語られぬ十日間はここから始まる
太陽がのぼり、空がようやく明るさを取り戻した頃、長い金髪を高い位置で結い上げて、強い意志のともった碧い瞳を持つ少女は、笑顔で振り返った。
「十日間、覚悟なさい!」
笑顔で振りかえられた青年は、どこか無造作な金髪に、碧い瞳。そして、騎士の制服を着ている。
「おおせのままに。姫」
青年はすっと美しい礼をとる。
少女はそれを、どことなく気に入らない様子で見つめたあと、その青年の後ろに控えていた十数名の騎士および侍女および、自分の婚約者に告げる。
「一人でもついてきたら……わかってるわね?」
美人は怒らせると怖い。
美しい顔立ちの少女は、恐ろしい形相でにらんだ。
それは、姫のするような表情とは言えない。
しかしその様子を気にするでもなく、姫の婚約者は、落ち着いた笑みを見せて、静かにうなずく。
「それが、約束でしたからね。ノア・ヴェントスの名にかけて、王女、ミオ・レンティシア様との約束は違えません」
丁寧な物腰で、ノアは頭を下げる。
その場にいるほぼ全員が金髪碧眼の中で、彼だけは、黒髪に黒い瞳だった。
「わかったなら、いいわ。行くわよ」
少女はそういって、ただひとり、騎士の制服を着た青年だけをともに、城を出る。
これはシュトレリッツ王国史に、稀代の名君として名を残す、女王ミオ・シュトレリッツが、女王になる前の、彼女の最後のわがままを通した十日間のお話。
決して、後世に残ることのない、姫と騎士の物語。