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春待つ乙女のしあわせな縁切り 〜無能の疫病神と呼ばれた少女は、帝都の縁切り屋とともにその力を開花させる〜  作者: 高里まつり
第1章

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7/10

第5話 疫病神は、話を聞く。


 ✣✣✣

 

 桜子が通された応接間は、古式ゆかしい日本家屋の外観とは裏腹に舶来(はくらい)の調度品で溢れていた。部屋の中央には、飴色のテーブルと天鵞絨(ビロード)のソファが二脚。天井からは鈴蘭を模したシャンデリアが下がり、まるで書物で見た外つ国のお屋敷のようである。


 桜子が見惚れている間に、(たつみ)がソファへ身を沈めた。


「どうぞ。気ぃ楽にして座り」


 そうだ、と桜子は我に返る。ここでおいそれと座る訳にはいかない。身を縮こませて蔦模様の絨毯に膝をつくと、静々と頭を下げる。


「御礼が遅くなり申し訳ございません。この度はお助けいただき、ありがとうございました」


 巽が腰を浮かすような音がしたが、桜子は更に額をこすりつける。


「この御恩は一生忘れません。お屋敷に置いていただける限りなんでもやります」

「なんでもて……なかなかの世間知らずさんやな。ええから立ち」


 巽に腕を取られて無理やり立たされ、ソファに座らされた。英治が横からそそくさと湯飲みとサブレの乗った皿を置いていく。


「あ、ありがとうございます」

「まだ自分がどう扱われるんかも聞いとらんうちに、なんでもとか軽々しく言うもんちゃうよ」

「どういう意味でしょう?」

「あー……まあ、分からんのやったらええよ」


 巽が曖昧に濁して笑う。英治が壁際に控えるのを見届けてから、「話の前に確認なんやけど」と切り出してくる。


「今桜子さんはホンマに縁の糸自体、全く視えてへんの?」

「はい」

「ちょっとでも視えたことは」


 桜子が横に首を振ると、巽は困ったように眉を下げた。


「さよか。せやったらどう説明したらええやろか」


 巽はしばし黙ってしまうが、何かを思いついたのかおもむろに卓へと身を乗り出した。


「ちょっと手ぇ貸して」


 そう言って桜子の手を取ると、何事かを呟いた。すると突然、瞬きと同時に桜子の目の前に淡く光る無数の糸が現れた。


「すごい……」


 なんてしなやかで美しいのだろう。

 空中にたなびく糸の片端は全て桜子から伸びており、糸玉となって絡み合い、もう片端はどこか見知らぬ場所へとそれぞれが伸びていた。


 もしかしてこれが縁の糸とやらなのか。桜子が巽を見れば、彼がややほっとした面持ちになる。


「今は僕の気ぃ流しとるから見えんねん。僕の目が今は一時的に桜子さんの目になっとって……見ててな」


 巽は空いた手でソファの脇に立てかけてあった太刀を手に取り、()いだ。するとスパンと糸がばらけ切れた――かのように見えたが、しばらくすると糸の切れ端同士が生き物のようにうねり、繋がっていってしまう。

 気づけば元のような糸の束に戻ってしまった。


「これ見て理解できる? 道枝で僕が話しとった、悪縁を持ち込んどるやのうて結んどるて言った意味」 

 

 確かにそんなことを巽が言っていた気がする。

 桜子は首を傾げる。


「これを私がやっているということですか? 切った縁を今みたいに結んでいると?」

「せや。これが君が疫病神や言われる原因」


 はっとして巽を見つめると、複雑そうな顔をされる。


「今の君は、良い縁も悪い縁も勝手に引き寄せて、無差別で結んでしもとる。見た通り、縁同士がぐっちゃぐちゃに絡んでしもて……どうにも解けんようになっとるんよ。で、結果的に悪縁が悪さして不幸を呼び込んでる」


 だから悪いことばかりが起きる――彼の言葉が頭の中を巡る。


 桜子は空中に浮かぶ自身の縁の糸を見つめる。確かに、これは毛玉のごとき無秩序な糸の塊。無能だ不幸を呼ぶ女だと言われ続けてきた証左を突きつけられているようで、桜子の表情は自然と沈む。


「……私は本当に疫病神なのですね……」

「そこ落ち込むとこちゃうで。力が制御できんくらい、桜子さんは強いもんを持ってはるってことなんやから」

「どういうことですか?」


 巽が桜子から手を離すと、目の前の糸がかき消えた。


「君には縁を結ぶ力があるってことや」 

「縁を結ぶ……それは一葉家に伝わる力ではありませんか」


 桜子は眉を寄せる。『切りの二條』と相対する『結びの一葉』は、縁の糸をより合わせて結ぶ力を持つ。一葉と二條――彼らは縁の吉凶を視るだけの他の天家とは明確に異なり、意図的に人の命運に干渉できる力を持つ。

 故に、帝ですら彼らを無下に扱えないのだ。


「せやな。本来、縁を結ぶんは一葉の領分。けどそん力は本家だけやなく分家筋からも生まれる」

「え?」


 巽が桜子の心臓の当たりを指さす。


「君は間違いなく道枝家の長女。つまりその身体には薄くとも一葉の血が流れとる。縁を結ぶ力があっても、なんも可怪(おか)しないんよ」


 桜子は唾を飲む。分家筋からも特別な力を持つ人間が生まれるだなんて初耳であった。


「ちなみに今の一葉は当主と息子ふたり以外、誰も神眼を持っとらん。……あ、神眼いうんは天眼の更に上。縁切りや縁結びができる人間のことな。ここに君を入れたら、一葉の神眼持ちは三人になる」

「ちょっと、待ってください。私に縁結びの力があると言いたいのですか? ありえません」


 桜子はソファから立ち上がる。にわかには信じがたい話であった。


「嘘やないんやけどなぁ。今自分の目で見たやろ?」

「でも!」

「まあ話は最後まで聞こな」


 これまで見てきたような強引さで、巽が話を進める。


「ここまでが前置き。僕が話したいことは、こっからや。君をうちに連れてきた理由」


 ソファの背凭れから身体を起こした彼に、桜子は半歩下がる。助けを求めて壁際の英治へ視線をやると、英治は困ったような顔で首を振るばかり。主人のやり方に口を挟む程の発言権は与えられていないらしい。

 巽は更にテーブルの上へと身を乗り出した。


「なあ桜子さん、僕と取引しよや」

「と、取引?」


 その自信に満ちた言い回しは、西の商人(あきんど)らしい(したた)かな響きをはらんでいた。


「僕から提供するもんは三つ。一つは住処。この屋敷の客間を桜子さんの部屋として使うてもろて構へんから」

「あと二つは」

「僕は今仕事の手伝いができる子を探しとってな、桜子さんがちょうどええな思てん。仕事ゆーても事務とか、そんなんやから。これが二つ目」


 桜子にとって悪くない条件ばかりだ。巽は「三つ目は」と続ける。


「この屋敷に住み込むついでに僕が天眼の扱い方を手ほどきしたる。力の扱い方を覚えたら、桜子さんは疫病神から解放されると思うで」

「解放って……そんなことができるのですか?」

「当たり前や」


 巽が自信ありげに笑む。


「君は今、力をうまく使いこなせとらんだけ。練習すればちゃんと縁を選んで結べるようになる。そしたら無差別に縁を結ばんようになって、僕も君の絡んだ悪縁を全部切れるようになる。ほら、これで晴れて疫病神卒業や」


 桜子はぱっと目の前が明るくなるような気がした。


「本当に……」


 ずっと日陰にいた自分が、普通の人と同じ幸せを手にできる――そんな奇跡みたいなことがあるのか。


 幼い頃、父が何度か桜子の縁をどうにかしようとしたことがあるらしいが、道枝は二條家のように縁を断ち切る力を持たない。絡まる糸を前に打つ手はなかったと聞く。

 力を制御する術を身につけて巽を頼れば、絡んだ悪縁全てから解放される。


 とても魅力的な内容ばかりだ。断る理由などない――桜子は手を握り合わせる。


「で、では二條さまの見返りはなんでしょうか」

「君が僕の婚約者になること」

「ぼくの、こんやくしゃ?」


 桜子は馬鹿みたいに繰り返してしまう。


「それが条件や」

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