やうと村
教室の外の廊下で、窓の外を見ながら美和とさえが並んで話している。
「わたしさぁ、遠足行けないみたいなんだ」さえが落ち込んで言う。
「そう…なの?」
「お母さんが遠足代を払ってないみたい。昨夜言われちゃった。
『遠足も行けなくてごめんね』だって。美和と行きたかったなぁ」
しょんぼりしているさえを見て
「ふたりでどこかへ行こうか?」と美和は提案した。
「マジ?ほんとに?行きたい。どこかいい所ってある?」
「お母さんの出身の村で、やうと村っていって
何ていうか、白川郷みたいな村で静かでいい所なの」
「へえ、いいね、白川郷も行ってみたかったし」
「泊るところがないけど、お母さんの幼馴染のおじさんが
神主さんやってるから、そこの神社に泊めてもらえるように頼んでみるね」
*
帰宅して、さえと出かける事を母に話すと
「あら、さえちゃんって、前に言ってた子よね。村へ行くの?決めたの?
じゃあ永介に連絡する?それとお弁当作るね」と確認した。
「うん。多嘉良さんに泊めてって電話する」乗る気でない美和だが
「決めたんだ。行かなきゃいけない」自分に言い聞かせた。
*
「おー。今週末だな。いいよ。待ってるから差し入れ頼む」
電話を受けながら「多嘉良さん」といわれたお腹の出たおっさんが答える。
「いろいろ持って行くね。おつまみとか。お菓子とか。」
「よろしく。」
電話を切ると黒い羽根が多嘉良の眼前に舞う。
目の前にマントを羽織った長身の男が立っていた。
右目に眼帯をして、黒髪を後ろに束ねた男。
「愛ちゃーん、美和が週末に…」そこまで言って多嘉良は首を掴まれて
持ち上げられる。
「愛ちゃんとかいうなっ」 「すんません愛鷹さん。てへへ。」
「週末かぁ。ひよるなよ、美和」多嘉良はいつになく真剣な顔で思った。
*
まだ夜も明けない土曜日の早朝、
「先祖とつながり、心静かに行くべき場所へ連れたまへ」
そう唱えながら、美和の母がさえのお弁当を作っている。
「気を付けて行ってらっしゃい」
母に見送られて、美和は家を出た。
始発のバスで母の故郷へ向かう美和とさえ。
バスで信州の山の中の、終点のバス停まで行ってそこから徒歩で2時間。
山奥にその村はある。
「先が長いから、眠っていこうね」美和に言われて「うん」と答えるさえ。
「でも、美和と泊りで遠出って嬉しいー。嬉しくて、実はあまり寝られなかった」
「わたしも」と美和は窓の外を見ながら、静かに目を閉じた。
*
終点には登山客しかこないので、
小さなお土産屋さんを兼ねた山小屋があるだけだ。
登山道とは逆の場所にゲートがあって、「熊出没注意」と
「私有地につき立ち入り禁止」の看板がある。
「入っていいの?」さえの心配をよそに
「大丈夫。この先が村なの」と美和は進んでいく。
鳥の声。虫の声。風のささやき。2時間はあっという間に過ぎた。
川の中の石を渡ってしばらく行くと、目の前が茂みでふさがれた。
美和は「このまま進むの」と茂みの中を進む。
と、目の前が開けて舗装されていない道と田畑と、
まさに白川郷のような藁ぶき屋根の家が点々と建っていた。
足元には向かい合わせに狐の置物が置かれている。
そこがやうと村だった。
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