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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

刑事と鑑識 東京湾内殺人事件

作者: 東川進
掲載日:2026/05/19

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

 ハロウィンの一週間前。東京都港区のふ頭でそれは起こった。

大勢の警察がふ頭に集まっている。そこに身長百七十八センチメートル、眼鏡をかけた黒髪に少し白髪がはいり、顔にほうれい線がでていて、腕には捜査一課の文字が入ったワッペンをつけているスーツ姿の男性の刑事と青い帽子をかぶり青い服、腕には鑑識課の文字が入ったワッペンをした身長百七十七センチメートルの男性の鑑識が降りてくる。

 刑事は石田健太警部補 四十三才。勤続今年で二十一年目である。一方、鑑識は、山本茂巡査部長 二十六才。鑑識課配属四年目だ。

二人が向かう先には頭から血を流した遺体がある。腕にヘビのタトゥーをしていて、全身黒の恰好をし、近くに手袋が落ちている。

「山本、被害者は」

「はい。被害者は吉岡京平。五十二才。港区の株式会社 橋川の警備員をしていました」

「被害者は何者かと格闘した後、小型のナイフのようなもので腹部を刺され、出血多量で死亡しました」

「死亡推定時刻は?」

「昨日の二十三時半から二十四時の間です」

「わかった」

「山本、周辺へ聞き込みに行くぞ」

「はい」


 石田と山本は遺体の第一発見者のもとへ向かった。

「あなたが第一発見者の伊藤さんですね」

と山本が言った。

伊藤は細々とした声で

「はい」と答えた。伊藤義弘 四十七才。男性。このふ頭から沿岸漁業へ出る。漁師をしている。話によると、今日の朝四時にいつも通り船を出す準備をしようとしたところ遺体を見つけたそうだ。その日は伊藤が初めにきて一人で船の準備に行ったらしい。

「遺体を見つけたときはとても……怖くてたまらなかった」

石田が問う。

「亡くなった吉岡さんと面識はありますか」

「…いえ、ありません」

と伊藤は答えた。

「そうですかご協力、ありがとうございました」

次に、昨日吉岡さんと最後に会った会社の社員の家を訪ねる。山本がインターホンを鳴らす。すると、三十代後半、短髪の女性が玄関から出てきた。

「牧田由美さんですね。我々、こういうもので」

そういうと、石田は胸ポケットから警察手帳を取り出す。

「…吉岡さんのことですね」と牧田が答えた。

「よくご存じで」

「ニュースで報道していたので。残念です」

牧田は下にうつむいたあと再び石田達を見た。

山本が話す。

「会社の方によるとあなたが最後に吉岡さんに会ったそうなのでお話を伺いに来ました」

「なるほど。あっ、どうぞ中へお入りください」

「ありがとうございます。失礼します」

石田と山本は部屋の中に入る。

中はとてもきれいで、テレビやソファがおかれ、こい茶色のウィッグが飾ってある棚のあるリビング、キッチンそしてそれらを挟むところに木でできた長机があり、四つの椅子、天井には暖色のライトがあった。石田は机に飾ってある写真を見る。

「三人家族ですか」

と石田が聞いたところ、牧田はキッチンでお茶を入れながら哀愁に駆られえていた。

「以前は三人家族でした」

牧田がお茶の入ったコップを山本と石田の前に置いた後、いすに腰掛けてさらに話す。

「もう、二年も前のことですね。当時小学生だった娘と夫が公園へ遊びに行く途中に事故に遭いまして。夫は娘をかばいましたが、娘は今も意識が回復しないままで」

「そのことが原因で夫と離婚しました。……」

気が付けば牧田の目には涙が込み上げていた。

「…ごめんなさい。吉岡さんでしたね」

涙をそばにおいてあったティッシュで拭き、話を続ける。

「昨日の夜九時ぐらいだったかな、仕事で外に出ていて帰ってきたときに退社する吉岡さんの姿をたまたま見かけて声を掛けました」

「吉岡さんは何をおっしゃっていましたか」

石田が聞く。山本は手帳にメモを書く。

「確か、今日大仕事があるといっていました。それが何かはわかりません」

「そうですか」石田が言う。

「ところで、昨日の二十三時から二十四時の間、どこで何をされていましたか」

「その時間はー電車にいました。田町だったかな。夜景がとてもきれいで、たまたま通ったクルーズ船を窓からはっきり見ました。」

「ちなみに、どの駅の何時の電車に乗りましたか」

「浜松町から二十三時十六分発の電車に乗りました。あの、私は疑われているのでしょうか」

「関係者には全員に聞いて回っていますので、お気になさらず」

「それでは、そろそろ失礼します」

石田と山本が席を立ち、玄関へ向かう。

そこへ牧田が袋を持ってくる。

「あの、よければリンゴを二つ、どうぞ」

「いえいえ、そこまでされる必要は……」

「石田さん」山本が石田の顔を見る。

石田は声にならない溜息を吐き、頭を人差し指で少しかく。

山本が受けとる。

「ありがとうございます」

「一刻も早く犯人が捕まることを祈っています」

石田と山本が家をでて、車に乗り込む。

「石田さん。少し事故のこと探ってみます」

「おう」

  警視庁鑑識課には長い机が置かれていてそれぞれ個人用に区切られている。

その中の一つである山本のデスクに、石田がコーヒーを二つ持ってやってきた。

「あ、ありがとうございます」

「山本、何かわかったか」

「二年前、当時小学三年生だった牧田明梨さんと父親の僚さんは公園へ向かうために交差点を渡っていました。そこへブレーキを踏まないまま車が走ってきて、事故が起こりました」

「僚さんは明梨さんをかばいましたが衝突後僚さんは右側、明梨さんは左側に飛ばされました」

「二人とも命は助かりましたが、僚さんは全身打撲。明梨さんは後頭部を打っていまだに意識が回復していません」

「そして、その二か月後…二人は離婚届を……」

「目撃証言によると、加害者と思われるのは男性で腕にヘビのタトゥーが入っていたそうです」

「待てよ、ヘビのタトゥー」

「えぇ。吉岡さんもしています」

「調べてみると、当時吉岡さんの勤務先はその現場近くでした。彼が犯人という可能性は極めて高いです」

「…そうか」

「それと、今回の事件現場に不自然な点が」

「というと」

「いえ、昨日は気温が二十五度あって、風も吹いていませんでした。それに、警備の仕事は牧田さんによると二十一時に終わって退社しています」

「それにもかかわらず、吉岡さんの指には糸があり、それは現場に落ちていた手袋の繊維でした。つまり、亡くなる前に手袋をしていたことになります」

「たしかに不自然だな。それに、あそこで亡くなったのならなぜふ頭にいたのだろうか」

石田と山本はその答えを出そうと思考を巡らせていた。

石田が口を開く。

「一度、勤務先の会社の社長に話を聞きに行こう」

「分かりました」

 株式会社 橋川 社長室前

「どうぞ、お入りください」と、会社の社長、橋川隆弘は二人を社長室へ案内した。黒髪の身長百七十センチメートルのほどの四十代半ばの男性である。 

 社長室の中は黄色い照明があり、中央には応接セットがあり椅子が八つ設置されている。奥には橋川隆弘とかかれたネームプレートとデスクといすがあり大きい窓がついている。左側の壁には棚が九十センチメートルほどの棚があり、その上には掛け軸、木彫りの熊、金庫がある。

「とてもきれいな部屋ですね」と石田は感嘆した様子で話した。

「おかげさまで。ところで、警察が我々になにか」

「では早速。吉岡京平さん、ご存じですね」山本が話す。

「えぇ。ニュースで見ました。彼はとてもまじめに働いてくれて、みんなが嫌がる夜間警備も率先してこなしてくれました」

「昨日何時に退社したかご存じでしょうか」

「うーん。少々お待ちください」

橋川は机に置いてある受話器で秘書に連絡を取った。

しばらくして、受話器を置いた。

「昨日は二十一時に退社したそうです」

「そうですか」

「それが、何か」

「いえ、お気になさらず。それと、もう一つありまして」石田が話す。

「なんでしょう」

「会社の入り口の防犯カメラの動画を見せていただけませんか」

「わかりました。では、ついてきてください」

そういうと、橋川は会社の監視室へ二人を案内した。

昨日、吉岡は朝六時に私服で出社。手袋はしていない。六時半に手袋をつけた警備員の制服をきて巡回を開始。このときの手袋は現場にあったものと一致していると山本は気付いた。二十一時、トイレから出てきた後、私服で退社。手袋はしていない。

橋川が監視室に入ってくる。

「吉岡のロッカーに警備員の制服はありましたが、手袋はありませんか」

「やはり、現場の手袋は警備の時につけるもの」と山本が石田に話す。

「現場に、手袋があったのですか」橋川が問いかける。

「えぇ。さらに、通常はこの時間にもし手袋をはずしたなら、手に手袋の繊維はついていないはずでが、遺体には手袋の繊維が付着していました。つまり、吉岡さんは亡くなる前に最低一回はつけていることがわかりました」

さらに、石田は続ける。

「最近、会社で何かありませんでしたか」

山本が見ると、橋川は一瞬目を泳がせ、肩がすこしすぼまった。

「何があったのですか」山本が聞く。

「実は、昨日窃盗事件がありまして……」

「何が盗まれたのですか」

橋川の視線が床から金庫に移る。

「金庫の中に入っていた会社のお金、一千万」

「一千万!」山本が思わず声を上げる。

「犯人はわかったのですか」と石田が聞くと

「この部屋には監視カメラを置いていなくて、まだ犯人はわかっていません。ですが…」

「ですが、なんですか」

「窃盗事件が起こる一週間前、私がうっかり財布を落として無くしてしまいまして。それを見つけて届けてくれたのが吉岡さんでした」

「ですが、財布に入れていた金庫の暗証番号の紙を入れている場所が変わっていました」

「つまり、吉岡さんが盗み見たと」

「…はい」

「そのことは警察には」

「伝えた矢先、殺されてしまっていて」

「そうでしたか」

山本が石田の耳に小声で

「牧田さんの言っていた二十『今日大仕事がある』というのはこのことかもしれませんね」

「そうだな」

「それと」橋川が続ける

「犯人は絶対二人です」

「金庫はダイヤルの暗証番号と鍵が二つ必要です。金庫の両側面に二つの鍵穴があって、同時に回す必要がありますさらに、一人では同時には回せないように作られています」

「分かりました」


 昼休憩中、石田が弁当を食べているデスクに山本が歩いてくる。

「石田さん」

「山本、どうした」

「凶器が見つかりました」

「何!」

「現場の水の中に落ちていたそうです。やはり、小型ナイフでした。血がついています」

「よく落ちなかったな」

「そこから指紋が取れました」

「よし」

「それと、吉岡さんの勤務先をもう一度調べました」

「実は、あの会社に配属されたのは一年前でした。その前は事件現場のふ頭付近でした」

「…山本。橋川さんによると窃盗犯は二人だったよな」

「はい」

「家宅捜索令状をとれ」

「俺は、伊藤さんのところへ行ってくる」

そういうと、石田は席をたった。

         

 石田はふ頭に足を運んだ。ちょうどその時、伊藤の乗った漁船が戻ってきたところだった。船を止め、漁師たちが魚を船からおろしたあと、降りてくる。

「お疲れ様です。伊藤さん」

「刑事さん。何かわかりましたか」

「少し、場所を変えましょうか」

 倉庫裏

「実は、吉岡さんは彼の勤めている会社で盗みをしていた可能性が出てきました」

「そうでしたか」

「しかし、共犯がいました。あなたですね」

伊藤は言われた言葉を信じることができず、聞き返した。

「今、なんとおっしゃいました?」

「ほかの漁師の人たちから聞きました。伊藤さん、多額の借金で生活がかなりきびしいそうですね」

「……」

「吉岡さんはあの会社に勤める前、ここに勤めていました。その時に知り合い、協力を持ち掛けられたのではありませんか」

「なにか、証拠でも」

「いえ、今のところは」

「それなら机上の空論ですよ!」

伊藤は顔を真っ赤にして、石田に怒鳴る。

するとそこへ、黒い車が走ってきた。

山本が車から降り、二人のもとへ駆け寄る。

「伊藤さん。誠に勝手ながら先ほど家宅捜索令状が取れました」

「今から、家宅捜索を行います」

石田が言う。

「伊藤さん、もし鍵や手袋が出た場合、動かぬ証拠になりますよ」

「くそ……」

突然、伊藤が二人とは反対に走って逃げ出す。

「待て!」

山本が伊藤に追いつき、腕をつかんで関節技を決め、伊藤は地面に伏せた。

「よくやった。山本」石田が遅れて到着する。

取調室にて観念した伊藤が自白した。

「そうです。二人で金を盗みました。一千万」

伊藤は、これから自分の身に何が起こるのかを考えながら力がぬけていっていた。

「俺の借金は三百万円で、その分だけ分け前をもらって、返済しました」

伊藤は床を見て、涙を流しながら話す。

「吉岡さんを殺したのはあなたですか」

石田が問いかける。

「いえ、違います! 盗みが終わってあのふ頭に戻ったあと、三百万円をもらってすぐに電車に乗りました」

「何時の電車ですか」

「二十三時十八分の電車です。その時は、吉岡さんは生きていました」

「そうですか」

「あ、電車に乗っている途中で船を見ました。それが、船の上の部分が下のほうにも見えて、なんだか不気味でした」

石田は、少し困惑した。

「そうでしたか」

「刑事さん! 信じてください! おれはやっていません!」

伊藤が泣きながら石田に訴えかける。

石田が、取調室から出ると、山本がタブレットをもって待っていた。

「石田さん」

「どうした」

「伊藤さんの指紋を凶器についていた指紋と照合しました」

「どうだった」

「一致しませんでした」

「…そうか。あ、あとで取調室での調書ができるから、目を通しておいてくれ」

「分かりました」

午後十二時を過ぎ、石田が自分のデスクで弁当の蓋を開けたとき、山本が取り調べの調書をもって切羽詰まったように慌てて走ってくる。

「石田さん! わかりました!」

「山本、そんなに急いで何がわかった?」

「伊藤の証言のここ」

山本が調書のある部分に指をさす。

「あの船の話だろ。それがどうした?」

「牧田さんの証言と違っています」

「あぁ。でもなぁ、船の上の部分が下のほうに見えるなんてこと……」

石田は何か気付き、そばにあるパソコンで調べる。

「これか」

石田の腑に落ちたような表情を横目に見ながらパソコンを開いた。

「そういうことです。あとは‥‥」

山本は石田にパソコンの画面を見せた。

「ここに牧田さんが移っています。しかし人込みでいなくなってからどこへいったのやら」

二人とも沈黙する中、映像が流れていく。

すると、石田が一人のこい茶色の髪の女性に目に留まる。

「山本、彼女が犯人だ」

「え……なぜ」

石田は画面を見ながら納得した様子で腕を組み、うなずいていた。


翌日、牧田の家の前で、山本がインターホンを鳴らす。

「はーい」

どたどたと足音が大きくなっていきドアが開いた。

「どうも」

「あ、どうぞ」

いそいそと台所へ向かう牧田に二人はついていった。

「それで、なにかわかりましたか?」

牧田は石田と山本にお茶の入ったコップを置き、二人と反対の席に腰をおろす。

少し間を開けた後、石田が話す。

「単刀直入に申し上げます。吉岡京平さんを殺害したのはあなたですね」

「え?」

お茶を飲もうとした牧田の手が止まり、動揺ないしは戸惑いの混じったような声が響いた。

「前に伺ったとき、あなたはこう言いました。『クルーズ船を窓からはっきり見た』と」

「確かにクルーズ船はあの時そこを通過していました。しかし、その時のクルーズ船は変だったのです」

「変?」

牧田が混乱した様子で話す。

「ちょうど同じ時間、そのクルーズ船を見た人がいましてね。その人によると船の上の部分が下のほうにも見えたそうです」

「まるで、線対称のように」

「ますます何を言っているのかわかりません。それって」

「蜃気楼です」

「しんき…ろう」

「その日はよく晴れていて気温も暖かく、たまたま蜃気楼の発生条件がそろい、偶然蜃気楼が発生していました」

牧田が小声で震えた声で言った。

「そんな」

さらに、と山本が続ける。

「あなたの言っていた電車の車内カメラをいただいてきました」

山本が自分のバックからパソコンを開き、牧田に映像を見せる。

「あなたがここに写っています。しかし、人込みに紛れてしました」

「だったら…」

「しかし、ここを見てください」

石田が電車から降りようとしている女性を指さす。

「この女性、あなたが電車に乗った時と同じ服装、同じバッグ。偶然でしょうか」

「し、しかし髪が…」

「こい茶色。これは、そこに置いてあるウィッグじゃありませんか」

リビングの棚に飾ってあるウィッグを指さし、石田は言った。

牧田はリビングのほうへ行き、窓から外を眺める。そして、二人のほうを向くと話し始めた。

「…そうです。私がやりました」

牧田の目から涙がこぼれおち、床にひざまずく。

泣き止むのを少し待ち、牧田が話す。

「あの日の少し前、吉岡さんと話した後のことです。別れ際に一瞬だけ腕が少し見えて…タトゥーのようなものがありました」

「さすがに偶然だと思っていましたが、あの日、腕が見えたときにはっきり見えました。目撃証言と同じ形のヘビのタトゥーが」

「私は、電車に乗った後人込みに紛れてウィッグをかぶり彼のあとを追いました」

「そしてあのふ頭でもう一人の男が去ったあと、彼のもとへ行きました。


吉岡が手袋を外し、お金を数えていると、後ろから

「吉岡さん」

と呼び止められた。吉岡が後ろをみると、牧田がいた。

「牧田…さん。どうしてここに」

「二年前の十月九日。覚えていますね」

「えっ‥あぁそうか。あのガキとバカそうな兄さんか。まさかあんた、母親か」

「なぜあの時ブレーキをかけなかったのですか。どうして、二人に突っ込んだのですか」

「…あの時、俺は寝坊で急いでいた。なのに、あいつら俺の邪魔をしやがって」

「ただ歩いていただけですよ。信号も青信号だったじゃないですか」

「それが邪魔だと言っている!」

「ふざけんな! 娘は…明梨はまだ小学生だった! 明るい未来があった! それなのに…あんたに壊された!」

「ごちゃごちゃうるせぇ女だな」

牧田が涙をぬぐい鞄からナイフを取り出す。

「…もう話すことはない」

「うわああああ」

牧田が叫びながら吉岡のほう刃を向けながら走る。

吉岡は牧田の腕をつかみ牧田のすねを蹴る。吉岡が牧田の後ろに回りこみ、彼女の首を絞める。牧田が離れようと暴れる。吉岡の体制が崩れたところで落ちたナイフを手に取り、吉岡の腹部に突き刺し、抜く。

「はぁはぁはぁ」

「てめ…え」

吉岡が倒れる。牧田はナイフを放り投げバックを拾い走っていった。


 「あいつが許せなかった。絶対に」

牧田が自分の腕をつかみながら泣いている。

山本が話す。

「なぜ、ウィッグとナイフを持っていたのですか」

「…いつか犯人にあった時のために毎日持っていました」

「娘の意識が戻らないならもう、私には復讐しか…残らないから」

刹那、無言の時が流れる。

「…牧田さん」

石田が話す。

「遼さんと明梨さんのことは残念です。しかし、本当に復讐しか残らないのでしょうか。あなたがすべきことは、復讐なのではなく、明梨さんの回復を願いそばにいてあげることではないでしょうか。たとえ意識が戻らなくても」

「明梨…」

嗚咽が部屋に響いた。それはおそらく怒りではなく後悔の涙だろう。


 三人が車で警視庁へと向かっているとき助手席にいた山本に電話がかかった。山本が電話を切った後、後ろにいる牧田のほうをみて温厚な口調で話しかけた。

「牧田さん、明梨さんが目を覚ましたそうです」

「えっ明梨が‥ほんとうに?」

牧田は驚きと期待のこもった視線を山本に向けた。

「はい。石田さん」

石田はため息をつき、なにも言わずハンドルを切った。


  病室前

「牧田さん」

「はい」

「これ、お返しです」

山本がそういうと、二つのリンゴが入ったピクニックバスケットを手渡す。

「我々はここで待っています」

「…ありがとうございます」

そういうと牧田はドアを開けた。

「ん? あっお母さん!」

「明梨…よかった…」

ドアが閉まると、石田が話す。

「山本、コーヒー買いに行くけど飲むか?」

「お願いします」

ドアの向こうからは二人の楽しそうな声が響いていた。

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