【結末 A:幻想的融合同化】 月(LUNA)は森になる
『一つ目の道は「継承」だ』
クジラの思念が、温かい波のようにルナを包み込む。
『君の肉体を捨てなさい。個としての輪郭を溶かし、この森のコアとなりなさい。君という器を使って、溢れ出した全てのデータを再構築するのだ。君は人間であることをやめ、この星の記憶を守る「月」となる』
ルナは自分の手を見た。指先から少しずつ、銀色の結晶が光の粒子となって剥がれ落ちていく。
恐怖はなかった。むしろ、10年間背負い続けた重い鎧を、ようやく脱ぎ捨てられるような安堵があった。
「私が……森になる?」
『そうだ。君はかつて「迷い子」であり、「戦士」だった。次は「守り人」になるのだ。遥か未来、新しい生命が芽吹くその時まで、君の光で夜を照らすのだ』
ルナは微笑んだ。
眉間の皺が消え、戦火で強張っていた表情筋が緩む。それは36歳の疲弊した女性ではなく、かつて冒険に目を輝かせていた少女の顔だった。
「悪くないわね。……もう、走らなくていいんでしょう?」
ルナはポンチョを脱ぎ捨てた。傷だらけの体があらわになり、そして光に包まれる。
彼女は黒ずんだランタンを胸に抱きしめ、チックタックの方を向いた。
「ねえ、チックタック。私の『時間』、ちゃんと整理してね」
「ああ、任せてくれ。君のテープは、最高傑作として棚の一番上に飾るよ」
チックタックが、幻の帽子を目深にかぶり、敬礼した。
ルナは、クジラの口――特異点の中へと、踊るように飛び込んだ。
「ルナ&ザ・フォレスト・コレクティブ」
誰かがそう呼んだ気がした。
瞬間、閃光が世界を覆った。
それは破壊の光ではない。再生の光だ。
ルナの肉体を構成していた原子の一つ一つが、光る蝶になり、音符になり、色彩となって拡散していく。
灰色の砂漠に雨が降り注ぐ。データではない、本物の水だ。
砂が土に戻り、枯れ木に緑が走り、世界が息を吹き返していく。
そして夜空には、砕け散ったオーロラの代わりに、たった一つの、大きく美しい「月」が昇った。
その月は、かつてないほど青白く、優しく地上を照らしていた。
数百年後。
再生された緑豊かな森に、また一人、小さな迷い子が足を踏み入れる。
その子は、夜空に浮かぶ誰かの笑顔のような月を見上げ、ランタンを掲げてこう呟くのだ。
「きれい……。ねえ、あそこで誰かが呼んでいる気がするの」
(Ending A - The End)




