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春待つ乙女のしあわせな縁切り 〜無能の疫病神と呼ばれた少女は、帝都の縁切り屋とともにその力を開花させる〜  作者: 高里まつり
第2章

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第11話 疫病神は、練習する。


「まずは、意識の集中の仕方からな」


 翌日からたつみと桜子は練習を始めた。この日は午後から依頼人が来るらしく、早朝からの訓練となった。


「丹田に力入れて、姿勢正して、頭から尻まで一本線が通ってるみたいに……そう、そんな感じ……ふあ……

 一番広い応接間を練習場所として使っているのだが、巽は朝ということもあり酷く眠そうであった。今日も今日とて頭頂部には寝癖がついている。

 桜子はソファに座ったまま背筋を伸ばし、隣の巽から指示を仰ぐ。


「次は、どうすれば」 

「深呼吸してー。ああ、ちゃう。こう、肩で息せんと腹で息して」


 巽がスーハースーハーと動作をするのに合わせて、真似をする。


「軸がないなぁ。ちょっと触るで、嫌やったら言うてや」


 帯の上から呼吸を確認しようと、背と腹を挟むようにむぎゅっと身体を押してくる。男性に身体を触られることに対する恥ずかしさより、今は勉強せねばという気持ちの方が強い。指摘があるかと思って黙って次の指示を待っていたのだが、なかなか返答がない。


「あのう、何かおかしいところがありますか?」


 身動きが取れないので姿勢を保ったまま問えば、巽がようやく「ううん」と唸る。


「……もっとご飯食べや。そんで筋肉つけて。このままやと風に飛ばされんで」

「さ、流石にそれは」


 すると呆れたように巽が肩をすくめる。


(たと)えや、喩え。そう四角四面に受け取らんとって」

「はひ……」


 ああ人との会話は難しい。桜子は情けない声を出して頷く。


「で、よう集中して糸を視るんやけど」


 集中と言われてもいまいちピンとこない。桜子は眉間に皴を寄せ、必死に前を見る。


「息は止めたらあかんよ。ちゃんと言うた通りに吸って、吐いて」


 吸って、吐いて――じっと巽を見つめていると、瞬きの合間で何か糸のようなものが一瞬映る。


「あっ!」


 が、すぐにかき消えてしまう。


「視えた?」

「少しだけ! わあ、すごい……!」


 こんな疫病神でもちゃんと天眼があるのだ。半信半疑だった自分の力の存在に、素直に喜んでしまう。


「スジええなぁ。初日でこれは……一月もしたら、問題なく視えるようになると思うわ」

「本当ですか? 先生の教え方がいいおかげです!」

「先生て。なんやそれ」


 桜子の喜びように巽がつられて笑う。

 少しでも形にしようと、桜子はしばらくひとりで呼吸の確認をすることにした。暇になったのか、隣ではまた横で巽が欠伸を漏らしていた。ふわふわの寝癖が動きに合わせて揺れている。

 ずっと無言のままというのも、なんだか気まずい。


「……あの、巽さん。寝癖が」


 なので、なんとか会話を振ってみる。


「あ、なんかついてる?」

「頭の上の方に」


 指差すと、巽も手で探るが微妙に場所が違う。なかなか当たらないので、桜子は良かれと思い巽の手を取る。


「こっちです」


 正しい場所に手を当ててやると、巽がぽかんとした。しばし桜子と巽が見つめ合い――はっと気づく。

 手を握っているではないか。慌てて手を離す。



「も、申し訳ありません!」

「いや、別にええんやけど。積極的なんか、奥ゆかしいんか、絶妙に分かりにくいお嬢さんやな」


 この瞬間は何にも考えていなかったからだとは言えなかった。巽は桜子が教えた場所をしばらく撫でつけて格闘していたが、諦めたようだ。


「ま、どうせ帽子被ったら分からへんか。それに」

「それに?」


 巽は悪戯っぽく笑う。


「ガッチガチに固めて着飾るより、多少隙がある方が印象ええやん?」


 そういうものなのか。目から鱗である。


「成る程、勉強になります」


 人馴れしていない自分とは本当に対照的な人だなあと感心していたのだが。


「ちょっと坊っちゃーん。桜子さんに変なこと吹き込むの止めた方がいいですよー」


 開いていた扉の向こうから、洗濯物を抱えた英治が呆れ眼で通り過ぎていく。変なこと――桜子は一瞬固まり、油の切れたブリキ人形のように横の男を振り返る。


「もしかして、冗談……」

「ハハッ、半分な」


 ケラケラと笑われて、桜子は再び赤面する。これからは簡単に騙されないぞと固く心に誓うのだった。 


 それからの日々、桜子は巽の仕事の合間に時間をもらい、練習を繰り返した。まだ思うままに視ることはできないが、以前のように全く視えないということはなくなってきたように思う。

 そうして一月(ひとつき)ほどが過ぎた頃。この日は居間で英治を相手に縁を視る練習をしていた。


「……よし」


 椅子に座る英治を前に、桜子はきりりと目を凝らす。

 何度か瞬いているうちに、薄ぼんやりとしか視えていなかった糸が、だんだんと像を結んでいく。


「視えました!」

「おっ、今日はなかなかいい調子なんじゃありません?」

「はい。だいぶ安定してきた気がします。毎日お付き合いくださってありがとうございます」


 巽が指摘していたように、一月で桜子は自身の眼を理解し始めていた。桜子が肩の力を抜くと、英治が「どういたしまして」と言う。


「この調子なら、坊っちゃんの依頼にもまた立ち会えるようになるかもしれませんね」

「……そうだと、いいのですが」


 初日以来、巽の仕事に同行することは一旦控えるように言われていた。その上、他人と会うとまた力が暴走するかもしれないというので、屋敷から出ることなく、こうして巽か英治相手に練習する日々を繰り返している。


 現場に同行して学ぶこともそうだが、巽の言っていた虫除けとやらの役割も今は果たせていない。今の桜子は巽にとってただのお荷物でしかなく、早く役に立てるようになれればと自分の不甲斐なさに焦れていた。


「そろそろ外に出たくなってきたんじゃないですか。坊っちゃんにお願いしてみます?」


 桜子の表情を読んだのか、英治が提案してくれる。

 この一月で分かったことだが、彼はたった一人でこの屋敷を切り盛りしている。炊事から洗濯、掃除まで。凄く忙しいにも関わらず、こうして桜子にも付き合ってくれる。出来すぎた人である。


「でも、平気でしょうか」

「聞くだけ聞いてみたらいいんじゃないですか? 今日の午後は坊っちゃん暇だったと思いますよ」


 その言葉に押され、桜子は頷く。駄目で元々、とりあえずお願いだけしてみようと彼の自室を訪ねてみると、巽はあっけらかんとした顔で言ってのけた。


「ええんやない。外、出てみる?」

「へ……い、いいんですか?」


 こんなあっさり許可が出るなんて。机に向かっていたらしい巽が、ひょっこりと顔を覗かせる。桜子は「本当にいいんですか」と繰り返してしまう。


 巽の部屋は私物がほとんどない。寝台とテーブルと、唯一存在感のある家具は窓辺の書斎机くらいか。まるで空き部屋のようなのだ。以前部屋を訪れた時は、部屋を間違ったのではないかと焦ったほどだ。

 ろくに私物を持たない巽は、早速とばかりに帽子掛けから数少ない持ち物の中折れ帽を手に取っている。


「僕も午後はちょうど外へ出ようて思っててん。ついでやし、ちょうどええな」


 英治が桜子の後ろで「ね、言ってみるもんでしょう?」と得意げにしていた。


「た、巽さんがご一緒してくださるんですか?」

「その方がなんかあった時に対処しやすいやろ。あ……せや、英治ちょっと」


 巽が扉に向かいかけ、英治を手招きした。そのまま何事か彼に耳打ちしている。


「……え? も、もっと早く言ってくださいよ。急ですって!」

「言い忘れててん。頼むで。……ほな桜子さん、行こか」


 にかりと笑った巽が先をゆく。桜子も慌てて後ろをついていった。 

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