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嘘の世界1

貸し借りの家

作者: ハル

アユは、額に印を持って生まれた。

それは赤い点で、じっと見つめると数字が現れる。


生まれたときは「1」だった。

大人になるにつれて増えていき、二十歳の頃には「739」になっていた。


この数字は「貸しの数」と呼ばれている。

誰かに親切をしたり、重い荷物を持ってあげたり、道を譲ったりすると、数字が一つ増える。


増えれば増えるほど、その人は尊敬され、重んじられる。

なぜなら、この国では「貸しの数」がそのまま信用であり、地位であり、存在の証明だった。



反対に、「借りの数」は背中に現れる。

誰かの助けを受けたり、頼ったり、甘えたりすると、背中に青い数字が浮かぶ。


これは本人には見えないが、他人にはよく見える。


誰もが、前の数字を増やし、後ろの数字を隠すことに必死だった。

鏡では見えない。だから、誰も自分の「借り」の数を知らない。


それを知るには、他人に尋ねるしかない。だが、尋ねる者はいない。

皆、振り返らないようにして歩く。真っすぐ、前だけを見て。



ある日、アユは村の外れにある「貸し借りの家」を訪ねた。


そこには、ある老女が住んでいた。名は誰も知らない。

ただ「帳簿婆ちょうぼばば」と呼ばれていた。


帳簿婆は、生まれたときからすべての貸しと借りを記録してきたという。

誰に、いつ、何をして、どう思われたか。すべてが紙に書いてある。


それは、正確すぎて恐れられていた。

誰も自分の帳簿を見たがらなかった。そこには、あまりに些細な「借り」が書かれているからだ。



アユは言った。

「私の貸しは739。けっこう多いですよね?」


婆は首を傾げた。

「多いか少ないかは、比べる相手によるな」


「じゃあ、私の借りは?」

「それは、見たいのか?」


アユはためらいながら、頷いた。



帳簿婆は、黄ばんだ紙束をめくり、一本の細い筆で数字をなぞった。

「742だ」


アユは絶句した。

「でも、私、人のためにたくさん動いたし、優しくしてきたし、感謝もされた…」


婆は頷く。

「そうだな。だが、人の優しさを受けた分もある。道を譲られたこと、名前を呼ばれたこと、水を飲ませてもらったこと、笑ってくれたこと…そのひとつひとつがお前の借りだ」


「でも…貸しのほうが見えるんです。みんな、それで評価してくれる」

「それは前にあるからな。背中の数字は、自分では見えん」



アユはその場で、地面に座り込んだ。

739の額を手で覆い、何かを思い出そうとした。


だが、記憶は前に進むようにしか組まれておらず、背中で受けたことは輪郭が曖昧だった。


「この数字は減らせますか?」

「貸しも借りも、増やすことはできるが、消すことはできん」


「じゃあ、私は…どうすればいいんですか?」

「それを決めるのも、お前ではない」


「え、誰が?」

「それは、これからお前に貸される者たちだ」



その夜、アユは村に戻らなかった。

額の数字を包帯で隠し、背中を向けて歩いた。


その姿を見て、誰かが言った。

「あれ、貸しゼロじゃない?」


誰も近づかなかった。

誰も彼女の背中を覗こうとはしなかった。


アユは歩き続けた。背中に何かが擦れる音を聞きながら。

それが紙か風か、自分の影かは分からなかった。

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