそぶりがあった。

 サガはこちらの出方をうかがっているように見える。


「傭兵の存在ごと、報告に回すぞ」


 レンティシアがどう返答しようか考えている間に、ギルが先に決めてしまう。

 それでも、彼の対応はおそらく正しい。

 人から情報を得るのには、対価がいるのだ。

 それ相応の。

 今のレンティシアに払える対価はない。

 城に戻ればいくらでもあるが、王女としては、民に平等でなければならない。

 たまたま見に来たここの民のためだけに、均衡を崩すような真似はできないのだ。


「……行くわよ」


 そういって、傭兵六人に背を向け、レンティシアが数歩歩いた時だった。


「あぶねっ」


 短く叫ぶサガの声。それと同時に男の怒りの声も聞こえた。

 振り返ってみれば、何故かギルがサガに剣先をぴったりとつけている。

 残り五人の男は、仲間が剣を突きつけられ、一触即発の険悪な雰囲気を出していた。


「ギル! 剣を引きなさい! その人たちから殺気は感じなかったわ」


 慌ててレンティシアが言えば、ギルは剣を降ろすことなく、レンティシアの方へと下がってくる。

 後ろからだと表情が見えない。

 だから、少しだけ体の位置をずらして、表情をうかがう。

 ギルの瞳は、鋭い光を放って、サガを射抜いていた。


「騎士なら誰にでも剣を向けていいのかよ!」

「そっちがその気ならやってやるぞ!」


 サガの後ろにいた男たちが叫ぶ。

 レンティシアが見ていなかった数秒に、いったい何が起こったというのか。

 

「いや……俺が悪かった」


 どうしたらこの場が収まるか考えていたレンティシアは、自分の耳を疑った。

 謝罪したのは、剣を突きつけているギルではなく、何故かサガの方。


「おい、サガ!」

「俺がシアの腕をつかもうとしたから、こいつは動いた。それだけだ」


 咎めるような仲間の言葉にも、冷静に対応する。

 名を呼び捨てられる感覚は、とても久しぶりで、しかもその名が呼ばれなれないものだから、とても違和感を感じていた。

 しかしなぜだろうか、嫌な感じはしないのだ。

 サガは信用できる、そう、直感が告げていた。


「どうして腕を?」


 だから本人に真意を問う。

 ギルが嫌そうな顔をしたが、剣は降ろさずに、それでも黙って聞いていた。


「聞きたいことがあったからだ。引き留めようとした」

「……なるほどね」


 レンティシアは、ここでは一人の少女だが、本当は一国の王女であり、気軽に触れることは許されない。

 ギルの行動は、王女を守る騎士としては正しい。

 しかし、同僚を庇うにしては、あまりにも神経質すぎた。これでは、レンティシアは守らなければならない人物なのだと、公言してしまったようなものだ。

 

「剣を降ろしなさい」

 

 静かな声が、やけに大きく響く。

 その声に、今度はため息をついて、剣を降ろす。

 それでもレンティシアを庇うようにしているその姿勢は変わらない。

 しかしギルが剣を降ろしたことで、場の緊張は少しだけほぐれた。

 サガ以外の五人も、サガが謝ったことで、さきほどのような険悪なムードは消し去っていた。


「それで、聞きたいことって?」


 サガはその言葉に、一瞬、迷ったような表情を見せた。

 そしてゆっくりと口を開く。


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