<気合を入れるとろくな事がない件>
「な、なあ……何してるんだ?……ですか?」
「ちょっとした実験だ―――ルゥ! 頼む」
「なの!」
かなり離れた位置に転がっている、地面に落ちた木の実に向けて幼女様が手を振ると、それは回収された。
少女は、そんな俺の様子を怖怖と、それでいて興味深げに見ている。
―――何をしているか? それは“所有条件”の確認だ。
本当なら安全な所で落ち着いてから、じっくりと検証するつもりだったんだがな……。
山賊たちはローテーションを組んで活動している。
収獲が有ろうと無かろうと、日が暮れる前には拠点に戻るのが通例らしい。
もう空は赤くなり始めている。後一、二時間もすれば完全に日が暮れ、辺りは夜の帳に包まれるだろう。
戻るべき山賊は、すでにいない。
そうなると、戻らない仲間を残った山賊たちが探し始めるのも時間の問題だ。
俺に実力があるなら、それを見越して待ち伏せ、各個撃破するのもアリだが……まあ無理だ。
だが幸いなことに彼女―――ライカは協力的だ。
ライカは簡単な魔法を使える。
火を出したり、風を起こしたりなどだ。さらにそれなりに体術も使えるらしい。
それでも山賊と一対一で戦うには、分が悪いとのこと。
―――味方としては頼りなく。敵に回すと十分な脅威となるわけで、実に微妙だ。
乾いた笑いが出そうになるのを堪えながら、検証作業を続ける。
何時来るか分からない山賊に怯えたまま、夜の林道を逃げ惑うのは自殺行為だ。
勝機は一つ。
山賊たちがバラける前に拠点を強襲。一気に殲滅すること。これが生き残るための最善手だ。
だが、実力は当然足りない。
真っ向勝負で勝ち目は無い。勝ち目がないなら搦め手を使うしかない。
そして、その搦め手となりそうなのは、今のところ幼女様しかいないのだ。
でも、その力は制約が多い。
だからこそ、現時点で出来ることを把握して、それを最大限に利用するしか俺に活路はない。
落ちてる木の実を指差し、俺のモノだと宣告。回収を頼む―――アウト
落ちてる木の実を拾い上げ、離れたところに投げて見失ったところで、回収を頼む―――セーフ
落ちてる木の実を拾い上げ、適当に投げ“捨て”てから、回収を頼む―――アウト
落ちてる木の実を軽く蹴り飛ばし、回収を頼む―――アウト
落ちてる木の実に触れた後、回収を頼む―――セーフ
枝に付いてる木の実に触れた後、回収を頼む―――アウト
枝に付いてる木の実をもぎ取った後、回収を頼む―――セーフ
「ふむ……ライカ。ちょっと手伝ってくれ」
「え? あ、ああ。どうすりゃいいのさ?」
木の実を拾い上げ、ライカに手渡してから、回収を頼む―――セーフ
木の実を拾い上げ、これを譲渡すると思いながらライカに手渡して、回収を頼む―――アウト
地面に落ちたままだった、ライカのナイフを拾い上げ、回収を頼む―――アウト
ナイフを持ったまま、ライカに借りると宣言して、了承の前に回収を頼む―――アウト
借りるという宣言に対して、ライカの了承を待ってから、回収を頼む―――セーフ
ライカに木の実を貸すと宣告。手渡した後、回収を頼む―――アウト
ライカに木の実を貸し渡した後。返せと宣告して、了承の前に回収を頼む―――セーフ
「貸し借りは貸主の意思優先。盗品は対象外ってことか?」
「なの?」
「?????」
ライカに木の実を拾って貰い、それを渡すように指示。了承を待ってから回収を頼む―――セーフ
ライカに木の実を捨ててもらい。捨てたそれを改めて俺に譲るように約束させた後、転がってる木の実の回収を頼む―――アウト
ライカに木の実を拾って貰い、それを遠くに投げるように指示。それから回収を頼む―――セーフ
「譲渡の場合は、直接受け取る必要はない……と」
「なの!」
「あ、あのさ……あんたは何をやって……」
「敵の装備を直接奪って無力化―――は、無理ってことだ」
「はぁ? い、意味分からないんだけど?!」
―――まあ武器を奪った所で、素手で撲殺されるだけなんだけどな!
「ルゥ、次の検証に移るが……疲れてないか?」
「だいじょうぶ、なの」
「??」
「おっと、ライカ。ちょっと離れてくれ。
そうそう、そのくらいでいい。ああ、身構えなくても良い。危険は無いから―――たぶん」
「え? あ、ああ……って、ちょっと!? ええっ?」
所有物の回収。幼女様に預かって貰うための条件の検証はとりあえずこのくらいで良い。
次は、預かってもらったモノの受け取り―――出現の条件だ。
預けた木の実を出すように頼む―――幼女様と俺の中間に出現した。
後ろを振り向いて背を向けたまま、預けた木の実を出すように頼む―――幼女様の目の前に出現した。
預けた木の実を俺に渡すように頼む―――俺の目の前に出現した。慌てて受け取ろうとしたが、掴みそこねた。
預けた木の実を、ライカに渡すように頼む―――ライカの目の前に出現。ライカは慌てて手を出して受け取った。
俺と少女の対応を見比べた後、怪訝そうな顔つきで、視線をこっちに向けた幼女様。
その視線から微妙に目を逸らし、誤魔化すように口を開き、検証を続けようと促す俺。
「何処に出すかは、ルゥが決めてるのか?」
「そう、なの」
預けた木の実を、ライカにぶつけるように頼む―――アウト。拒否された。
預けた木の実を、ライカの頭上に出すように頼む―――出現した木の実は重力に引かれ、コツンとライカの頭にぶつかった。
「これは“アリ”なのか?」
「あり? なの?」
「いやいや、疑問を疑問で返されてもなあ……。
ま、いいや。じゃ同じように、剣をライカの頭上に出すことはできるか?」
「できる、なの
―――でも、あぶないから、だめ、なの!」
「ちょ!? ちょっとー!?」
「不可抗力も干渉と見做されるのか?」
「わからない、なの……」
木の実で出来るなら、剣や岩でも同じことができそうだが、やらない方が良さそうだ。
おそらく、禁止事項について明快な基準が存在するんだろうが、肝心の幼女様が正確に把握出来てない以上、禁忌に触れる可能性が高い行動は避けるべきだ。
強行して、幼女様の立場が悪くなったり、罰を受けるような状況に追い込みたくはない。
「もう少し検証を続けたいが―――もう時間がないな」
「……そうだね、そろそろ動かないと、アイツらが先に動くよ」
「そうだな。さっさとそいつらを片付けて、寝床をどうにかしないとな」
「そ、そうだよ。さ、こっちだよ。ついて来て!」
そう言って少女は林道から外れ、獣道を歩き始める。
少女は俺が山賊を倒せると信じてるようだ。まあ、そう信じるように思わせたんだから当然だが……。
一応、山賊をどうにかする手段は思いついた。
だが、それは相手の状況によって成否が大きく変わる不確実な方法だ。
俺が勇者として旅立つには、色々と確かめ準備することが残ってる。
現時点では、そのスタートラインにすら立ってない状態だ。
幼女様の期待に答えるためにも。
とりあえず生き残るためにも、ここで勝って生き残る必要がある。
そりゃなりふり構わず命乞いして、山賊に媚売って使いっ走りなりに堕ち、無様に生きる道もある。
だが、さすがにそれは選べない。選んじゃいけない。
大口叩いた上に、不確実とは言っても勝機があるんだ、賭ける価値は十分にある。
賭けるするのは命と矜持。
勝率は低い。俺はギャンブラーじゃない。危ない賭けはしない。そもそも賭け事は嫌いだ。
だが、賭けはすでに始まっている。
勇者に成ると―――勇者を継ぐと、妖精神様に誓った時。運命の輪は回った。
すでに詰んでた人生。その残りを、俺はルゥに賭けた。この世界で生きることに賭けた。
魔法が使えなかったり、神器や特殊能力とかも無かったり状況は予想以上に不利だ。
身体強化もなければ、年齢的に、後の成長も見込めない。
そんな無い無い尽くしの俺が、本当に勇者としてやっていけるのか? 答えは是、だ。
「俺は元勇者と違う方法で勇者になる。
あいつの真似は―――俺には無理だ」
「……なの」
剣を使え、魔法も使え、精霊も使え、戦乙女を戦友として、性格良し、おまけに顔も良い。ある意味パーフェクトな勇者様。
―――俺とは何もかもが違う。
そんな勇者の見本のような彼にも欠点はあった。
いや、それは美点とも言えることで、欠点と切って捨てるのは暴論かもしれない。
優しいこと。それ自体は悪いことではない。だが、優し過ぎる事は、身の破滅に繋がる。
また、実力があったことも裏目に出た。
彼は―――元勇者は、誰にも頼らなかった。
頼らずとも、一人でも戦えるだけの強さを持っていた。
それが故に―――周りに不幸を招いた。
妖精神は嘆き悲しみ、その場に崩れ落ちた。
戦乙女は怒り嘆き、何処となく立ち去った。
妖精神は、少女の策に気づいていた。気づいていたが、それを伝えなかった。
彼が―――助力や助言を望んでいなかったからだ。
戦乙女は力を抑えていた。
本気を出していれば、ただの一振りで山賊如きは跡形なく壊滅できた。
だが、彼はそれを望まなかった。力を借りることを拒否した。
自分の実力を上げるため、最小限の助力しか望まなかった。
迷惑をかけないために、頼ろうとしなかった。
慢心と言えば慢心。だが、驕ってた訳ではない。
気軽に力を借りることが、修行への妨げとなるのは間違いなく事実だからだ。
そして、それで生きていけるだけの実力もある。
彼の姿勢は正しい。
己を律し。他者に依存しない生き方は、彼には合っていた。
誤算は一つ。
己の優しさを―――甘さを自覚してなかったことだ。
「だから、今言っておく。
ルゥ。俺に手を貸してくれ。
何かあれば教えてくれ。出来ることがあるなら伝えてくれ。これからも―――手伝ってくれ」
俺は無力だ。
無力だからこそ、使えるものは使う。借りれるものは借りる。手助けも求める。
「―――代わりに、勇者としての使命を果たす!」
俺の言葉を聞いた妖精神様は、黙ってうつ向いたままだ。
―――呆れられたのだろうか?
まあ、それならそれでしょうがないわな。自分で言っていてなんだが、情けなさ全開だからな……。
だけど、それしかないのも現実だ。
これで見捨てられたら終了だな。
それはそれで、賭けに負けただけだ。
だからと言って、抵抗せず死を受け入れる程、俺はいさぎよい人間じゃない。足掻くだけ足掻くさ。
あーそうなると、ライカをどうするかだな?
煽るだけ煽って、はいさよならじゃ薄情すぎるから、とりあえず山賊の残党だけでもなんとかしないとな……。
「……なの」
「ん?」
「ゆうしゃがしぬのは、いや、なの
―――だから、てをかす、なの! わたしもがんばる、なの!」
「ルゥ……」
「だから、もうしんじゃだめ、なの!」
頭を上げた俺を見る妖精神様の瞳には、涙が溜まっていた。
―――ああ、そういうことか。
幼女様も悔しかったんだな。勇者を死なせたことが……。
「ああ、頑張ってくれ。俺には、お前が必要だ!
―――だが、無理はするなよ?」
「なの!」
―――俺はすでに無理してるがな!
幼女様の頭をポンポンと軽く叩いたあと、手を差し伸べる。
差し伸べた手を、幼女様が取ったのを確認すると、ひょいと持ち上げ、肩車する。
驚く幼女様に、威勢良く。先の不安を晴らすように声をかける。
「さーて、まずはさっさと山賊を片付けて、街に行こうか!
―――なーに。どうにかなるし、どうにかするさ! 俺を信じろ!」
「なの!」
「俺も、お前を信じる!」
「!?
―――なの!」
楽観主義も良いとこだと苦笑する。
前途多難なのは確実だが、不思議となんとかなる気がする。この際、気のせいでも錯覚でも構わない。
―――先を恐れて立ち止まるより、マシだ。
「おーい、何やってるのさ? グズグズしてる暇は無いよ! ……な、ないですよ?」
「おっと悪い。そいじゃ、行こうか!」
先導のライカから声をかけられる。ちょっと、待たせすぎたか?
その声に軽く答え、肩車したまま獣道を歩き始める。
さあ、ここからだ。
スタートラインに立つための第一歩。
先は遠いが歩かないことには、近づけない。千里の道も一歩から!
さあ、いくぞ!
――――――
―――
―
―――そして、その三歩目で木の根に躓いた。
「ゴフッ!?」
「なの?!」
「―――なにやってるのさ?」
躓いて転び。打った膝を手で抑えうずくまる俺。
ふわりと着地して、そんな俺を心配そうな目で―――大丈夫かコイツ?って目で見てる幼女様。
呆れたような声を出し、怪訝そうな目で見ている少女。
―――うむ。前途多難ってレベルじゃねー!? ホントに大丈夫か? 俺!!」
「こんな勇者で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない!」
主人公は、勇者を甘いだの優しいだの貶してますが、そんな主人公も結構甘いです。
甘いのは女子供限定ですがw
他人に優しく、自分に厳しい勇者様。
他人に厳しく、自分に優しい主人公。
―――大成するのは、どちらでしょうか?
―――
――
―
答えは、運が良い方です。
身も蓋もない回答ですが、それが現実だと思います。