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春待つ乙女のしあわせな縁切り 〜無能の疫病神と呼ばれた少女は、帝都の縁切り屋とともにその力を開花させる〜  作者: 高里まつり
第2章

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第10話 疫病神は、決意する。


「堪忍な。僕の認識が甘かったわ」


 玄関口から礼子を見送った後、桜子に対してだんまりであったたつみがようやく口を開いた。


「まさか、あの場で自力で縁を繋ぎにいくとは思わんかったわ。まあ無意識やろうけど……て、桜子さんは視えてへんから、言われてもなんのこっちゃ――」

「申し訳ありませんでした」


 桜子は深々と頭を下げた。朝に心をときめかせた縞の銘仙が視界いっぱいに広がる。


「あの場を乱してしまって……私のせいで、礼子さまや巽さんに怪我をさせてしまっていたかもしれません。本当に、ごめんなさい」


 きっと、浮かれていたバチが当たったのだ。疫病神であることはどこに行ったって変わらないのに。恩人の巽の立場や評判を傷つけかけたことが、桜子の胸に大きな棘を突き立ていた。


「顔上げ。こんなんただの事故やん」


 巽に促され、桜子はゆっくりと顔を上げる。腰を曲げてこちらを覗き込む巽は、怒っているわけでも呆れているわけでもなく。ただけろりと笑っていた。


「わざと違うんやから。途中で僕が手ぇ離してしもたんが、よくなかったんかもな。混乱してもうたな」

「違います! 私がしっかりしていなかったせいです!」


 あの時、確かに自分の中で何か糸のようなものが切れる感覚があったのだ。あれが桜子の力だとすれば、無意識に眼前の縁に引きずられてしまったのだと思う。


「なんや掴むもんがあった?」

「なんとなく……あの時、何が起こっていたのですか?」

「僕が切った旦那さんの糸と芸妓の糸を、桜子さんが結ぼうとしとった。で、僕が慌てて声を掛けたもんやから、集中が切れて、こう……」


 巽が腕をしならせるような動作をした。


「パチン、とな。結びきれんと払われた糸が跳ねて、机の湯飲みを薙ぎ払ってもうた」


 そうだったのか。もしかしたら、これまで桜子の周りで起こっていた不運な事故もこうした糸の暴走が原因のひとつなのかもしれない。桜子が神妙な顔で黙ると、巽が慰めるように声の調子を落とす。


「切るべきやないっちゅー気持ちが外に出てしもたんかもな。あとは怒りとか悲しいとか、負の感情に引っ張られたんかも」

「そういうことって、あるものなのですか?」

「あるんやない? 人間なんやから」


 あっけらかんと返され、桜子も少しずつ肩の力が抜けてきた。


「私、本当にきちんと力を扱えるようになりたいです。明日からでも仕事の時間とは別に少しずつ巽さんのお時間をいただけませんか?」

「ええよ。もうちょい上手になるまでは、現場に出て直接見るんは控えてもろた方がええかもな。代わりに仕事の合間で見たるから」

「……ありがとうございます」


 巽が部屋に戻ろうと歩き出したので、桜子も数歩後ろについていく。日の高い太陽が、朝よりも一層明るく廊下を照らしていた。


「今日見てどう思たんか分からんけど、桜子さんにとって縁切りはあんま気分のいい現場やないんと違う?」

「それは……その、礼子さまに勝手に口を出してしまったことですよね。ごめんなさい。私が言える立場ではありませんでした」

「別に、ええんやけどな。桜子さんの考え方が普通の人の考え方やろなと僕も思うから」


 少し引っ掛かる言い方だ。まるで自分は普通ではないと言いたげな――桜子は歩調を早め、巽の斜め後ろまで寄ってみる。


「巽さん?」

「天眼の力頼ってくる奴らなんざ、自分勝手な奴らばっかやから。人の出会いや未来をどうにかしてほしいて、僕らはカミサマかなんかかって話や」


 巽は飄々と肩をすくめる。


「そういう人の嫌なもんに、真正面から向き合っとったらこっちが壊れてまう。カミサマはカミサマらしく、相手の願い事に合わせてなーんも考えんと切って結んでした方がええやろ……て、僕は思うねんな」


 合理的な考え方ではあるが、なんだかとても辛いことのようにも聞こえる。天眼というものの力の大きさと、人の願いの捌け口にされる理不尽な立場。桜子は何の感情も滲まない冷えた巽の横顔を見て、きゅっと胸の奥が痛むのを感じた。

 思わず考えたままの言葉が口をつく。


「巽さんは、巽さんでしかないのに?」


 すると巽は虚を突かれたような顔をする。


「あぁ……せやな。うん。確かに、僕は僕やな」


 確かめるように繰り返すと、どこか無機質だった目許を緩めていく。


「ええなあ。そういう反応、なんや新鮮やわ」


 これは褒められているのだろうか。言い方からして不快そうには見えないが。


「私、何か変なことを言ってしまいましたか」

「いーや? ま、縁切りで()()()()食わせてもろてる身やし、天眼持ちが文句言う権利はないわな」


 深く問う前に、さりげなく話題をすり替えられてしまう。それ以上突っ込んで訊ねる訳にもいかず、桜子は曖昧に返答を返す。

 気づけば応接間を通り過ぎ、桜子が借りている客間に戻ってきていた。


「ほな、僕は戻るから。なんかあったら英治に声掛けてな」

「は、はい!」


 わざわざ送ってくれたのだと気づいた時には、巽は緩慢な足取りで来た廊下を戻っていた。

 色々と気の回る人だ、と思う。取引を持ち掛けられた時は不安だったが、彼のような人に拾ってもらえたことが奇跡なのかもしれない。


 取引の際に、巽は力のある嫁がほしいと言っていた。だから桜子を手元に置いて縁結びの力を習得させようとしている。

 つまりは、力を得た桜子でなければ彼の役には立てないのだ。


「……ちゃんと恩返し、しないと」


 事故に対しても彼は嫌な顔一つせず、桜子を見放そうとしなかった。不謹慎と思いつつも、そのことが桜子はとても嬉しかった。

 彼に報いるため、愛想を尽かされないために。そして何より自分のためにも。疫病神と成り下がった自身の力と、とことん向き合わねばと思った。

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