<甘く見るとろくな事がない件>
「……で、残ったコレとアレは、俺以外に所有権があるってことか?」
「そう、なの」
眼に映るのは、血溜まりに倒れる一人の男性と、少し離れたところに倒れている一人の少女。
―――俺の“所有物”になってない二人の山賊だ。
「ふむ……」
少女は死んでいない。故に俺の所有物となっていないのは当たり前だ。
問題は、肩から腰まで胴体をざっくりと袈裟斬りされた、足元に転がる男だ。
どうみても死んでいる。むしろ生きてたら奇跡どころじゃすまないわな……。
「考えられるのは親子……ってとこかな?」
「なの?」
幼女様にもわからないらしい。
所有権の有無は分かっても、その条件は知らないってことか……。
どうもやはり、幼女様の知識は偏ってる。ある程度は俺が試行錯誤していくしかないようだ。
少女が生きている。そして、残った男が彼女の父だとする。
だとすれば、男の遺体が遺族である少女に自動的に継承され、彼女の所有物となるのは当然だろう。
経緯から考えても矛盾はない―――無いのだが、疑問は残る。
生きた家族。つまり、遺族が居るのはこの男だけとは限らないってことだ。
回収できた死体は5~6人。死体の損壊が激しいのもいるため正確な人数は割り出して無いが、それでも5~6人の遺体の全てに遺族がいないとは思えない。
山賊になる過程で、身内のいない孤児ばかりが集まったとするならおかしくはないが、それでも親族が全くいないのは不自然に思える。
予想できるパターンとしては―――
*遺族として所有権を主張できる親等に制限がある。
*所有権を主張するにはその場に立ち会う必要がある。
*実は死んでいない。
*預かれる数や量に制限があり、定数を超えたために除外された。
―――と、言ったところだろうか?
一つ目と二つ目、これはどちらもありうる上に、現時点での検証は不可能なので放置。
三つ目はありえない、と言いたいが可能性がひとつあったな。
「ルゥ。こいつは普通に死んでるよな?
―――アンデットに、成ったりしてないよな?」
「だいじょうぶ、なの
ちゃんと“よみ”にいってる、なの」
黄泉の世界ってやっぱりあるんだな。輪廻転生の件も含めて色々聞いてみたいところだが……まあ、それは後で良いや。
アンデットじゃないなら、残る可能性はひとつ。
「なあ、あとどのくらい預かれる?
重かったり、キツかったりしないか?」
「ぜんぜん、だいじょうぶ、なの」
余裕らしい。
詳しく聞くと、異空間の広さは実質的に無限なので、幼女様が扱える範囲のモノなら制限はないってことだ。
さすがは神様だと感心したが―――“扱える範囲”が微妙っぽい。
とりあえず今は“成人男性が、両手で持ち上げれるくらいのもの”が限度らしい。
しょぼい……と、一瞬思ったが、良く考えてみれば十分だ。
数に制限がないなら、小分けにすれば大きなものでも対象にできるってことだろうし、応用は効きそうだ。
それに“今は”ってことは将来的な強化も期待できる。
―――それが、10年後、100年後じゃなければ、だけどな!
「ふむ。だとするとやはり。
一つ目か二つ目ってことか? ん? まてよ……?」
「なの?」
前提を間違えてた可能性があった。
より単純に、死亡した時点で自分の死体も含めて所有権がなくなる可能性だ。
つまり、遺族だからとか一切関係なく、誰のものでもなくなる場合だ。
誰のものでも無いなら、その所有権は早い者勝ちだ。
この場合。経緯から考えると父を殺されたことを少女は認識している。その場合、当然のように遺体を自分のモノとして扱うだろう。
よって、俺が所有権を得る前に、彼女が所有権を得た可能性は高い。
これも理屈に矛盾はない。
「うーん。仮定ばかりじゃ意味ないな。
実際に色々と検証してみるか……ルゥ。試してみていいか?」
「なの?」
「そうだな、ためしにそこらの木の実でも……!?」
「あぶない! なの!!」
幼女様に警告され、反射的に飛び退く。
飛び退いた直後。目の前を赤い塊が通りすぎ、木の一つに直撃する。
直撃した赤い塊―――火の玉はそこで炸裂して、樹の幹に大きな焦げ跡を残し消滅した。
少し焦げた前髪から漂う、毛の焦げた独特の異臭が鼻を突く。
「チッ」と舌打ちが聞こえ、それにあわせて反射的に振り向く。
内心の動揺を包み隠し、陽気に、余裕たっぷりにみえるように声をかける。
「―――よお! 目が覚めたみたいだな」
いつの間にか目を覚まし、立ち上がっていた少女に声をかけると、少女はそれに答えるように鋭く叫んだ。
「父から離れて!」
少女の視線を伺うと、足元の死体をチラチラとみているのが分かる。
これで、この遺体と少女の関係が確定した。
後は少女を問い詰めて、色々と検証とすりあわせたいところだが……。
―――それどころじゃねーよ!?
え? なに今の火の玉!?
魔法? たかが山賊が? 14~15程度の小娘が?
そんなことより、なんで起きてるの? なんで動けてるんだ?
あ、ポーションぶっかけたから?
いやいや、それを想定して、ロープで軽くだけど縛ってたはずなのに?
え”?! ロープが無い。なんで?
……アッー!? しまった。
(「それじゃ悪いが、“今、俺が身につけてるモノ”以外全て預かっててくれ」)
やっちまった。縛ってたロープを除外してなかったから纏めて回収されたんだ!
あー、えー、うー。
落ち着け、俺! びーくーるだ、俺!
深呼吸―――してる暇はないけど、冷静になれ、俺!
「別に構わないが―――いきなり攻撃は、いただけないな……」
動揺を表に出さないよう振る舞え、俺!
焦るな、慌てるな。魔法を使えるのも、自由に動けるのも想定外だけど……相手は。年下の女の子一人。
冷静になれば、どうとでも対処できる!
遺体から一歩離れ、チラりと焦げた木を一瞥して考察する。
焦げの範囲は直径で30糎。焦げ跡はどす黒く、未だに煙が燻っているのが分かる。
凹んでるように見えない事から、火の玉に質量はおそらく無い。だが、熱量は一瞬で木を焦がす程度はあるらしい。
それが人体に当たった場合。やけど程度じゃすまないのが見て取れる。
一瞬だったが、認識できたため、投擲速度はそこまではなさそうだが、うまく避けれるかは怪しい。
動揺を表面上隠してるが、足がすくんでいるのが自分でも分かる。
震えてないだけマシだが、機敏な動きができるとは思えない。
少女との距離は10米も無く、障害物もない。
少女が使ってたであろうショートソードは、こちらの足元に転がっている。
つまり彼女は丸腰。
対して俺は、防具は無いが、鞘とロングソードを両手にそれぞれ握っている。
剣なんて、学生の頃に授業で剣道を少し習ったくらいなので、まともに扱える自信は無い。
自信は無いが、長い刃物を持った成人男性と、素手の少女。
だったら剣の習熟度とは無関係に、俺の方にアドバンテージがある……。
―――相手が魔法を使えなければな!
「ルゥ、解説を頼む」
「なの?」
「―――今の火の玉についてだ」
「わかった! なの」
<火弾>
ごくごく初級の魔法で、習うことが出来れば殆どの女性が使える簡単な魔法らしい。
そう“女性”
魔法の素養は、個人差も当然あるが、男女で言うなら女性の方が圧倒的に高い。
そのため、簡単な攻撃魔法を使える女性は多く。男尊女卑の思想も現代並みに少ないようだ。
そりゃそうだ。男性が腕力で物を言わせても、女性も魔力で反撃できる訳だからな。
―――と言っても、魔力を魔法に転化するにはそれなりに教養もいるし、詠唱破棄は高度な技術なため、近距離だと“戦士>魔法使い”の法則も適用されるので、平均的に見るとやはり女性は、か弱いと言えるだろう。
だが、だからと言って、目の前に居る少女が、か弱いかどうかは別問題だ。
少女を観察してみる。
年齢は凡そ14~15才。中高生程度。
身長は俺より低いが、小柄って程でもなく。やや痩せてるようではあるが佇まいに頼りなさは感じられない。
髪は薄汚れてわかりづらいが金髪セミショート。肌は荒れてはいるが若々しい。
顔立ちは西洋系で、美人とは言えないが悪くもないが、ボロい貫頭衣を着てるだけなので魅力は感じない。
予想以上にポーションが効いたらしく、傷を気にしてる様子は伺えず、動作に隙がない。
少女とは思えぬほど眼光も鋭く、こちらの様子を冷静に探っているのが見て取れる。
胸の前では、両手を奇妙な形で組んで“印”のようなもの結んでいる。
詳しくはわからないが、魔法の準備だと予想できる。相手に油断は感じられない。
―――ぶっちゃけ、勝てる気がしねえよ!?
冷静になれば、どうとでも対処できる! (キリッ
―――キリッ っじゃねーよ! どうすんだよ、俺!?
ま、まあ……。まあ。落ち着け、俺。
力ずくが難しくなっただけで、詰んだ訳じゃない。
いざとなれば、死ぬほど痛いだろうけど回復薬も残ってる。相打ち覚悟の特攻をかければ良いだけだ。
まずは交渉。正しい意味で、O・HA・NA・SHIしなくちゃな!
「ねえ、さっきから誰と話をしてるわけ?」
「うん? そりゃこの子とだが?
―――っと、ああそうか、そういやそうだったな……」
余裕なんて無いが、余裕に見せるため、剣先を持ち上げ、刃ではなく平の部分を当てるように肩に載せる。
幼女様。妖精神は今のところ俺以外には、見えない、聞こえない、触れない。空気以上に希薄な存在だ。
―――あれ? 俺って客観的にみると、誰もいない空間にブツブツ呟く危ない人?
「あーまー、キニスルナ」
「なの?」
「いやいや、ルゥに言ったんじゃな……い!?」
「……」
小首を傾けた幼女様に思わず反応してしまった。
やばい。少女の目線と沈黙が痛い。
不審者を見る目から、危ない人を見る目に変わりそうだ。
言い訳をするべきか? それともいっそ狂人のフリをしてみるか?
電波を受けた可哀想な人を演じ同情を誘う?
電波な奇人を演じ近寄らない方が良いと思わせるか?
―――どっちもダメだろ。普通……。さてさてさて、どうしたものやら?
対応に困ってる俺をジッと見てる少女。
少女は少女で、対応に困ってるっぽい。あーまあそうだろうな。
こっちも予想外の展開で困ってるが、少女は少女で状況不明で悩まない方がオカシイ。
そうこうしてると、考え込んでいた少女が何かに気付いたように目を見開くと、警戒するように一歩後ずさった。
「精霊使いが、なんで二人もこんなところに……」
どうやら少女は、何か勘違いしてくれたらしい。
―――後は、その勘違いが吉と出るか、蛇と出るかだ。
主人公はいわゆるヘタレでは無いですよ?
だからと言って格別に勇敢な訳でもない、ようは普通の人です。
相打ちオッケーと言っていますが、ぶっちゃけ強がってるだけです。
回復薬があるからと理屈をつけ、無理やり自分を納得させてるだけで、豪胆でも怖いもの知らずでもありません。
人の目。それも小さい子(神様と言っても見た目と感覚は幼女)が側にいるので、無理してるだけだったりします。
そう、主人公は、ある意味ではヘタレです。
人の目を気にして、自分のみっともない所を見せるのを恐れるヘタレです。
そのため、その場の勢いで、出来るかどうか分らないことを安請け合いしてドツボにハマる。
―――そういった、社会不適合者。それが主人公です。