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春待つ乙女のしあわせな縁切り 〜無能の疫病神と呼ばれた少女は、帝都の縁切り屋とともにその力を開花させる〜  作者: 高里まつり
第2章

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第13話 疫病神は、内面を垣間見る。


二條にじょうさま、ですよね。お久しぶりでございます」


 テーブルに若い女性が近づいてきた。仕立てのいい紺色のワンピースが歩く度に揺れ、ブルトン帽から揺れる断髪が彼女の小顔を引き立てている。

 桜子は女性をまじまじと見つめる。最先端の服に身を包んだ、とても可愛らしい人だなと思った。巽も女性を見るなり、「やあ、どうもです」と破顔する。


 ――あれ?

 桜子はわずかな引っかかりを覚え、じっと巽の様子をうかがう。女性はテーブルの手前まで来ると、顔をほころばせた。


「西の訛りが聞こえてきたので、もしかしたらと思ったらやっぱり! その節はお世話になりました」

「ハハ、別にええですよ。その後、お変わりはないですか」

「ええ、お陰様で。母もとても元気ですわ」


 会話しながら、女性が何度か気にしたように髪の毛を撫でつけていた。そのいじらしい様子に、桜子は「そういうことか」と目をそらす。

 こちらには分からない会話をふたりでしばし続けた後、女性がおずおずと切り出した。


「それで……そちらの女性は、どなたですか?」


 桜子は肩が跳ねそうになるのを堪える。ちらりと巽を見れば、「恋人です」と彼女に向かって平然と紹介するではないか。


「あ、ああ……そうなのですね。ごめんなさい、お邪魔してしまったかしら」


 女性の髪を撫でつける手が止まり、ゆっくりと下へ降りていく。桜子は居た堪れなくなって膝の上の手を握り合わせた。

 気まずい。

 けれど巽の足を引っ張るような真似はもうしたくない、とは思うのだ。彼がその役割を自分に求めるなら、応えねばと思う。


 桜子は自分を叱咤すると、すっと背筋を伸ばす。顔を上げ、華やかなパーラーに負けないようにと、おっとり微笑んでみせる。


「構いませんわ。どうぞ、お気になさらないでください」

「……ありがとうございます」


 女性は桜子を見つめると、ふいと悔しげに顔をそらした。


「では、二條さま。わたくしはこれで」

「ええ。お母様によろしゅうお伝えください」


 女性の踵の高い靴が靴音を立てて早足で離れていく。桜子はその後ろ姿が扉の外へ消えると、肩から力を抜いた。


「……桜子さんて、そういう顔もできるんやな」


 疲れた桜子が目線だけ上げると、巽がきょとんとこちらを見ていた。普段あまり見たことがない表情だ。


「ちゃんとしないと巽さんにご迷惑がかかるなと思いまして。外でも『虫除け役』が必要とは思わなかったので、驚きはしました」


 正直に伝えてみれば、彼は意外そうにする。


「まあ男女が一緒におるわけやから、恋人にするんが一番手っ取り早い理由やなと思っただけやけど……というか、さっきそんなこと考えとったん? 無理せんでもええのに」

「でも、こっちの方が()()()()()じゃないですか」


 巽は「えぇ」と笑う。


「素直なんが桜子さんのええとこなんやから。僕は素の方が好きやで」


 爆弾を投げつけてきた。桜子はふうと細く息を吐きだすと、じっとりと巽を見やる。いちいち振り回されていたら、多分自分はこの人と一生まともに話せない。 


「か、からかわないでください」

「嘘やないよ。あの子はただの依頼人やし」

「……ただの依頼人、ですか」 


 その言い方には若干のからかいが混じっている。こちらが余裕を持てば、巽の軽口にも気づけるものらしい。恋人役にまででっち上げて、こちらの反応を見て面白がっているのだろう。

 頬は赤くなっているだろうが、桜子は精一杯口を尖らせ、意趣返しのつもりで口を開いた。


「でも巽さん。さっきの女性のお名前、覚えていらっしゃらなかったでしょう。依頼人でしたのにお忘れのままお話するのは、ちょっと酷いと思います」


 すると、これまで泰然としていた巽の態度が崩れた。

 

「……は。なんで、分かったん」


 頬杖をついたまま動きを止め、心底驚いた顔をする。


「なんや横で聞いとって、話の繋がりでもおかしかった? 結構合わせとったつもりなんやけど」


 桜子は否と首を振る。


「巽さんは、話し始めにお相手の名前を呼ぶ癖があると思うんです。英治、桜子、みたいに。なのに今日はお名前を呼ばれなかったから、変だなと思って。話し始めもちょっと早かったし、えっと、目線も少し揺れて、いたの、で……」


 だんだんと尻すぼみになっていく。

 我ながら、とても気持ちの悪い事を話しているような気がする。これではずっと巽を観察していたみたいではないか。


「ええと、その」


 言い訳しようと桜子が言葉を重ねかけるも、巽の声に遮られた。


「よう見てはるなあ。人間観察とか趣味なん?」


 (いと)う訳でも、軽蔑する訳でもなく。巽は単純に興味本位で聞いているようであった。その姿に少し安堵して、桜子の口はいつもより滑ってしまう。


「趣味、ではないですね。できるだけ人に嫌われないようにするために、気づいたら顔色を読むのが得意になってしまって」


 こんなもの、ただの悪癖だ。へらりと桜子が笑ってみせると、巽が僅かに眉を寄せた。


「息苦しいやろ、そういう生き方」

「そう、ですね」


 指摘されるまでもなく、当たり前に苦しい。桜子は視線をテーブルに落とす。 


「でも、苦しくても……そうしないと、ただでさえ嫌われているのに、居場所がどこにもなくなってしまうような気がして、怖くて」


 桜子の脳裏には、今もなお畏怖や軽蔑に満ちた眼差しが張り付いていた。人に好かれる資格がないのであれば、せめて嫌われない努力をしなければいけないのだ。半ば強迫観念じみていると、内心自嘲する。

 俯く桜子に、巽の静かな声が刺さる。


「それは誰に?」

「え……」


 顔を上げると、笑顔を引っ込めた巽の瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。


「誰に嫌われるんが嫌なん。誰が桜子さんのこと嫌うてるん」


 巽の声の調子が低くなる。


「そ、れは」


 家族が相手だなんて、言えなかった。じくじくと胸が痛む。巽も気づいているだろうに、どうして傷を抉るような言い方をするのだろう。

 口に出せば、惨めになるだけだ。血縁にすら自分の境遇を受け入れてもらえなかったなんて、なんと滑稽で哀れな女なのだろう。


 桜子が言葉に詰まっていると、巽が気まずそうに頭を掻いた。


「……悪い。今のは意地悪い聞き方したな」

「いえ……」


 しばし沈黙が落ちる。巽は頬杖を外し、背凭れに身体を預けた。テーブルの淵を指でなぞりながら、考え込んでいる。


「桜子さんて、実の母親は芸妓さんやったんやっけ。桜子さん産んですぐに亡くなりはったとか」


 たっぷり秒針が二周はしただろうか。巽がぽつりと切り出してきた。桜子は戸惑いながらも頷く。


「どこで、お聞きになったんですか」

「僕が調べた」


 端的に告げられる。桜子を保護する時点で彼なりに情報を集めていたのか。


「生みの親がおらんで、育ての親がアレやったら……そりゃ今みたいな考えになるわな」


 では、自分の生い立ちは筒抜けだったのか――到底他人に話せるような人生ではなく、巽のような立派な人間に知られたことが、とても恥ずかしい。桜子は羞恥から言葉を失った。


「私、は」

「理不尽やなぁ、人は生まれを選べへんから。桜子さんも、僕も」


 雑踏にかき消されそうな声で呟かれたそれは、安い慰めでも同情でもなく。

 華々しい家門に生まれ、いつも大勢の依頼人に囲まれている彼からは程遠い発言に、桜子はいじけた自分の気持ちより、目の前の彼の方が気になってしまった。

 彼の表情にどことなく影が落ちている。笑顔じゃない今の方が自然に見えるのが、とても不思議だった。


「それは……巽さんの本音ですか? それとも私を慰めようとしてくださっているだけでしょうか」


 気づけば、疑問が口をついていた。巽は虚を突かれたようにしばらく黙っていたが、徐々に口角をゆるめていく。


「どっちや思う?」


 あ、戻ったなと思った。

 桜子はため息を落とし「私には分かりません」とだけ答える。

 貴方のことが分からない。けれど、これから知れる機会があるのであれば、心の中を覗いてみたいとも思う自分がいた。

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