【結末 B:全崩壊と一輪の花】 ゼロ・リセット
『二つ目の道は「終焉」だ』
クジラの声は、冷徹でありながら、深い慈悲に満ちていた。
『もう十分だ、ルナ。君も、私も、そしてこの世界も、疲れすぎた。これ以上、過去の亡霊を繋ぎ止めておくことは、生者への冒涜ですらある』
ルナは理解した。
自分の役割は、新しい神になることではない。
この終わらない悪夢の電源を抜く(シャットダウンする)、最後の執行人になることだと。
「……そうね。誰も彼も、もう眠りたがっている」
ルナは震える手で、懐から小さなデバイスを取り出した。
それは26歳の時に企業から盗み出し、一度も使わなかった「次元崩壊爆弾」。全てのデータを物理的に消去し、無へと還元する禁断のスイッチ。
「チックタック、逃げて。あなたまで消えてしまう」
「逃げる? どこへだい? 私はこの森の庭師だ。庭が閉園するなら、最後まで鍵を閉めるのが私の仕事さ」
チックタックは寂しげに笑い、ルナの隣に座り込んだ。
「それに、君を一人にはさせないよ。最後の冒険だろ?」
ルナは泣き笑いのような表情で頷き、クジラを見上げた。
「ねえ、全てが消えたら、私たちの記憶も、痛みも、愛した人の顔も……全部消えるの?」
『ああ。全てはホワイトノイズに還る。完全なる静寂だ』
「……それでもいい。静寂こそが、今の私たちに必要な救いだから」
ルナは黒ずんだランタンを足元に置いた。
そして、ロジック・ボムの起動スイッチに、傷だらけの指をかけた。
10年前、怒りに任せて世界を変えた彼女は今、万感の愛を持って世界を終わらせる。
「おやすみなさい、クジラさん。おやすみなさい、チックタック。
……おやすみなさい、私」
カチリ。
小さな音が響いた瞬間、世界から「音」が消えた。
色が剥がれ落ちる。
クジラの巨体が、砂の城のようにサラサラと崩れていく。
極彩色の嵐が止む。
森が、空が、チックタックの笑顔が、そしてルナ自身の体が、絶対的な白い光に飲まれて消失していく。
痛みはなかった。ただ、暖かいお湯に溶けていくような、懐かしい感覚だけがあった。
……。
…………。
絶対的な「無」の空間。
時間も空間も存在しない、真っ白なキャンバスのような世界。
そこにはもう、ルナも、クジラも、人類の歴史も存在しない。
だが、その空白の中心に、ポツンと一つだけ、何かが残った。
それは、ルナが最後まで手放さなかった、あのランタンの残骸だ。
砕けたガラスの中で、奇跡的に消滅を免れた小さな種子が、音もなく芽を出した。
何もない世界に、たった一輪、青白く光る花が咲く。
それは、かつてLUNAという少女が、確かにここに生きて、足掻いて、愛したという証。
そして、いつか始まるかもしれない、次の宇宙のための、最初の希望。
無限の静寂の中、花はかすかに揺れた。
まるで、誰かの寝息のように。
(Ending B - The End)




