<安請け合いするとろくな事が無い件>
「俺が勇者を引き継ぐ」
「……いいの?」
「俺が、俺の世界への帰る方法。分からないんだろ?」
「……(コクコク)」
「人間の勇者が最適だけど、人間には声が聞こえないんだろ?」
「そうなの……あれ? じゃあ、あなたはにんげん、ちがうの??」
「俺は人間だ。人間だけど君の姿も見えるし、話もできる」
「ふしぎ、なの」
異世界人だからだろうな。
もっと言うなら、日本人だからかな?
俺も含めた大多数の日本人は八百万神を信じてる。正月には神社に行って、葬式にはお寺。結婚式は教会と節操無く。満遍なく四方八方の神様に敬意を払い。神聖なモノを神聖なモノとして扱う民族だ。
だが当人に自覚はない。
自覚する必要がないほど、見えざるものへの畏敬の心は、生活に根ざし浸透しているからだ。
引き篭もりの俺ですら、正月の神社参りくらいはしてるからな……。
ましてや幼女神!! 信仰しない理由は無い!……ってか? 大きなお友達的な意味で。
「他の人間で、君の声が聞ける
―――妖精神様を信じてる“人間”はいるのか?」
「……いないとおもう、なの」
歴史的に鑑みて、対魔族的な意味でも神々の存在を疑うものはいないだろう。
だが、だからといって“信仰”するかどうかは別問題であり。
さらに言うなら、複数の神々が居るんだから、人気の有無が生じてもおかしくはないわな。
ましてや「妖精の神」と定義されてる神様を、妖精以外の種族が信仰する方がオカシイってこと。
考えれば考えるほど、“人々”を導く勇者の後見人としては人選ミスと言わざるを得ない。
「なら決まりだ」
「なの!」
安請け合いも良いところだが、まあいい。
―――どの道詰んでた人生、新天地で違う生き方を選ぶのも悪くない。
さて、引き受けたは良いが、とりあえずどうしたものかな?
現在の俺は、勇者レベル1ってとこだろう。
いや、年齢やこれまでの不摂生を考えると、0どころかマイナスかもしれん。
装備も着のみそのまま。武器も防具もありゃしない。
周りは人気のない森。遠くからは獣っぽい声も聞こえてくる。
前の勇者は普通に死んだ。お金半分で復活なんて言う、ご都合主義は否定されている。
―――あれ? こっちも詰んでね?
「……ちょいと確認したいんだが、勇者に関する特典とかないのか?」
「とくてん?」
小首を傾げる妖精神様はとても可愛らしい―――と、それはさておき。
身体強化の加護とか、話に聞いた神器の賜りとか、そういった起死回生のボーナスでもないと、勇者としてやっていけるはずがないわけで、小一時間かけてでも聞き出す必要があるわな。
「んーどう説明するかな? 例えばそう―――!?」
「なの?」
声が聞こえた気がする。
少し離れたところに倒れている勇者に近づき、改めて確認するが、やはり彼ではない。
「―――っ」
「気のせい……じゃなさそうだな」
辺りを見渡す。左右の森の中からじゃない。
少し先にある丘のようになった坂道の向こうからだろうか?
「なぁ、こいつらか?」
「そう、なの……」
丘の向こう側、そこには山賊たちが居た。
数はさほど多くはない。7~8人と言ったところだ。
とは言え、お互いに素人だと仮定しても、相手は武装した集団だ。
丸腰で単独の俺に勝ち目はない。確実に詰んでいた。ここで俺の冒険は終わってた。
―――彼らが生きていたら、だが。
眼の前に広がるは血の海。愚かにも人類の希望たる勇者を殺した咎人たちの末路。
暴虐の嵐に見まわれたが如く、五体のいずれかが欠けた物言わぬ骸の山。
撒かれた臓器と汚物がもたらす臭気が鼻を突き、俺は顔を歪ませた。
「―――がおこった、なの」
「―――? 誰だそれ?」
勇者唯一の仲間であり、文字通り勇者の“剣”であった戦乙女の“ルシア”
―――
普段は形を変え、勇者の持つ剣として身を委ね、共に戦っていたが、勇者の死に怒り狂い実体化。
山賊を惨殺した後、天を仰いで狂ったように笑いながら立ち去ったそうだ。
なら最初から実体化してれば良かったと思ったが、そうもいかないらしい。
戦乙女。つまり神や、神に類する存在は様々な“制約”がある。
制約の条件は様々だが、とどのつまり。直接的な干渉はアウト。ってこと。
ルシア。彼女の場合、それを“剣”に変化することでセーフにしてた訳だ―――が、結果的に実体化して、力を振るった。直接的に干渉してしまった。
制約を破った彼女は、どこに行ったのだろうか? どうなるのだろうか?
「……まぁいいや。
この場にいない人のことを考えるよりも、この場にいる人のことを考えるべきだよな」
骸の山は、正確ではない。数人は、まだ息があるようだ。
―――どう見ても致命傷で、救命の余地はなさそうだけどな。
「なあ、こっちでは死体の処理はどうなってるんだ?
火葬? 土葬? それとも鳥葬とかか?」
「よくわからない、なの」
根気よく訊き出すと地域や状況によって変わるらしい。
基本的には土葬だが、戦などで大量の死者が出た場合。疫病避けや黄泉返り防止 に一箇所に集めて火葬するそうだ。
となるとこいつらも埋めた方が良いのだろうか?
―――無理だ。人手も道具も足りない。
「ん……、コレで良いか……」
「なの?」
人、一人埋めるための穴を掘るのは重労働だ。
浅いと野犬とかに掘り返されるため、ある程度の深さを掘る必要がある。
現状では、前の勇者を埋めてやることすら出来そうにない。
と、つらつらと考えながら転がってる剣を一本拾い上げる。
「よっと―――うーん。やっぱり片手じゃ無理か……」
「なの!?」
拾い上げた剣で、サクっと刺そうとしたが、思いの外重く。片手ではうまく刺せそうにない。
しかたなく、改めて両手でしっかりと逆手に持ち直し。勢いをつけて剣先を突き刺す。
―――まだ息のある、倒れた山賊の眉間を狙って、だ。
「ガッ!?」
「まず、一人、と……」
「……?」
幼女な妖精神が、怪訝そうな顔で見ている。
そりゃそうだろう。何もしなくてもすぐに死ぬのは眼に見えてるのに、わざわざ止めを刺してるんだからな。
しかしまあ、精神構造が違うのか? 状況を理解してないのか?
いずれかは不明だが、怯えたり動揺していないのは、見た目幼女でも、さすがは神様と言うべきだろうか?
まあいいさ。
止めを刺した理由は色々ある。
助からないのが明白なので、苦しまないように介錯するため。
―――偽善者、おつ。とか。
勇者を殺した罰を与えるため。
―――八つ当たり、おつ。とか。
ヒャッハー! 止めを刺して、経験値ゲットだぜ!
―――経験値なんてあるのか? とか。
うん。最後は微妙に違う。というか発想がオカシイ。
無様に取り乱すのは嫌なんで、冷静になろうと振舞ってるけど、やっぱそれなりに混乱してるんだな、俺。
「これで二人―――せいっ!」
「グガッ!?」
眉間を狙うのは、確実に殺すためだ。
狙いが多少、外れても眼球を貫き脳を破壊できるからだ。
―――その結果。目玉をえぐり、眼窩を削って頭蓋を砕き、脳症をぶちまけた。思わず声が出る。
「うわぁ……」
剣越しに手に伝わる名状しがたいコノ感触は、きっと一生忘れないだろう。
「なにをやってる、なの?」
妖精神に問われた。声に怒りや憐憫の情は感じられない。純粋に疑問符を浮かべてるだけらしい。
だとすると、コレは勇者の行動としては正しくもなければ、間違いでもないってことかな?
「勇者として生きていくための覚悟を決めるため―――かな?」
「???」
理由は色々あるが、最大の理由はコレ。日常と非日常の一線を超えるためだ。
“殺人”と言う日本に生きる現代人の禁忌を、敢えて犯すことで、後戻りできなくするためだ。
―――夢に見なきゃ良いが、無理だろうな。
「綺麗事だけじゃ英雄には……“勇者”にはなれないだろ?
こういう事にも―――人を殺す事にも、慣れとかないとな」
―――前の勇者の二の舞を演じたく無いからな。
「そう……なの?」
「ああ、そうだ」
しかし、これまで話してきてなんとなく分かってきたことがある。
それは妖精神様が見た目通り……いや、見た目以上に“子供”だと言うことだ。
知識はある。さすがは神様だけあって、おそらく普通の人は知らないようなことも知っている。
だが、それを活かす知恵が感じられない。
知識はあっても、応用ができない。
極端な話。普通の子供に辞書を持たせ、質問に答えさせてる。そういった感じが強い。
―――ますます持ってして、幼い子に責任を押し付けた、他の神々への憤りが募る。
「んー。ちょいと話しは変わるけど
妖精神様のこと、なんて呼べばいい?」
「わたしのなまえは、ルー・ルー・ルー なの
さっきもなのった、なの!」
頬を膨らませ抗議する幼女の姿を見てると、ぷんぷんと言った幻聴が聞こえてきそうだ。
やはり子供か。おそらく一年や二年じゃ効かない付き合いになるだろうし、付き合い方をキチッと考える必要が有りそうだ。
「いやいや、そうじゃなくてさ。
ルー・ルー・ルーだと、ちょっと発音し難くてね」
「?」
「あだ名とかで呼んでいいか?」
「あだな?」
神様相手に馴れ馴れしくしすぎるのもどうかと思うが、これまで散々タメ口どころか。
小さい子を相手するような口を聞いてきたわけなんで、いまさら敬語に直すのもどうかと思うわけだ。
だったらいっそ、友達のような感覚で接してみよう。
生きてきた年数は彼女の方が多いかもしれないが、社会経験では俺のほうが上だろう。
色々と教えていく必要があるし、実際に教えることも可能だろう。
―――ヒキニートだから、反面教師になる可能性は否定できないけどな!
「そうだな……“ルゥ”ってのはどうだ?」
「るぅ?」
「安直だが、語感も良いし、どうかな?」
「るぅ……うん。いい、なの!」
了承も得られた。これで一安心だな。
後は旅の中で様々な経験を、お互いに積んでいけば良い。
これは完全に俺の我侭だが。ルゥには神々<あいつら>みたいには、なって欲しくない。
そのためには、おこがましい話だが、色々と教育する必要もあるだろう。
―――チラッと、光源氏計画と言う言葉が脳裏をよぎったが忘れることにする。むしろ忘れろ!
「うん。それじゃ俺のことも勇者だけじゃなく。適当なあだ名で呼んでいいからな」
「わかった、なの!」
あだ名が気に入ったのか、話をしてる内に打ち解けたのか、ルゥは機嫌よく笑っている。
その笑顔に神々しさは無いが、極上と言って良いほど整った容姿を持つ少女の、その微笑は、周りに映る惨劇の光景と相まって、非現実的な印象を与える。
背筋に沿って走る衝撃は、触れがたきものへの恐怖なのか、素晴らしく尊きものを眼にした歓喜か。
―――ヤバイ、鼻血を吹きそうなくらい可愛い。俺が女だったら抱きしめてた!
「……なの?」
俺がロリコンだったら色んな意味で終わってたに違いない。
思わず凝視してたら、ルゥは小首を傾げ、 訝しげな目を向けてきた。
そんな不審者を見るような視線もまた心地良……いやいや、そうじゃなくてさ!
「あーいや、なんでもない」
手を軽く振って誤魔化しながら話題を戻す。
生き残った山賊は三人。残るは一人。先ほどと同じく止めのために剣を振り上げ振り下ろす。
ザクッと先ほどとまでとは違う。肉ではなく、硬い地面を刺した感触と衝撃が手に伝わる。
「……っ。チッ」
「ころさない、なの?」
眉間から大きく狙いを外し、地面に突き立てる形となった剣から手を離す。
そのまま視線をずらし、ルゥの方を向き直る。
「なあ、こいつか?
―――前の勇者を騙したのは」
勇者は死んだ。だが、勇者を死に誘った少女はまだ―――生きていた。
主人公の口調は時と場合で変わりますが本質的な性格は同じです。
躁鬱激しいように見えるのは、なんだかんだ言って動揺してるからです。冷静なようで混乱している。ある意味、質の悪いタイプだったりします。
身体的な成長は殆どありませんが、精神的には成長していく予定です。
社会不適合者から段々と、人々を導く真の勇者へと成長していく―――かもしれません。