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禾槻の欲しい物

執筆者:ういいち

「禾槻、入るぞ?」

 そう断りを入れたノイウェルの正面で、白い扉が自動的にスライドする。開かれた道の先に数歩踏み込んで、少年は広々とした室内を見回した。

 床には暖色系のカーペットが敷かれ、なにやらフワフワでモコモコの動物を模ったらしいスリッパが置かれている。壁に目をやれば雪を被った峻厳な山や、夕日に照らされ紅色に染まる海という風景が、額縁に収められ飾られていた。どれもが写真と見紛う緻密な精巧さで描かれた絵画であり、思わず感嘆の吐息が漏れる。

 芸術というものがよく分からないノイウェルにも、その絵が持つ力強さや迫力、荘厳さは充分に理解出来た。立ち寄った街で見掛けるや気に入り、善は急げと購入してくる禾槻の気持ちも分からないではない。

 そのまま壁伝いに見ていくと、西壁全面を覆うように設えられた本棚が知れる。スチールに似た材質で作られたノイウェルよりも背の高い本棚には、漫画や小説や雑誌がズラリと並べられていた。作家別、ジャンル別、シリーズごと、全てが均整を持って所定の位置に据えられており、見た目は綺麗で機能的にも分かり易い。一糸乱れぬ揃い様は、持ち主の性格を表しているようだ。

 かなりの蔵書量があり、数日を費やしても全て読破することなど到底不可能だろう。そもそもノイウェルにとって興味の湧かないような品目もチラホラ。あんな物を読み始めたら即刻睡魔に襲われそうである。代表的なのは「月刊・掃除の友」とか「クリーニング奥義百選」とか「この掃除機が凄い」とか「現在考察今時のカビ取り」とか。

 様々な嗜好を持つアストライアメンバーであるが、これらを好んで読むのは禾槻だけだとノイウェルは確信している。残念ながら彼と趣味の話で盛り上がる事は難しそうだ。

 別所へ視線を転じれば、本棚の隣にこれまた大きなクローゼットがある。リリナが同じメイド服を何着も持っているように、禾槻も同じ様相の着物を多く持っているらしい。これは本人談であり確認こそしてはいないものの、閉ざされたクローゼット内に収納されていると予想が立つ。

 他に大きく場所を取っているのは、新品同様皺なくシーツの張られたベッド、部屋の中央に置かれた簡素だが素材の味が活きているテーブルなどだ。それらは勿論、室内の何処にも汚れはなく、紙屑一つ落ちていない。驚異的な清潔さが保たれている空間は、ハウエンツァの研究室と比べると月と泥沼ほども差がある。

「ぷるる~」

「うーむ、禾槻は居らぬようだな」

 頭上のプルルと一緒に唸り、ノイウェルは小首を傾げた。室内には人気も、部屋の主の姿もない。

「鍵も掛けずに留守にするとは、無用心であるな」

 無警戒に開いたドアの先で、よもや当人が居ないとは思ってもみなかった。少々バツが悪そうにしながらも、ノイウェルは腕を組んで禾槻の危機意識に疑問を抱く。

 いかにアストライアの内部が安全で、仲間達のことを信用しているとしても、こうまで開けっ広げでは些か心配になってくる。今のノイウェルのように、つい室内に踏み入ってしまう場合だって無いではないのだから。

「後で言っておかねばな。しかし此処に居らぬとしたら、はて何処であろうか」

「ぷる~」

 ノイウェルは首を捻って思案する。プルルも一緒に考える態だ。

 アストライアメンバー内で、禾槻は居場所の特定が最も難しい。各メンバーは自室や食堂を除けば、大体居る所が決まっている。リリナならばノイウェルの傍、レリオは操舵席のある艦橋、ラグナとリーナは医務室であるし、アウロとエレーナは調理場だ。スキンクは自室よりも書庫に居る方が多いぐらいであり、ハウエンツァも研究室か機関部に限定される。比較的行動範囲の広いセルシアは書庫や娯楽ルーム、調整や定期検査の関係からハウエンツァの研究室という可能性が割かし高い。

 対して禾槻は衛生官という立場上、常に艦内を動き回っている。同じ場所に留まっている場合が少なく、いざ捜してみるとこれが中々見付からないのだ。なまじアストライアが広い分、彼の活動領域も広大で捕捉が難しいのである。

 モップや掃除機を持って、掃除しつつ移動する姿は何度か見かけてきた。ただ目撃場所はその都度異なっている。それを考えると見つけるのは簡単にいきそうもない。

「悩んでいても仕方ない。行こうぞ」

「ぷるるー」

 ノイウェルは考えるのを止め、早々に踵を返す。頭にプルルを乗せたまま、禾槻の部屋を後にした。


 あれから20分ほど艦内を彷徨った末、甲板に出てみた所で禾槻を発見することが出来た。

 彼は何時もの着物姿で、甲板に洗濯物を干している。頑丈な支柱を立て、その間にワイヤーを通して作った自前の物干しに、洗ったばかりの皆の着衣を掛けていた。流石に全員分だと凄まじい量であり、広い甲板は大部分が綺麗に伸ばされた洗濯物で埋まって見える。

 サイズも色彩もバラバラな上着やズボンやスカートや白衣や軍服が整然と並び、風に吹かれてはためく様は壮観である。その所帯じみた光景が、流麗な飛翔艦には少々不釣合いではあるが。

「禾槻、此処に居ったのか。捜したぞ」

「ぷるるる」

「やぁ、ノイウェル君にプルルじゃないか。どうかしたの?」

 ノイウェルが声を掛けると、空になった洗濯籠を抱えて禾槻が振り返った。穏やかな笑顔には一仕事を終えた達成感が滲んでいる。

「実はな、前回の冒険で得た報酬を使い、皆に欲しい物を提供しようと思うのだ。それで各自に何がいいかを聞いて回っていたのだが」

「ああ、なるほど。それで僕を捜してたんだね」

「うむ。一度は部屋に行ったのだが居らなんだのでな。というか、そなた鍵も掛けずに無用心であるぞ」

「ぷるー!」

 指を差し向け、厳しい顔で指摘するノイウェルとプルル。そんな一人と一匹を前にして、禾槻は苦笑しながら頬を掻いた。

「あちゃ~、また忘れてた。ついウッカリ。あははは」

「前にも同じことをしておったのか。そなた掃除や洗濯は完璧であるのに、肝心な所で抜けておるな」

 洗濯籠を傍らに置いて緊張感なく微笑む禾槻を見ながら、ノイウェルはちょっと呆れて肩をすくめた。

 幼い頃から一人で世の中を渡り歩いてきたという禾槻は、しっかりしているようであり、以外とそうでもなかったりする。普段は温厚で人当たりもよく好感の持てる人物であるから、こうしたたまのポカは愛嬌の部類だろう。

「此処に来てから、警戒心が随分緩んじゃったかな? でも取られて困る物もないし、問題はないんだけどね」

 何事もないように禾槻が笑うと、ノイウェルも溜息を一つ吐いて微笑んだ。

 なんだかんだでこの二人、気が合うし仲が良い。年齢の隔たりを感じさせない友情のようなものが、互いの間には存在している。なんとはなしにそう感じるのは、ノイウェルの気のせいではないだろう。

「それで、禾槻は何が欲しいのだ?」

「うーん、そうだなぁ。最新型の掃除機でしょ、サイクロン洗浄の洗濯機でしょ、それから新しい食器洗い機に、カビ取りハイパー、漂白剤に柔軟剤、あとはねぇ……」

 目を輝かせて指折り数える禾槻の注文を、ノイウェルは持参したメモ帳に記入していく。

 夢見る乙女のような面持ちで語る青年の姿をみれば、それが単純な仕事道具でなく彼個人の心を満たす趣味物であることが容易に知れる。嬉々として清掃具を要求するのも、年頃の若者的にどうかと思うが。

「ふむふむ。よく分かった。それではこれらを揃えるとしよう」

「ぷるる」

 禾槻の話を聞き終えると、ノイウェルは納得顔でメモ帳を閉じた。頭上のプルルもどことなく満足気だ。

「それでは、余はいくとしよう。邪魔をしたな」

「ねぇ、ノイウェル君は何が欲しいの?」

 背を向けて歩き出そうとしたノイウェルへ、背後から禾槻が問い掛ける。その言葉を受けて、少年艦長は踏み出そうとしていた脚を止めた。

 そのまま振り返らないで、少しの間だけ黙考する。

「余はこうして皆と冒険が出来れば本望であるからな。特別欲しい物は……花の種や球根などが良いかもしれん」

「お花かぁ。確かに綺麗だし、育てるのは楽しそうだよね。でもちょっと意外かな」

 顎に手をあて頷きながら、微妙に考える風情になる禾槻。その気配を背中越しに感じながら、ノイウェルは苦笑した。

「余が育てるのではない。母上がな、御気にいられるかと思って」

「ノイウェル君のお母さんが?」

「うむ。アルハルト皇国に居た頃から、母上はよく草花を愛でておられた。小さく儚い命であるが、日々を懸命に生き抜いて咲き誇る姿が、美しく愛しいのだと言っておられた。だからプレゼントしようと思うのだ。それに育てる楽しみがあれば、御一人でも寂しくないかもしれぬしな」

 ノイウェルは母を想い、望郷の眼差しで虚空を見詰めた。流れる風と雲海の彼方に、その姿を見るかのように。

 哀愁漂う小さな背中を直視して、禾槻は頬を緩める。彼の記憶にある母も、やはり小さな草花を大切にする人だった。

「そっか。ノイウェル君は、お母さん思いなんだね」

 言うが早いか、禾槻は後ろから無防備なノイウェルを抱き締める。両膝を甲板に突いて背丈を合わせ、肩から腕を回して胸元に引き寄せた。

 突然のことに驚いたのはノイウェルで、驚愕の表情を浮かべてあたふたと身を捩る。

「な、な、な、なにをするのだ禾槻!」

「う~ん、あんまりノイウェル君が健気で可愛いもんだから、ついハグハグしたくなっちゃった。こう、ぎゅーっとね」

 言いながら、禾槻は更にノイウェルを強く抱く。ただし少年が痛がらないよう充分に力加減を考慮しての抱擁だ。

 困惑する少年を余所に、褐色の青年は嬉そうやら楽しそうやら。

「は、放さぬか~」

「あはは、スキンシップ、スキンシップ。ノイウェル君は可愛いなぁ」

「余にこうしてベタベタくっついてくるのは、そなたぐらいであるぞ。何がそんなに楽しいのだ?」

 じたばたもがくノイウェルを抱き締めたまま、禾槻は笑顔を絶やさない。その姿は傍から見ると、仲良さげな兄弟がじゃれあっているようにしか見えなかった。

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