ラグナの欲しい物
執筆者:ウラン
ノイウェルは、今度は病棟煉に向かった。医療班であるリーナとラグナの欲しい物を聞き出すためだ。
ハウェンツァの相手は中々に大変だったが、しかしリーナはともかく、ラグナも侮ってはいけない。
絶対に一筋縄ではいかない。これは早速予測ではなく確定事項である。何故と聞かれても、答は「ラグナだから」の一言くらいしか思い浮かばない、ある種の確信じみたものがあった。
『ぷるる~』
と、彼の頭上に佇んでいた謎の物体X、つまりはプルルというジェル状の何かが励ますように声を震わせる。
「……よし、参るぞ」
少女のような少年は決意を新たに、以前禾槻に聞いたラグナがよくいる病室の扉を開いた。
「ラグナ! そなたの欲しい物は、一体何なの――」
「……出て行って」
第一頭がそれだった。
「いや、その、余は、そちの欲しい物をだな――」
「……出て行って」
ノイウェルの幼い胸に、ズシリ、と何か重たい物が乗った、ような気がした。
「せめて、話だけでも聞いてくれんか――」
「……出て行け」
命令系はより辛かった。
「わ、わかった。何か、すまないことをしたようだ。悪かった」
『ぷっるる~』
「あ、これ! プルル!」
プルルはいつの間にか定位置であるノイウェルの頭から降り、ベットに無表情で座っているラグナの元へ寄り添ろうとしている。
ラグナにあと30㎝程で触れる所まで近づくと、一目散に扉まで逃げ、そのままどこかへ去っていった。
「ど、どうしたのだ!? プルル!」
ノイウェルの声が病棟煉に響き渡る。が、プルルが戻ってくることはなかった。
「……で、話って?」
「ん? 出て行かなくてもいいのか?」
「……もう出て行ったから、大丈夫」
「出ていけと言うのはプルルのことだったのか……」
ノイウェルは腑に落ちないような微妙な表情で呟く。因みに、その頭にジェル状の生命体はいない。
「プルルの奴、どこに行ったのかのぉ」
幼き艦長は独白する。
しかし、いつまでもそうしているわけにはいかないと、己の感情より代表たる立場を優先させ、元々の目的を切り出した。
「何か欲しい物はあるか?」
「……さっきの物体を、消してほしい」
絶句した。だが、これくらいでめげていてはアストライアの代表は務まらないと、己の使命感を募らせる。
「いや、欲しい物で頼む」
「……アレを消すための物」
めげそうになった。正直、一瞬使命感とかどうでもよくなった。それ程、今のラグナの態度はノイウェルに取って対応し難いものがある。
「なんなのだ……そちはそんなにプルルのことが嫌いなのか?」
「……嫌い」
即答だった。その上、いつものように無表情で語るので、冗談なんだかそうでないんだか判断できないのが悪質である。
「そう言えば、何故、プルルはそちに近づいた途端逃げ出したのだろうかの?」
「……資格に気付いたみたい」
「死角?」
「……私程度の道具相手にあの反応……相当下位らしい」
「……? 何を言っているかわからぬぞ?」
「……当然。わかるように言っていない」
「……そうか」
まぁ、ラグナがわけのわからないことを呟くのはよくあることなので、あんまり気にしないことにする。気にしたら負けだ、とも言えなくもない。
「で、プルルに関しない欲しい物はあるかの?」
「……特に」
ないらしい。
「いや、こう、何か新しい武器とか欲しくはないのか?」
「……武器に拘りはない」
どうしたものか、と少年は唸る。
武器以外に思い浮かぶ欲しそうな物がないのか、というラグナの心の声は、ノイウェルには届きそうにない。
「そう言うわけにもいかんのだ。何か使い道はないのか?」
という艦長の質問に、ラグナは突然思いだしたかのように顔を上げ、これに応じた。
「……私の分は、あの不潔エルフの研究費に当てて欲しい」
「ハウェンツァにか?」
ノイウェルは意外そうに聞き返した。と言うか、普通に以外だった。
「それは何故だ?」
「……ついで」
何のどういったついでなのか、甚だ疑問ならぬ様子のノイウェル。しかしラグナは、これで話は終わりと言わんばかりにベットへ横になり、そのまま寝息を立て始めた。
「……むー、ラグナが寝てしまってはどうにもならんな」
起こさないように病室を出て、ノイウェルはひとまず逃亡中のプルルを探しに行くことに決めた。