誰の欲しいモノ
執筆者:ウラン
アストライアの後部、柄の部分に位置する研究室。そこでハウエンツァ・パルパトは作業に没頭していた。
彼の周り360度に展開された立体ディスプレイ、その内の後方に位置するそれに目を向けると、視界の端に白を捕えた。
白い髪に肌、その上白衣に白色の靴。瞳の二点だけが黒の異彩を放っている。
その無表情から、一見すると学者のように見える。しかし、それはアストライア医療班所属の少女、ラグナであった。
「んだぁクソガキ。テメェが訪ねてるたー珍しいこともあったもんだな。何の用だ?」
「……これ」
ラグナは小さな何かを投げて寄こす。ハウエンツァはそれを片手で受け取り、怪訝な顔で手の中の物を見た。
「……フラッシュメモリーか?」
短い棒状で抜き出しの可能なフラグの付いたそれは、フラッシュメモリーと呼ばれる持ち運びに長けた記録媒体機である。
取り合えず、ハウエンツァは近くのモバイルパソコンに挿入してみた。
「……おいおい、んだこりゃあ」
「……先の冒険で、単独行動の機会があった時に入手したデータ」
「へっ、いい心がけじゃねーか。手前らには俺様に莫大な貸しがあるんだから……よ」
と、そこで話をやめて、画面を凝視する。
「……古煌龍対策プロジェクト? こりゃー本物か?
……武装隊投与、全滅。重戦車隊投与、全滅。核爆弾投与、効果なし。
やけに詳しい詳細が載っているな。内容も筋が通っている。これはガセでも調べてみる価値はありそうだな」
「……ふぅん」
興奮醒めぬ様子のハウエンツァに、ラグナはどうでもよさそうに答える。
「どういうつもりかは知んねえが、凡人にしちゃー上出来だ。他の奴らにも見習ってほしいぜ。これ以降の貸しもしっかり返せよな」
「……貸しを作るのは好きじゃない」
「……ほー。で、だったらどうするっつーんだ?」
「……Ⅲ移行計画」
「は?」
「……Ⅱ、つまり超能力者を次段階のⅢへ上位移行させる計画」
「それがⅢ移行計画ってわけか。んだそりゃー、そのまんまじゃねーかよ。そもそもⅢって何だ?」
「……古煌龍すらをも単独で撃破できる最強の一個体、それがⅢ」
「あ゛? おい、おいおい、おいおいおいおい、なんだそりゃあ。無茶苦茶じゃねぇかよ。本当に本当かぁ?」
「……本当」
いつもの微妙な間こそあったが、ラグナはまったく迷ったそぶりも見せずに答えた。
「……アレからしてみれば、古煌龍ごとき、物の数でしかない」
「ほぅ。そりゃあまた、まるで見てきたような言い方だな」
その問いには、ラグナは何も答えなかった。
唐突に白衣のポケットへと手を伸ばし、探し当てたそれを手に取る。
「……これが何かわかる?」
「あん? 何ってそりゃ、ロストアームだろ?」
ハウエンツァはラグナの手にある球体に目を向けて答えるが、ラグナはいや、と否定した。
ラグナは球体をポケットへと戻し、振り返って入り口へと会歩きだす。
ハウエンツァが訝しんでいると、扉の手前で顔だけを向け、こう言った。
「……天使様の道具だよ」
そして、今度こそ姿を消す。
少しして、足音が聞こえなくなった。
「……んだよ」
ハエンツァは呟く。
「古煌龍にⅢ移行計画。しまいにゃあ天使だぁ?」
ハウエンツァは言う。
そして、叫ぶ。
「そういう、そういうことかよ!
そりゃくわしいわけだ! 知らないはずがねぇ!
確かに、確かに貸しの分は受け取ったぞ! 釣りを出してもいいくらいだ」
クハハハハ、と、エルフは笑った。
「おい、おいおいおい、じゃあようクソババア。
テメエは一体誰だ?」
無に向かって、彼は訊いた。