解放
「何故驚く必要がある?」
「そうか、君が新しい神子なんだね」
首を傾げる颯姫にスゥが心底楽しげに笑い、ユーナを指差す。
「確かユーナ、だっけ?君すでに神子の資格を失ってるよ?
君の瞳は神子である証の蒼穹の瞳じゃない」
その瞬間ユーナの瞳に視線が集まり皆、驚愕する。
本当にユーナの瞳は蒼穹色ではなく、ただの黒い瞳となっていたのだ。
皆の視線でようやくスゥの言った通りだと気付いたユーナは
手を翳し、力を込めるが何も起こらない。
「いや~、返して私の力を」
絶叫し、颯姫に涙で溢れた瞳を向ける。
その姿に颯姫は一度目を閉じ、それから再び開いた。
その瞳は蒼穹色に輝いていた。
「ユーナ、知ってるかしら?
かつてこの世界を創りし二柱の神のこと
一人は慈愛と光などを司る女神ル・シェンナ
もう一人は破壊と闇などを司る神ス・レガート
二柱は協力し、世界と生物を生み出した。
それと同時に自分達の意思を組む代行者に力を与えた
それが光の神子と闇の御子の始まり
だが人は醜い
時代が進む毎に神子達の存在意義を歪ませ、手を取り合わなければいけない神子と御子を分かたせ、憎しみ合わせた。」
一度大きく息を吸い込む。
「次第に神の威を忘れ、必要になった時だけ頼るようになり
神子達は政治に利用され、悲劇的な最期を辿る者が出るようになって行った。
神子の条件は、弱く儚い力しか持たぬそれでいながら信念を持つ優しき者なんだ」
そう言った途端、叫び声が上がった。
見れば顔を真っ赤にしたユーナだ。
「颯姫ちゃんはその条件に当て嵌まってないじゃない
強くて自分のことも他人も守れるぐらいだし、それに別に優しくない。
要らないでしょう?その力は?
だから私の力を・・・・」
その発言に颯姫は冷たく光る瞳を向ける。
「何故だ?返すとはなんだ?」
「だからその慈愛の力を」
「いつ、お前の力と言った?この力は元々私の力だ。
身を守れないお前に貸していただけのこと。
返せと言われる筋合いはない」
ユーナに淡々と真実を告げた。
「貸した?本来は私の力じゃない?」
呆然と呟くユーナを温かみのない瞳で見下ろす。
「さよなら、ユーナ
愚かしい娘よ、いつまでもそうしてるといい」
髪を翻し、颯姫が軽く身体を震わすと
青い羽根の翼が背に現れた。
その翼を緩やかに羽ばたかせ、スゥから離れる。
「世界が終わるのを私は高みから見守っているとしよう」
そして大きく飛び立とうとした瞬間
強く腕が引かれる
「君は誰だ?
あの神話とも言える話をなぜ知っている。
異界から来た君が何故」
振り返った颯姫の瞳に浮かぶのは大粒の涙
そして緩やかに髪が色を変えながら伸びていく
「忘れてしまったか?
ケンカして私が飛び出してから大分経っているから忘れても仕方ないか」
寂しそうに笑う颯姫
「まさか、ルゥなのか?
本当にルゥ、帰ってきてくれたんだな。」
スゥが颯姫に手を伸ばす。
その手がいや、スゥ自体が駒送りのように年を取り、
20代後半の男性へと姿を変えた。
そして強く颯姫を抱き締めた。
「ルゥ、会いたかった。
あれから幾万の年月が流れ
幾億の世界が消えただろうか
だが、君を忘れることなど一時もなかった」
精悍な面差し
美しい銀を宿す瞳と髪
漆黒の衣を纏い、スゥであった者はその腕に抱く颯姫に囁く。
「スゥ、私も会いたいと願っていた。
すまなかった。
そなたはそなたの考えがあってのことだと言うのに
私はそれを察しもせずそなたから逃げ出していた」
スゥの頬をいとおしげに撫でる颯姫
その髪は黄金に輝き、背を覆い隠しており
幼かった顔立ちはすでに少女の面影はなく
細い肢体は緩やかなカーブを描く女性となっていた。
「私の元に戻って来てくれただけで良い
行こう、私達の在るべき場所へ」
颯姫を抱き寄せたままスゥは軽く手を振る。
すると光輝く馬が二頭急に現れた。
そこまで呆然としていたマルスが我に返ったのか、憎悪に満ちた表情を二人に向ける。
「貴様ら、訳のわからないことをほざくな」
だが二人は振り返らない。
その代わりとばかりに三人が立ちふさがる。
「お前達に止める権利などないはずだが?」
「大人しくしていればいいものを」
「下らない意地かしら?」
キツい一声にはいきり立つ人々