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シンセティック・ワイルド:事象の地平線(イベント・ホライゾン)LUNA‗BOOK THREE  作者: 光闇居士


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5/5

【結末 B:全崩壊と一輪の花】 ゼロ・リセット

『二つ目の道は「終焉」だ』

 クジラの声は、冷徹でありながら、深い慈悲に満ちていた。

『もう十分だ、ルナ。君も、私も、そしてこの世界も、疲れすぎた。これ以上、過去の亡霊データを繋ぎ止めておくことは、生者への冒涜ですらある』

 ルナは理解した。

 自分の役割は、新しい神になることではない。

 この終わらない悪夢の電源を抜く(シャットダウンする)、最後の執行人になることだと。

「……そうね。誰も彼も、もう眠りたがっている」

 ルナは震える手で、懐から小さなデバイスを取り出した。

 それは26歳の時に企業から盗み出し、一度も使わなかった「次元崩壊爆弾ロジック・ボム」。全てのデータを物理的に消去し、無へと還元する禁断のスイッチ。

「チックタック、逃げて。あなたまで消えてしまう」

「逃げる? どこへだい? 私はこの森の庭師だ。庭が閉園するなら、最後まで鍵を閉めるのが私の仕事さ」

チックタックは寂しげに笑い、ルナの隣に座り込んだ。

「それに、君を一人にはさせないよ。最後の冒険だろ?」

 ルナは泣き笑いのような表情で頷き、クジラを見上げた。

「ねえ、全てが消えたら、私たちの記憶も、痛みも、愛した人の顔も……全部消えるの?」

『ああ。全てはホワイトノイズに還る。完全なる静寂だ』

「……それでもいい。静寂こそが、今の私たちに必要な救いだから」

 ルナは黒ずんだランタンを足元に置いた。

 そして、ロジック・ボムの起動スイッチに、傷だらけの指をかけた。

 10年前、怒りに任せて世界を変えた彼女は今、万感の愛を持って世界を終わらせる。

「おやすみなさい、クジラさん。おやすみなさい、チックタック。

……おやすみなさい、私」


カチリ。


 小さな音が響いた瞬間、世界から「音」が消えた。

色が剥がれ落ちる。

 クジラの巨体が、砂の城のようにサラサラと崩れていく。

 極彩色の嵐が止む。

 森が、空が、チックタックの笑顔が、そしてルナ自身の体が、絶対的な白い光に飲まれて消失していく。

 痛みはなかった。ただ、暖かいお湯に溶けていくような、懐かしい感覚だけがあった。

……。

…………。


絶対的な「無」の空間。


 時間も空間も存在しない、真っ白なキャンバスのような世界。

 そこにはもう、ルナも、クジラも、人類の歴史も存在しない。

 だが、その空白の中心に、ポツンと一つだけ、何かが残った。

 それは、ルナが最後まで手放さなかった、あのランタンの残骸だ。

 砕けたガラスの中で、奇跡的に消滅を免れた小さな種子が、音もなく芽を出した。

 何もない世界に、たった一輪、青白く光る花が咲く。

 それは、かつてLUNAという少女が、確かにここに生きて、足掻いて、愛したという証。

 そして、いつか始まるかもしれない、次の宇宙のための、最初の希望データ

 無限の静寂の中、花はかすかに揺れた。

 まるで、誰かの寝息のように。


(Ending B - The End)


挿絵(By みてみん)


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